第3章 第61話 六人で選んだ名前
鉱山での依頼を終えて町へ戻ってから、六人で動くことが当たり前になった。
フィーナ、アイリス、エリシア、セレス、レティシア。そして俺。
依頼を受ける時も、食事をする時も、宿へ戻る時も、気付けば六人でいる。
けれど、冒険者ギルドの受付で「パーティー名はありますか」と聞かれた時、俺たちは揃って黙り込んでしまった。
「……名前?」
「必要なの?」
フィーナが首を傾げる。
「人数が増えましたからね。今後も六人で依頼を受けるのでしたら、登録しておいた方が便利だそうです」
セレスが受付で聞いた説明を補足してくれた。
宿へ戻った俺たちは、食堂の隅にあるいつもの卓を囲んでいた。
以前は俺一人で使っていたこともある卓だ。
それがフィーナと二人になり、アイリスが増え、エリシアが加わり、セレスが座り、今はレティシアまでいる。
六人分の椅子が並んでいる光景を見ていると、少し不思議な気分になった。
「じゃあ、名前を考えようか」
「はい!」
最初に手を上げたのはフィーナだった。
「お肉いっぱい食べる団!」
「却下」
「まだ説明してないよ!?」
「説明が必要な名前だったのか……?」
レティシアが呆れたように笑う。
フィーナは耳をぺたりと伏せた。
「だって、みんなでいっぱい食べたら楽しいのに……」
「それはパーティーの目的ではありませんよ」
セレスが苦笑する。
「でも食事は大事です。ちゃんと食べないと駄目ですからね」
「セレス優しい!」
フィーナの耳がすぐに戻った。
「名とは、その者たちの在り方を示すものでもある」
アイリスが腕を組む。
「軽々しく決めるものではあるまい」
「じゃあ、アイリスは何かある?」
「む……」
少し考えた後、アイリスは目を逸らした。
「……まだ思いついておらぬ」
「そこは考えてなかったんだ」
「未熟者ゆえ、なお精進いたす」
名前を考えるのにも精進が必要なのだろうか。
「エリシアは?」
「研究を中心にするなら候補はいくつかありますが」
「冒険者パーティーだからね」
「残念です」
本当に残念そうだった。
けれど、こうして六人で話しているうちに、俺は少しずつ考え始めていた。
俺たちは、何のために一緒にいるんだろう。
強い敵を倒すためだけじゃない。
フィーナは、俺には分からない匂いや音から道や危険を見つけてくれる。
アイリスは、自分の剣を磨き続けながら、誰かを守るために前へ立つ。
エリシアは、知らないことを知るために調べ、分かったことを記録する。
セレスは、知識だけでは救えない命へ、その人に合った方法で手を伸ばす。
レティシアは、目に見えない鉄の変化を経験で読み、失敗した理由まで次の一打へ繋げる。
そして俺は――【鑑定】でいろいろなものを見る。
でも、見えた情報だけでは足りないことを、この六人になってから何度も知った。
「どんな名前ならいいと思う?」
俺が聞くと、少しだけ静かになった。
「拙者は」
アイリスが口を開く。
「己が学んだものを、次へ繋げていける者でありたい。技を真似るだけではなく、自らの剣へ取り込み、いつか誰かへ伝えられるほどに」
「私は記録ですね」
エリシアが続けた。
「分からなかったことが分かった瞬間は楽しいです。でも記録しなければ、自分が忘れた時に失われます。残せるものは残しておきたいです」
「私は……使い方でしょうか」
セレスが微笑む。
「薬も知識も、知っているだけでは人を助けられません。その人に合わせて使って、初めて役に立ちますから」
「鍛冶も似たようなもんだ」
レティシアが頷いた。
「失敗したなら、なんで失敗したか覚えとく。それを次に打つ一本へ使う。そうやって前よりいいもんを作るんだ」
「フィーナは?」
「んー……」
フィーナは難しい顔で考えてから、ぱっと表情を明るくした。
