第3章 第66話 罠を解くのは一人じゃない
洞穴狼との戦いを終えてから、俺たちはさらに地下通路の奥へ進んでいた。
以前なら、何か見つけるたびに俺が先に【鑑定】し、自分で答えを出そうとしていたと思う。
けれど今は違う。
前を歩くフィーナが足を止めた瞬間、俺も立ち止まった。
「この扉の前……何かある」
古びた石扉までは五歩ほど。床には目立った穴も線も見えない。
それでもフィーナの耳はまっすぐ前へ向き、尻尾の動きも止まっている。
「どんな感じ?」
「踏んだ時の音が変なの。下に薄いものがあるみたい。それと、鉄の匂いもするよ」
俺には聞き分けられないし、匂いも分からない。
だからこそ、フィーナが指した床へ【鑑定】する。
【床面作動板】
【状態:作動可能】
【作動条件:一定以上の荷重】
【接続先:複数】
【機構:一部解析可能】
【解除方法:情報不足】
「罠で間違いない。踏むと複数の仕掛けが動く。でも、解除方法までは分からない」
「じゃあ、フィーナが調べるね!」
フィーナが身を低くする。
「ユウトお兄ちゃん、灯りを横からお願い」
「うん」
明かりの位置をずらすと、床石の端に髪の毛ほどの隙間が浮かび上がった。
「あった。ここ、少し沈む」
フィーナが細い道具を差し込み、わずかな動きを確かめる。
「でも変だよ。近くで罠が動く感じじゃない。音が奥まで続いてる」
「興味深いですね」
エリシアが石扉へ視線を向けた。
「魔力反応があります。ただ、魔法だけで動く仕掛けではなさそうです。機械式の罠を魔法で補助しているのでしょう」
そう言いながら一歩出る。
「エリシア、待って!」
フィーナがすぐに袖をつかんだ。
エリシアの足先は、作動板のすぐ手前で止まった。
「……失礼しました」
珍しく少しだけ目を丸くする。
「魔力を追うことばかり考えていました。フィーナがどこまでを危険範囲として見ているか、まだ私は把握できていませんね」
「えへへ。じゃあフィーナが言うね!」
「お願いします」
完璧には噛み合っていない。
けれど、ズレた時にすぐ止まり、次へつなげられる。
それも少し前とは違っていた。
俺は扉そのものを【鑑定】する。
【古い石扉】
【状態:閉鎖】
【開閉機構:機械式】
【補助機構:魔力連動】
【床面作動板との接続:あり】
【強制作動:危険】
【内部構造:一部劣化】
「力ずくで開けるのは危険。床の罠ともつながってる」
「なら、ぶっ壊すのもなしだな」
レティシアが壁際へしゃがむ。
「古い仕掛けは、一個壊すと別の部品まで引っ張ることがある」
俺も床と壁を順番に確認する。
「作動板から右の壁へ線が続いてる」
「こっちも音が違うぜ」
レティシアが叩いた場所へフィーナが近づく。
埃を払うと、石の継ぎ目に細い金属線が見えた。
「これかな。切る?」
「待って」
【鑑定】。
【連動線】
【状態:緊張】
【切断時:安全装置解除】
【結果:別機構作動】
「切ると別の仕掛けが動く」
「むぅ……」
フィーナの耳が少し倒れる。
俺は今までに得た情報を一度頭の中で並べた。
床を踏めば複数の仕掛けが動く。
線を切っても別の機構が動く。
扉を無理に開けても危険。
「つまり、線は切れない。床も踏めない。扉も力ずくでは動かせない」
全員が俺を見る。
「なら、仕掛けを壊すんじゃなくて、動かなくする方法を探そう。フィーナは線の行き先。エリシアは魔力の流れ。レティシアは機械部分を見てほしい」
「任せて!」
「分かりました」
「おう」
俺自身が答えを出したわけじゃない。
でも、今分かっていることを整理すれば、次に誰が何を見るべきかは決められる。
フィーナが壁沿いに線を追う。
途中で石の内側へ入り、目では追えなくなった。
「ここから分かんない」
「では、私が続きを見ます」
エリシアが慎重に距離を取りながら、壁の内部へ流れる微弱な魔力を探る。
「……この先で、扉の補助機構とつながっています。ただ、もう一つ下へ分岐していますね」
「下?」
その場所を【鑑定】する。
【内部機構】
【構成:歯車/重り/連動線】
【状態:経年劣化】
【固定部:一部不安定】
【落下後作用:複数機構を連続作動】
「重りがある。床を踏むと落ちて、そこから連続して罠が動くみたい」
