第3章 第64話 六人だからできること
村へ着いて間もなく、俺たちは三つの話を同時に聞くことになった。
一つは、森へ木の実を拾いに行った子どもが戻ってこないこと。
一つは、放牧していた家畜が脚を痛めて戻ってきたこと。
そしてもう一つは、森側に設けられている柵の一部が壊れていることだった。
「ユウトお兄ちゃん!」
話を聞き終えるより早く、フィーナの耳がぴんと立つ。
「フィーナ、子ども探してくる!」
「うん。ただし一人で奥まで入りすぎないで。アイリス、一緒に行ってもらえる?」
「承知いたした」
アイリスが即座に頷く。
俺自身が探しに行くこともできる。
【索敵】も【気配察知】も使えるし、フィーナほどではなくても痕跡を追うこともできる。
けれど、今はそれをする必要がない。
「セレスは家畜を診てもらえる?」
「はい。すぐに治療しますね」
「レティシアは柵を?」
「任せな。ただ壊れ方を見てからだ。直すだけなら簡単だが、原因が残ってりゃまた壊れる」
最後にエリシアを見る。
「私はレティシアと行きましょう。魔法や地盤が関係している可能性もありますから」
「お願い」
四方へ散る仲間を見送って、俺は村に残った。
何もしないためじゃない。
情報を集めるためだ。
子どもが最後に見られた場所。家畜が戻ってきた方角。壊れた柵の位置。
村人から一つずつ聞いていくうちに、それぞれ別の話だと思っていた三つの出来事が、同じ森側で起きていることに気づいた。
「家畜は森の方から戻ったんですよね?」
「ああ。いつもより怯えててな」
「子どもも、その近くへ?」
「木の実がよく落ちる場所があるんだ。たぶんそこへ……」
偶然かもしれない。
だからこそ、決めつけない。
俺は聞いた内容を頭の中で整理する。
しばらくすると、最初に戻ってきたのはセレスだった。
「ユウトさん」
「どうだった?」
「脚を捻っています。骨折はありません。擦り傷もありますけど、命に関わる状態ではないですよ」
「原因は?」
「何かに追われたというより、慌てて足場の悪い場所を走ったように見えました」
俺は家畜へ視線を向ける。
「念のため、セレスが診た部分以外に異常がないかだけ確認していい?」
「もちろんです」
【鑑定】。
【状態:軽傷】
【右後脚:捻挫】
【表皮:擦過傷あり】
【骨折:なし】
【毒:なし】
【魔力異常:なし】
【補足:急激な方向転換および不安定な足場による負傷の可能性】
「セレスの診断どおりだ。別の異常もない」
「それなら安心ですね」
セレスは少し笑ってから、家畜の脚へ固定を施していった。
治療を任せ、俺は再び村人から話を聞く。
次に戻ってきたのはレティシアとエリシアだった。
「柵はどうだった?」
「壊れてたのは確かだが、魔物にぶち破られた感じじゃねえ」
レティシアが腕を組む。
「支柱の根元が緩んでた。そこへ横から強く力がかかって倒れたんだ。古くなってた部分もある」
「私も周辺を調べました」
エリシアが続ける。
「魔力反応はありません。それと、簡単な土魔法で表層だけ確認しましたが、大型の魔物が踏み込んだような深い沈み込みもありませんでした」
「じゃあ、大きな魔物が壊したわけではない?」
「可能性は低いですね」
俺も現場へ向かい、壊れた柵を【鑑定】する。
【木製防護柵】
【状態:破損】
【経年劣化:あり】
【支柱固定力:低下】
【破損原因:側方からの衝撃】
【魔物による直接破壊の痕跡:なし】
「やっぱり、レティシアの見立てで合ってる」
「そりゃそうだ」
レティシアが鼻を鳴らす。
「壊れたからって、何でも敵の仕業にする必要はねえ。物は壊れる時には理由がある」
「修理、俺は必要?」
