第3章 第67話 一人では届かない場所
地下室に横たわる負傷者は、見えているだけでも七人いた。
倒れた木箱の陰にも人影がある。
「セレスは重傷者から。俺が状態を確認する。フィーナは人数を探して。アイリスとレティシアは荷物をどけて治療場所を作る。エリシアは、この部屋にまだ危険な仕掛けがないか見てほしい」
「承知いたした!」
「任せな!」
「分かりました」
「フィーナに任せて!」
五人が別々の方向へ動いた。
俺も一番近くの男へ【鑑定】を向ける。
【状態:重傷】
【主な損傷:胸部打撲/肋骨損傷】
【呼吸:浅い】
【出血:軽度】
【生命危険:高】
【注意:不用意な体位変更により症状悪化の可能性あり】
「セレス、この人が最優先。肋骨を二か所傷めてる。呼吸も浅い」
「見ます」
セレスはすぐ膝をついたが、回復魔法を使う前に呼吸、顔色、胸の動きを確認した。
「右側の損傷位置は?」
「二か所。肺までは刺さってない」
「では動かさず、まず呼吸を安定させます」
淡い光が胸元へ集まる。
俺には損傷の場所が見える。
けれど、どこへ、どの程度まで回復魔法を使うかはセレスが決めている。
「ユウトお兄ちゃん!」
フィーナの声が飛んだ。
「こっちにも二人いるよ! 一人、返事しない!」
「今行く!」
木箱の間を抜ける。
一人は壁にもたれ、もう一人は横向きに倒れている。
まず倒れている方。
【状態:重傷】
【意識:なし】
【主な損傷:頭部打撲/左腕骨折】
【呼吸:あり】
【出血:中度】
【生命危険:高】
壁際の男も見る。
【状態:中傷】
【主な損傷:右脚裂傷】
【出血:進行中】
【意識:清明】
【生命危険:中】
「頭を打ってる方が重傷だ。セレスが終わったらこっちを――」
「ユウト」
セレスの声がした。
最初の患者を安定させ、こちらを見ている。
「脚を怪我している方を先に止血してください」
「でも、こっちの方が重傷表示だよ?」
「はい。ですが呼吸は安定しています。頭部を動かさなければ、すぐに状態が崩れる可能性は低いです」
セレスが脚の傷へ視線を移す。
「一方、あちらは今も血を失っています。放置する時間が長いほど危険です」
「……分かった」
表示された「重傷」という文字だけを見て、順番まで決めかけていた。
【鑑定】は状態を教えてくれる。
でも、それがそのまま治療の順番になるわけじゃない。
「フィーナ、意識のない人の頭を動かさないよう見てて」
「うん!」
俺は壁際の男へ駆け寄り、布を当てて圧迫する。
「痛いと思うけど、少し我慢してください」
「俺より……あいつを……」
「両方助けます」
出血量を見ながら圧迫を続ける。
セレスがすぐ隣へ来た。
「その位置で大丈夫です。もう少し上を押さえてください」
「ここ?」
「はい」
言われた通りに位置を変える。
数十秒後、【鑑定】の表示が変わった。
【出血:軽度】
「止まり始めた」
「では次は頭を打った方です」
セレスが移動する。
その時、部屋の奥が明るくなった。
エリシアだった。
「危険な魔力反応はありません。奥の壁に古い照明魔道具が残っています」
天井付近の石に、弱い光が灯っている。
「かなり不安定だったので、残っている魔力の流れだけ整えました。これなら治療中に消えることはないでしょう」
「助かる」
「暗い場所で細かい処置をするのは危険ですからね」
エリシアはそのまま部屋の隅へ視線を巡らせた。
「床にも危険な魔力反応はありません。今のところ、治療場所として使えます」
反対側では、アイリスとレティシアが倒れた木箱を動かしていた。
「そっちを先に持ち上げるぞ」
「承知いたした」
アイリスが力を込めようとしたところで、レティシアが止める。
