第3章 第63話 一人で勝つのと、六人で守るのは違う
街道を進む荷馬車の車輪が、小さな石を踏んでがたんと揺れた。
俺たち《アカシックレコード》が受けたのは、近隣の村まで生活物資を運ぶ商人の護衛依頼だ。
討伐そのものが目的ではない。荷馬車と御者、それから積荷を無事に届けることが最優先になる。
「前方、今のところ問題なし!」
荷馬車より少し先を歩いていたフィーナが振り返る。白い耳が細かく動き、周囲の音を拾っていた。
「右の森も静かです」
エリシアが視線を木々へ向ける。
「左は拙者が警戒いたそう」
「なら、あたしは後ろを見とくか」
アイリスとレティシアも自然に位置を取る。
俺は中央付近を歩きながら全体を見る。
六人で役割を決めてから、最初の本格的な護衛依頼だった。
以前なら、敵を見つけた瞬間に俺が前へ出て、そのまま倒していたと思う。
でも今は違う。
……違うはずだった。
「ユウトお兄ちゃん」
フィーナの声が低くなる。
同時に耳が右へ向いた。
「いる。右の林。たぶん四……いや、五匹。走ってくる!」
「分かった」
フィーナが存在を捉えた方向へ視線を向ける。
枝葉の奥で影が動いた。
そこで初めて【鑑定】を使う。
【灰牙狼】
【危険度:E】
【特徴:集団狩猟を行う狼型魔物】
【攻撃:噛みつき/飛びかかり】
【弱点:腹部/首部】
【行動傾向:複数方向から獲物を囲む】
「灰牙狼、五匹。囲みに来る!」
「承知いたした!」
アイリスが抜剣する。
俺も一歩前へ出た。
林から二匹が飛び出す。
速い。
けれど、俺なら問題なく処理できる。
一匹目の進路へ踏み込み――。
「そこ、拙者が!」
「え?」
アイリスも同じ一匹へ向かっていた。
俺が寸前で身体をひねる。
剣閃が灰牙狼を捉える。
その横を抜けた二匹目へ、俺は足を向けた。
「ユウト、そちらは――」
エリシアの声。
魔力が集まりかけている。
彼女も二匹目を狙っていた。
「ごめん!」
俺が止まったことで、エリシアも術式を中断する。
ほんの一瞬。
それだけだった。
だが護衛では、その一瞬が問題になる。
「後ろ!」
フィーナが叫んだ。
茂みから別の灰牙狼が飛び出す。
最初から回り込んでいた個体だ。
「任せな!」
レティシアが荷馬車との間へ割り込み、大型打撃武器で正面から受け止める。
重い衝突音。
灰牙狼の身体が弾かれた。
だが御者が驚いて手綱を強く引いた。
「うわっ!」
馬がいななき、荷馬車が急停止する。
積荷が激しく揺れた。
木箱が一つ、荷台の端から落ちる。
鈍い音とともに角が割れ、中に入っていた陶器の器が二つ砕けた。
「くっ……!」
御者も座席へ腕を打ちつける。
「動かさないでください!」
セレスがすぐに駆け寄った。
俺も反射的に近づこうとしたが――。
「ユウトお兄ちゃん、まだいる!」
フィーナの声で踏みとどまる。
そうだ。
今、俺がやるべきなのは治療じゃない。
セレスがいる。
「アイリス、右の二匹を頼む!」
「承知いたした!」
「レティシアは荷馬車の後ろを守って!」
「任せな!」
「エリシア、左側を止めて!」
「分かりました」
「フィーナは次の動きを教えて!」
「フィーナに任せて!」
言葉にした瞬間、全員の動きが変わった。
アイリスが前へ出る。
一匹の飛びかかりを紙一重で外し、そのまま斬り伏せる。
もう一匹が横へ回ろうとするが、エリシアの土魔法が足元を絡め取った。
「止めました。倒す必要はありません。そちらへ行きます」
「分かった!」
俺が向きを変える。
別の一匹がレティシアを避けて荷馬車の側面へ回ろうとしていた。
進路へ割り込み、剣の腹で頭部を打って体勢を崩す。
「ユウトお兄ちゃん! 左奥、もう一匹!」
「六匹目か!」
フィーナが見つけた方向へ目を向ける。
枝の間から灰牙狼が飛び出した。
【灰牙狼】
【危険度:E】
【状態:興奮】
【行動:荷馬車側面への突進】
「エリシア!」
「はい」
短い返事。
風が横から吹きつけ、灰牙狼の進路をわずかにずらす。
そこへアイリスが踏み込んだ。
「はっ!」
一閃。
最後の一匹が地面へ倒れる。
静寂が戻った。
俺は周囲を確認する。