「今はいい。エリシアに地面を少し締めてもらえりゃ十分だ。お前さんは他を見てろ」
「分かった」
以前なら、ここで俺も修理へ加わっていたかもしれない。
できるから。
手伝えるから。
けれど今は、それだけで動かない。
必要な場所へ行く。
その時だった。
「ユウトお兄ちゃーん!」
森の方からフィーナの声が響いた。
ほどなくして、フィーナとアイリス、それから探していた子どもが姿を見せる。
「よかった……!」
村人たちが駆け寄っていく。
子どもに怪我はない。
けれど顔は青ざめていた。
「フィーナが見つけたのでござる」
アイリスが言う。
「倒木の向こうで動けなくなっていたゆえ、拙者は道を開いただけでござる」
「でもフィーナ一人だったら、あれ動かせなかったもん!」
二人が互いの功績を押し返すように言うのを聞きながら、俺は子どもの様子を確認した。
「何があったの?」
「地面が……急に落ちたんだ」
「地面?」
「森の端っこの方。ばきって音がして、穴が開いて……びっくりして逃げたら、木が倒れてきて……」
俺とレティシアが顔を見合わせた。
「場所は柵の近くか?」
レティシアの問いに、子どもが頷く。
「う、うん」
繋がった。
家畜は突然崩れた地面に驚いて走り、脚を痛めた。
その際に弱っていた柵へぶつかり、倒した。
子どもも同じ崩落に遭遇し、逃げた先を倒木に塞がれた。
三つの問題ではなかった。
一つの出来事から、三つの問題が生まれていたんだ。
「見に行こう」
今度は六人で森へ向かった。
子どもに教えてもらった場所へ着く前に、フィーナが足を止める。
「……ユウトお兄ちゃん」
白い耳が前へ向く。
「風が来てる」
「風?」
「地面の下から」
崩れた場所は、森の端に近い緩やかな斜面だった。
土が大きく落ち込み、その奥に黒い隙間が見えている。
エリシアがしゃがみ込み、土へ手を触れた。
「興味深いですね。表面だけが崩れています。その下には、以前から空間があった可能性があります」
「自然の空洞か?」
レティシアが問う。
「まだ分かりません」
俺は崩落部へ意識を向ける。
【鑑定】。
【地表崩落部】
【状態:不安定】
【原因:表層地盤の支持力低下】
【奥部:空間あり】
【内部構造:確認不能】
【侵入安全性:未確認】
「中までは分からない」
「なら、入る前に調べるしかありませんね」
エリシアが目を細める。
「フィーナも、中から匂いがする。土だけじゃないよ」
「何の匂い?」
「分かんない。でも……古い感じ」
フィーナの尻尾から、さっきまでの軽さが消えている。
アイリスが穴の奥を見据え、レティシアは崩れた地面を確かめ、セレスは村へ戻すべき人間がいないか周囲を確認していた。
俺も暗い空洞を見つめる。
今日、俺が直接解決した問題はほとんどない。
それでも、子どもは戻った。
家畜は治療された。
柵の原因も分かった。
そして、六人で情報を持ち寄ったからこそ、その全部が一つの出来事へ繋がった。
「今日は入らない」
俺が言うと、全員がこちらを見る。
「中の構造も安全性も分からない。村へ報告して、必要な装備を揃えてから調べよう」
「賛成です」
「承知いたした」
「その方がいいですね」
「壊れる場所ってのは、入る前が一番大事だからな」
「えへへ! じゃあ次はフィーナの出番だね!」
フィーナだけがもう少し嬉しそうなのは、たぶん探索できる場所を見つけたからだ。
俺はもう一度、暗い穴を見る。
【鑑定】では、その奥までは見えない。
だからこそ――六人で調べる意味がある。
森の地面の下から吹き出してくる冷たい風が、俺たちの服を静かに揺らしていた。
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