「なら、落とさなきゃいい」
レティシアが即答した。
「フィーナ。線を切らずに緩められる場所を探せ」
「うん!」
しばらく探した末、フィーナが床の端に小さな点検口を見つける。
石とほとんど同化していた。
「これ、開けられそう」
細い道具を差し込み、ゆっくり動かす。
かちり。
「開いた!」
中には複数の金属線と、小さな固定具が並んでいた。
かなり錆びている。
セレスがすぐにフィーナの手元を見る。
「フィーナ、手袋をしてください」
「これくらい平気だよ?」
「駄目です」
笑顔なのに声だけはきっぱりしている。
「指先を傷つけたら、細かい解除作業ができなくなります。今、一番困るのはフィーナが手を使えなくなることですよ」
「……分かった!」
素直に手袋を着ける。
レティシアが点検口を覗き込んだ。
「右から二番目の留め具だ。ただし一気に動かすな。固着してる」
「これ?」
「ああ。隣を押さえながら少しずつだ」
フィーナが慎重に力をかける。
金属が小さく軋んだ。
「止めろ!」
レティシアの声。
フィーナの手が瞬時に止まる。
「……危なかった?」
「もうちょい行ったら固定具ごと抜けてた」
「うわぁ……」
俺が状態を確認する。
【連動線:緊張低下】
【安全装置:維持】
【落下機構:一時停止可能】
「方向は合ってる。今の位置なら、重りを止められそう」
「じゃあ続ける!」
今度はさらにゆっくり。
レティシアが手応えを見て、フィーナが調整し、俺が内部状態を確認する。
やがて表示が変わった。
【落下機構:一時固定】
【床面作動板:作動しても連鎖せず】
「止まった」
「えへへ!」
フィーナが小さく拳を握った。
念のため長い棒で作動板を押す。
ごとり、と床が沈む。
けれど何も起こらない。
「罠の連動は切れています」
エリシアも魔力の変化を確かめる。
「扉の開閉補助だけなら動かせそうですね」
「ただし全開は駄目だ」
レティシアが石扉へ手を当てた。
「中の歯車が傷んでる。開けすぎると噛んで戻らなくなる」
「どこまで?」
「全員が装備を引っかけず通れる最低限だな。アイリスとあたしが通れる幅を基準にする」
「承知いたした」
六人で位置を決め、慎重に扉を動かす。
ごごご、と重い音が地下へ響いた。
レティシアが何度か止めながら内部の音を確認し、ようやく手を上げる。
「ここだ。それ以上は開けるな」
大柄なアイリスでも肩をすぼめれば通れ、レティシアの装備も引っかからない程度の隙間ができていた。
「フィーナ、先を確認してもらえる?」
「フィーナに任せて!」
隙間へ顔を寄せる。
耳が動いた。
次の瞬間、その表情から笑みが消える。
「……人がいる」
「人?」
「奥から声がする。三人……違う、もっと。苦しそうな声も聞こえる」
セレスが即座に治療鞄を持ち直した。
「急ぎましょう。ただし、罠が続いている可能性があります。走り込むのは駄目ですよ」
「うん。フィーナ、先導をお願い。アイリスは前。俺は中央から全体を見る」
「任せて!」
「承知いたした」
扉の向こうへ入る。
短い通路を抜けた先には、広い地下室があった。
倒れた荷物。
砕けた木箱。
その間に、何人もの人が横たわっている。
俺は一番近くの一人を確認した。
【鑑定】。
【状態:重傷】
【意識:低下】
【呼吸:浅い】
【生命危険:高】
「セレス!」
「すぐに治療します!」
セレスが駆ける。
俺も続こうとして――足を止めた。
倒れている人は一人ではない。
負傷の程度も違う。
セレス一人へ全部を任せれば、間に合わない人が出るかもしれない。
「全員、一度聞いて!」
五人が振り返る。
「セレスは重傷者から。俺が状態を見て優先順位を出す。フィーナはまだ動ける人を探して人数確認。アイリスとレティシアは倒れた荷物をどけて治療場所を作って。エリシアは、この部屋にまだ罠や危険な魔力反応がないか確認してほしい」
返事が重なる。
今度は、誰も同じ場所へ走らなかった。
俺は次の負傷者へ【鑑定】を向ける。
その視界の端で、セレスの回復魔法が柔らかな光を放ち始めていた。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。




