第3章 第62話 六人で動くということ
《アカシックレコード》。
昨日、六人で決めたばかりの名前だ。
世界の知識や経験を記録し、未来へつなぐ。
そういう意味を込めた名前は気に入っている。
けれど、名前を決めただけで、急に六人の動きが一つになるわけじゃない。
「まずは、実際に動いてみましょう」
朝食を終えた後、エリシアがそう言ったことで、俺たちは冒険者ギルドの訓練場へ来ていた。
訓練場の隅には、簡単な模擬戦用の木製標的がいくつも置かれている。
受付で事情を説明すると、空いている区画を借りることができた。
今回は標的を魔物に見立てて戦う。
ただ並んだ的を壊すだけでは意味がないので、一人ずつ交代で訓練役へ回り、物陰から布袋を投げたり、追加の標的を示したりして状況を変えることにした。
最初の訓練役はセレスだ。
「では、始めますね」
セレスが少し離れた場所へ移動する。
俺たち五人は、木製標的へ向かって構えた。
「前方三体。右側に一体追加です」
「フィーナに任せて!」
フィーナが最初に飛び出した。
速い。
白狼族の身体能力を生かし、低い姿勢のまま前へ出る。
俺も周囲を確認しながら走り出した。
「右は拙者が!」
アイリスが右へ向かう。
「なら、あたしは中央だ!」
レティシアも同時に中央の標的へ向かった。
次の瞬間。
「む?」
「あ?」
アイリスとレティシアの進路が重なった。
二人とも、最も危険そうな位置へ自然に踏み込んだらしい。
互いにぶつかるほどではない。
だが、一瞬だけ動きが鈍った。
「左、空きました」
エリシアが淡々と言いながら魔力を練る。
「ウィンドカッター」
風の刃が木製標的へ飛び、命中した。
その直後。
「後方から一体です!」
セレスの声と同時に、布を巻いた軽い袋が俺たちの後ろへ放り込まれた。
「俺が――」
身体が先に動いた。
一歩踏み込んだところで、俺は止まる。
エリシアが振り返り、アイリスも方向を変えようとしていた。
レティシアもこちらへ体を向けている。
三人が同じ標的へ反応していた。
「……止め!」
俺が声を上げる。
全員が動きを止めた。
開始してから、まだそれほど経っていない。
それなのに、もう噛み合っていなかった。
「うーん……」
フィーナが耳を横へ倒す。
「みんな強いのに、なんか変だったね」
「その通りでござる」
アイリスが真剣な顔で頷いた。
「拙者は右の標的を討つことしか見えておらなんだ」
「こっちもだな」
レティシアが腕を組む。
「一番厄介そうな奴を止めりゃいいと思って動いた。アイリスと同じところを見るとは思わなかったぜ」
「私は空いている対象を処理しましたが」
エリシアが少し首を傾ける。
「後方へ追加が出た時点で、誰が反応するのか決まっていませんでした」
「俺もすぐ動こうとした」
言いながら、自分の足元を見る。
分かっていたつもりだった。
六人で戦うなら、俺が全部倒してしまえばいいわけじゃない。
それでも敵らしいものが出れば、身体が勝手に反応する。
一人で依頼を受けていた頃から積み重なった癖だ。
「もう一回やろう」
「はい」
今度は役割を少しだけ決めることにした。
完全に固定するのではない。
誰が何を得意としているのか、動きながら確かめるためだ。
「フィーナはどうしたい?」
「フィーナ?」
「一番前に出たいのか、俺たちの近くにいたいのか」
聞くと、フィーナは少しだけ目を丸くした。
けれど、迷ったのは一瞬だった。
「前がいい!」
耳がぴんと立つ。
「匂いとか音とか、フィーナの方が先に分かることあるから!」
「うん。じゃあ、先に見つける役を試してみよう」
「えへへ! フィーナに任せて!」
自分が何をしたいかを、フィーナが迷わず言った。
そのことが、なんとなく嬉しかった。
「アイリスは前で倒す役が向いていそうですね」
セレスが言う。
「承知いたした。ならば、拙者は前へ出る敵を確実に仕留めることへ集中しよう」
「じゃあ、あたしは止める方を試すか」
レティシアが自分の武器を肩へ担ぐ。
「全部ぶっ飛ばすんじゃなくて、抜けようとする奴を止める。今のところは、それでやってみる」
まだ決定ではない。
だからこそ、その言い方がしっくりきた。