「フィーナ?」
耳を動かしたフィーナが、少し待ってから頷いた。
「もう聞こえない。たぶん大丈夫!」
そこでようやく武器を下ろした。
倒した魔物は六匹。
こちらに大きな怪我はない。
敵との戦いだけを見れば、苦戦と呼べるものではなかった。
けれど。
道端には割れた木箱と、砕けた陶器が転がっている。
「すみません……」
俺が御者へ頭を下げる。
御者は苦笑しながら、セレスに腕を診てもらっていた。
「骨は大丈夫です。軽い打撲ですね。少し腫れるかもしれません」
「助かったよ」
セレスが治療を終える。
その隣でレティシアが壊れた箱を持ち上げ、中身を確認した。
「器が二つ駄目だな。箱の角も割れてる」
「依頼失敗……かな」
俺が呟くと、御者は首を横へ振った。
「そこまでは言わんよ。魔物に襲われて、これだけで済んだんだからな。ただ……」
御者は荷馬車を見た。
「護衛ってのは、魔物を倒すだけじゃないってことだ」
胸に刺さる言葉だった。
「……うん」
俺一人なら、六匹くらい倒せる。
もっと数が多くても、おそらく問題はない。
でも今回は、敵を倒しただけでは満点じゃなかった。
御者を守る。
馬を落ち着かせる。
積荷を守る。
逃げ道を確保する。
怪我をした人を治療する。
周囲に次の敵がいないか調べる。
それらを同時にやらなければならない。
俺が全部やろうとすれば、かえって誰かと動きが重なる。
「最初、拙者とユウトの狙いが重なったでござるな」
アイリスが剣を納める。
「私もです」
エリシアが続けた。
「ユウトが動くと思わず、一体を拘束しようとしました。同じ敵を二人で処理しようとしていましたね」
「フィーナは敵を見つけたけど、そのあと誰がどこを見るかまでは考えてなかった」
フィーナの耳が少し伏せる。
「私も治療へ入るまで、馬の状態までは見られていませんでした」
セレスも荷馬車を見ながら言った。
「んで、あたしは後ろから来た奴は止めたが、御者が驚くところまでは考えてなかった」
レティシアが腕を組む。
誰か一人の失敗じゃない。
六人全員が、それぞれ自分の得意なことをしようとした。
その結果、同じところへ二人が行き、逆に手薄になる場所ができた。
「……役割を決めただけじゃ足りないんだ」
俺が言うと、エリシアが小さく頷く。
「役割は、状況の中でつながって初めて意味があります」
「一番強い者が、一番多く攻撃する必要もないのでござるな」
アイリスの言葉に、俺は苦笑した。
「それ、たぶん俺が一番覚えないと駄目だ」
「えへへ。でも後半はちゃんとできたよ!」
フィーナが尻尾を振る。
「ユウトお兄ちゃんが言ってくれたから、フィーナも何を見ればいいか分かった!」
「そうですね。最初から全部完璧でなくても、失敗した理由が分かれば次に直せます」
セレスの言葉に、俺は頷いた。
知るだけじゃ駄目だ。
分かったつもりでも駄目だ。
実際にやって、失敗して、どう直すか考える。
それは魔法でも、鍛冶でも、治療でも同じだった。
きっと、パーティーも同じなんだ。
壊れた木箱はレティシアが応急的に補強し、積荷を積み直してから再び出発した。
しばらく進むと、街道の先に目的地の村が見えてくる。
「着いたー!」
フィーナの声が明るくなる。
俺も少しだけ肩の力を抜いた。
ところが村の入口へ近づくと、数人の住民がこちらへ駆けてきた。
「冒険者さんたちか!」
先頭の男が息を切らしながら、俺たち六人を見回す。
「ちょうどよかった。村で困ってることが重なっててな。ギルドへ頼みに行こうとしてたところなんだ」
「重なってる?」
「ああ。森へ入った子どもが戻らない。それと畑の柵が壊されて、家畜も一頭怪我してる。全部同時に起きちまった」
俺たちは顔を見合わせた。
一つの敵を六人で倒す話じゃない。
今度は、最初から複数の場所で助けが必要らしい。
俺は小さく息を吐いた。
「……ちょうどいいかもしれない」
「ユウトお兄ちゃん?」
「六人で動く練習に」
今度こそ、俺一人で全部やろうとは思わなかった。
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