第3章 第65話 見えるものだけが答えじゃない
薄暗い地下通路へ降りてから、空気の匂いが変わった。
湿った土と石。それに、長い間閉ざされていた場所特有の、少し冷たい空気。
俺たちは明かりを確保しながら、六人で慎重に進んでいた。
「ユウトお兄ちゃん、待って」
先頭を歩いていたフィーナが突然立ち止まる。
白い耳がぴくりと動き、今度は足元へ視線を落とした。
「どうした?」
「ここ、音が違うよ」
フィーナが軽く爪先で床を叩く。
こつ。
少し横へ移動して、もう一度。
こん。
「……本当ですね」
エリシアもしゃがみ込み、床へ指先を触れた。
俺には、言われてから聞き比べれば違うような気がする程度だった。
フィーナは迷わず一点を指す。
「この下、空いてると思う」
そこで初めて【鑑定】する。
【地下通路床面】
【材質:岩盤/人工加工部あり】
【状態:一部劣化】
【下部:空洞あり】
【空洞規模:小】
【崩落危険:低】
【用途:不明】
「本当に空洞がある」
「えへへ! やっぱり!」
フィーナの尻尾が勢いよく揺れる。
俺が【鑑定】すれば、床の下が空洞だとは分かる。
でも、そもそもここを調べようと思えたのは、フィーナが音の違いに気づいたからだ。
「壊して確認しますか?」
アイリスが剣へ手を添える。
「いや、待て」
レティシアが床と周囲の壁を見回した。
「この辺、昨日見た上の通路より石が傷んでる。穴を開けるなら、先に力の逃げ方を見ねえとな」
俺は周囲の岩盤を【鑑定】した。
【地下壁面】
【状態:経年劣化】
【荷重:一部偏りあり】
【局所補強:可能】
【広範囲固定:非推奨】
「全部を固めるのは駄目みたいだ」
「ああ。下手に一面固めたら、別んところに負担が逃げる」
レティシアが壁を軽く叩き、音を確かめる。
「エリシア。ここと、そっちだけ固められるか?」
「できます。範囲を絞りますね」
エリシアが土属性魔法を使う。
魔力が岩へ染み込み、指定された二か所だけがわずかに締まった。
俺が再び【鑑定】する。
【荷重偏り:軽減】
【局所安定性:向上】
「大丈夫そう」
「なら開けるぞ」
レティシアの指示で、俺とアイリスが傷んだ部分だけを少しずつ除いた。
人一人が通れる程度の穴が開く。
下には短い階段が続いていた。
「フィーナ、先は?」
「んー……風は少し来てる。生き物の匂いもあるよ。でも、近くじゃないかも」
「では、警戒して進みましょう」
セレスの言葉に全員がうなずいた。
階段を下りる。
地下は思ったより広かった。
自然洞窟ではない。
壁には一定間隔で削った跡があり、床も完全ではないものの平らに整えられている。
俺は壁を見る。
【地下構造物】
【人工加工:あり】
【施工年代:推定不能】
【用途:不明】
【残留魔力:微弱】
「古そうだけど、年代までは分からない」
俺が言うと、エリシアが壁際へ寄った。
削られた線へ指を沿わせ、しばらく眺める。
「少なくとも最近の工法ではありませんね」
「分かるの?」
「削り方に特徴があります。それと、残っている魔力痕の置き方も今とは違います。ただし――」
エリシアは一度言葉を切った。
「これだけで年代を断定するのは無理です。記録か、比較できる資料が欲しいですね」
俺の【鑑定】には見えない情報を、エリシアは知識と経験から拾っている。
逆に、構造の内部状態は俺の方が詳しく見える。
どちらかだけでは足りない。
そんなことを考えた、その時だった。
「来る!」
フィーナが振り向く。
直後、前方の暗がりから低い唸り声が響いた。
三匹。
狼に似た魔物が岩陰から姿を現す。
対象を確認して【鑑定】する。
【洞穴狼】
【危険度:E】
【特徴:暗所適応】
【主な攻撃:噛みつき/飛びかかり】
【習性:複数方向からの包囲】
【弱点:腹部】
「包囲してくる! アイリス、前を――」
「承知いたした!」
アイリスが前へ出る。
その瞬間、奥の一匹が横へ跳んだ。
エリシアが反応する。
「アースバインド」
岩床から伸びた土が脚へ絡む。
だが、完全には止まらない。
「浅いですね。岩盤が硬いです」
拘束された狼が身体をねじり、そのままアイリスの側面へ回ろうとする。
「なら拙者が!」
アイリスが正面の一匹を牽制しながら踏み込み、軌道を塞いだ。
その間に、もう一匹が後方へ回る。
「後ろ!」
「任せな!」
レティシアが前へ出て受け止める。
大型打撃武器が狼の突進を真正面から弾いた。
俺は中央に残る。
正面へ加勢することもできる。
後ろを倒すこともできる。
魔法なら、まとめて終わらせることだって難しくない。
けれど――。
「ユウトお兄ちゃん、上!」
フィーナの声。
考えるより先に視線を上げる。
壁の張り出し。
そこから四匹目が飛び降りてきた。
【洞穴狼】
【状態:奇襲行動中】
「ウィンド!」
威力を絞った風を斜めからぶつける。
狼の軌道だけを逸らし、誰もいない床へ落とす。
「そこです」
今度はエリシアの拘束が決まる。
「アイリス!」
「承知いたした!」
アイリスが一匹を切り伏せ、そのまま拘束された個体へ回る。
レティシアも後方の一匹を押し返した。
俺は空いた側面へ回り、最後の一匹が抜けようとした道を塞ぐ。
そこから先は早かった。
数十秒後、洞穴狼はすべて倒れていた。
「……近くにはもういないよ」
フィーナが耳を澄ませてから言う。
「ありがとう。助かった」
「えへへ! フィーナに任せて!」
俺は倒れた魔物ではなく、みんなを見る。
さっき、俺は全部を倒していない。
それなのに、戦っている最中は前より周りが見えていた。
俺が振り返るより先にレティシアが後ろを塞ぎ、俺には聞こえなかった気配をフィーナが拾った。アイリスとエリシアも、互いの動きを見て次へつないでいた。
全部を自分でやろうとしなかったからこそ、空いている場所が見えたのかもしれない。
まだ、それが俺の役割だと言い切れるほど分かってはいない。
でも、前より少しだけ六人で戦えた気がした。
「怪我はありませんか?」
セレスが全員を見る。
「拙者は問題ないでござる」
「アタシも平気だ」
「私もですね」
「フィーナも大丈夫!」
俺も頷く。
「じゃあ、少し休んでから進もう」
洞穴狼の処理を終え、さらに奥へ進む。
やがて通路の先に、古びた石扉が現れた。
表面には文字らしいものはない。
中央から左右へ、細い溝だけが何本も伸びている。
俺が近づこうとした時だった。
「ユウトお兄ちゃん」
フィーナの声が、さっきまでより低くなる。
「どうした?」
彼女は扉ではなく、その手前の床を見ていた。
耳が前へ向き、尻尾の動きも止まっている。
「この扉の前……何かある」
俺はまだ、一歩も近づいていなかった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
そして本日はここまで明日も5話投稿します。
よろしくお願いいたします。