「待て。その箱の下、割れた板が噛んでる。一気に持ち上げると隣まで倒れる」
「なるほど。ではこちらからでござるな」
「そうだ」
二人で位置を変え、ゆっくり荷物を退かしていく。
少しずつ治療場所が広がった。
「ユウトお兄ちゃん!」
フィーナが奥から手を振る。
「もう一人いた! 歩けるよ!」
「他にもいないか聞いて!」
「分かった!」
俺は次の負傷者へ【鑑定】を向ける。
重傷。
中傷。
軽傷。
表示を見ながら、今度はすぐ順番を決めない。
「セレス。この人は?」
「意識はありますね。出血も止まっています。後に回せます」
「こっちは?」
「先に診ます。呼吸が不規則です」
俺が情報を出し、セレスが患者を見て判断する。
その繰り返しで、治療が進んでいった。
「全部で九人だって!」
フィーナが戻ってきた。
「ここにいるので全員!」
俺も人数を数える。
一、二、三――九。
「確認できた。取り残しはいない」
胸の奥が少しだけ軽くなる。
「ユウト」
アイリスが声をかけた。
「荷物はあらかた退けた。次は何をすればよい?」
答えかけて、少しだけ止まる。
「アイリスは、どうしたらいいと思う?」
「拙者が?」
「うん」
アイリスは地下室を見回した。
「入口までの通路が狭い。重傷者を運ぶ前に、途中の障害物も退かしておいた方がよいと思う」
「俺もそう思う。お願い」
「承知いたした!」
アイリスがすぐに動き出す。
少し前なら、俺が全部指示していた。
でも、そのせいで皆が俺の動きを待つようになっていた。
今は、必要な時だけ情報をまとめる。
それぞれが自分で見つけた答えまで、俺が先に取る必要はない。
治療は進み、やがて最初の男が目を開けた。
「……助かった、のか……?」
「まだ外へ出るまでが救助ですよ」
セレスが微笑む。
「無理に起きないでください」
全員の応急処置が終わる頃には、地下室の空気も少し落ち着いていた。
「搬送できます」
セレスが立ち上がる。
「じゃあ戻ろう」
「重傷者は拙者が運ぶ」
アイリスが先に動く。
「あたしはもう一人だな」
レティシアも続いた。
「フィーナは前を見ます!」
「私は最後尾を確認します」
エリシアが灯りを残したまま後方へ回る。
セレスは重傷者のそば。
俺は中央に入った。
誰かが一から十まで決めたわけじゃない。
でも、さっきより動きが重ならない。
罠を止めた石扉を抜け、細い通路を進む。
「九人、ちゃんといるよ!」
フィーナの声が前から届く。
もし俺一人なら。
治療はできたかもしれない。
罠も調べられただろう。
荷物も動かせたと思う。
けれど、九人の状態を見ながら、治療し、周囲を警戒し、人数を探し、搬送路を作ることは同時にはできない。
強さだけなら、一人でも足りる場面は多い。
でも、救う人数が増えれば、それだけでは足りない。
俺の役割が本当に何なのか、まだ全部は分かっていない。
ただ今は――全体を見て、空いたところへ入る。
それを続けてみようと思った。
「ユウトお兄ちゃん」
先頭のフィーナが立ち止まった。
耳が前へ向く。
「外の方から足音」
全員が止まる。
「数は?」
「まだ分かんない。でも、いっぱい」
負傷者は九人。
ここで長く戦うわけにはいかない。
「フィーナは数を確認。アイリスとレティシアは前だけ止めて。エリシアは通路を狭められるならお願い。セレスは負傷者から離れないで」
「ユウトは?」
フィーナに聞かれ、俺は剣へ手をかけた。
「俺は全体を見る。空いたところがあったら入る」
暗い通路の向こうから、足音が近づいてくる。
でも今度は、俺一人で迎えに行こうとは思わなかった。
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