「私は後ろから状況を見ながら魔法ですね」
エリシアが言う。
「セレスは当然、治療と支援を優先でしょうか」
「そうですね。ただ、怪我人がいない時まで何もしないつもりはありませんよ」
セレスが微笑む。
「周囲を見て、危険な人がいれば声を掛けます」
残るのは俺だ。
「ユウトお兄ちゃんは?」
フィーナに聞かれ、少し考える。
「俺は……最初から敵を倒しに行かない」
「ほう」
レティシアが面白そうに眉を上げた。
「必要なら戦う。でも、まず皆を見る」
言葉にしてみると、不思議な感じがした。
今までの俺は、敵を見つけたら【鑑定】して、弱点を調べて、最適な方法で倒してきた。
それで困ることはほとんどなかった。
だけど六人なら、見る対象は敵だけじゃない。
フィーナが何を見つけたか。
アイリスがどこへ踏み込んだか。
レティシアが何を止めているか。
エリシアがどこへ魔法を撃とうとしているか。
セレスが誰を気にしているか。
それも全部見なければならない。
「では、二回目です」
訓練役へ回ったセレスの声で、全員が構えた。
「開始します!」
フィーナが最初に走る。
「右奥、音がある!」
木製標的しかない訓練場だが、セレスが物陰で動かした仕掛けの音を拾ったらしい。
「右奥に追加ですね」
エリシアが視線を向ける。
「アイリス!」
「承知いたした!」
今度は俺が指示を出す前に、アイリスが右へ出た。
正面の標的が一つ残る。
俺なら一瞬で壊せる。
手が動きかける。
それでも止める。
「レティシア!」
「あいよ!」
レティシアが正面へ入る。
標的を倒すのではなく、進路を塞ぐように踏み込んだ。
「後方追加です!」
布袋が飛ぶ。
今度こそ俺の足が動いた。
一歩。
二歩。
そこでエリシアの魔力が後ろへ向いたのが見える。
また、先に動いてしまった。
「エリシア!」
「分かっています」
風の刃が布袋を弾き飛ばす。
俺は途中で止まり、周囲を見る。
フィーナは前。
アイリスは右。
レティシアは中央。
セレスは後方。
エリシアは全体を見ている。
俺だけが、空いた場所へ入れる。
「左、追加です!」
セレスの声。
今度は誰も向いていない。
「俺が行く!」
地面を蹴る。
木製標的へ近づき、模擬剣で横から打ち抜いた。
倒れる標的。
それを確認してから振り返る。
さっきよりはいい。
でも、まだ俺は最初に動きすぎる。
「止め!」
二回目が終わる。
「今のは、少し良かったですね」
セレスが戻ってくる。
「少しだけか?」
レティシアが笑う。
「十分だろ。最初なんざ全員好き勝手動いてたぞ」
「しかし、まだ重なる部分はある」
アイリスは納得していないらしい。
「拙者も、ユウトが動いた方向へ反応しかけた」
「私もですね」
エリシアが頷く。
「今はユウトの動きが速すぎるため、皆が無意識に合わせようとしています」
それを聞いて、胸の奥が少し重くなる。
俺が全部やってしまうだけじゃない。
俺が動きすぎることで、皆の判断まで引っ張ってしまう。
「ユウトお兄ちゃん」
フィーナが俺を見る。
「今度、もっと待ってみたら?」
「もっと?」
「うん!」
簡単そうに言われた。
でも、多分それが一番難しい。
敵が見えているのに、すぐ倒さない。
仲間が動けるなら任せる。
必要な時だけ、自分が入る。
「やってみる」
俺が答えると、レティシアがにやりと笑った。
「最強の奴が、手ぇ出さねえ練習か」
「言われると変だね」
「だが、悪くねえ」
今度の訓練役はセレスからエリシアへ交代した。
俺たちは再び並ぶ。
フィーナが軽く身体を沈める。
アイリスが剣へ手を掛ける。
レティシアが前へ出る準備をし、セレスが少し後ろへ位置を取った。
俺も構える。
今度は、敵だけを見ない。
五人を見る。
それでも、きっとまた先に動きたくなる。
だから、その瞬間に止まれるか試す。
「準備はいいですか?」
「いつでも!」
「承知いたした」
「任せな!」
「大丈夫ですよ」
俺も頷いた。
「始めよう」
エリシアが手を上げる。
その瞬間、フィーナが地面を蹴った。
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