「見つけた道を覚えてたら、帰る時に迷わないよ!」
その言葉に、俺は一瞬だけ何も言えなくなった。
帰る場所。
前の世界では、ずっとそれがよく分からなかった。
孤児院は住んでいた場所ではあったけれど、自分の家だと思ったことはない。
高校を卒業して、ようやく手に入れた小さな部屋。
自分で選んだ、初めての場所。
それを手に入れて、すぐに俺は死んだ。
けれど今は。
卓の向こうでフィーナが笑っている。
アイリスが真面目に考え込み、エリシアが何かを書き留め、セレスが皆のお茶を確認し、レティシアが椅子へ深く座っている。
帰る場所というのは、建物だけじゃないのかもしれない。
覚えておきたい道。
残しておきたい経験。
誰かへ繋ぎたい知識。
失敗も成功も含めて、次へ渡していくもの。
その時、前世で読んだ本の中にあった言葉を思い出した。
「……アカシックレコード」
「何ですか、それ?」
エリシアがすぐに反応する。
「俺が前にいた世界で知った言葉なんだ。本来の意味とは少し違うかもしれないけど……世界の知識とか記録とか、いろいろなものが残されている場所みたいな意味だったと思う」
「興味深いですね」
エリシアの目が少しだけ輝いた。
「ただ、そのままの意味で使いたいわけじゃないんだ」
俺は皆を見る。
「俺たちは全部を知ってるわけじゃない。これから知らないことをたくさん見ると思う。失敗もするし、間違えることもある。でも、それを覚えて、考えて、次に繋げられる集まりならいいなって」
「アカシックレコード……」
フィーナがゆっくり繰り返す。
「ちょっと難しい名前だけど、ユウトお兄ちゃんたちが言ってたこと、全部入ってる?」
「俺はそういう意味にしたい」
「だったらフィーナ、それがいい!」
フィーナが真っ先に手を上げた。
「拙者も異存はない」
「私も賛成です。記録という意味は気に入りました」
「私もです」
「悪くねえな。むしろ、これから中身を作っていく名前って感じがしていい」
全員の答えを聞いて、胸の奥が少しだけ温かくなる。
誰かから与えられた名前じゃない。
俺が勝手に決めた名前でもない。
六人で考えて、六人で選んだ。
「じゃあ、《アカシックレコード》で登録しよう」
「おー!」
フィーナが両手を上げる。
「それと、代表者も必要だそうですよ」
「代表者?」
嫌な予感がして周囲を見ると、五人の視線が俺へ集まった。
「……俺?」
「ユウトが適任であろう」
アイリスが迷わず言う。
「ユウトは拙者たち全員の得手と不得手を見ている。それぞれが何をできるかを知った上で、足りぬところへ動ける」
「私もそう思います」
セレスも頷いた。
「でも、俺が全部決めるっていうのは違うと思う」
自然と言葉が出た。
「フィーナにしか分からないこともあるし、鍛冶ならレティシアの方が詳しい。治療ならセレス、魔法ならエリシア、剣ならアイリスの判断が必要になる。だから俺が代表でも、皆には自分で考えてほしい」
「当然だ」
レティシアが笑う。
「鍛冶場であたしに命令しようもんなら追い出すぞ」
「そこは最初から勝てる気がしない」
「それでいいんじゃないですか」
エリシアが淡々と言う。
「全員が考えて、必要な時だけユウトが全体をまとめる。その方が興味深い結果になりそうです」
それなら、やれるかもしれない。
何か特別な力を得たわけじゃない。
名前が付いたからといって、急に強くなるわけでもない。
それでも、《アカシックレコード》という名前が六人の間に置かれたことで、少しだけ何かが変わった気がした。
「じゃあ次は、六人で動く時の役割を決めようか」
俺がそう言った瞬間だった。
「フィーナ、前がいい!」
「前衛なら拙者が務めよう」
「待て待て。守るならあたしが前だろ」
「私は中央付近がいいですね。術式展開の範囲を考えると――」
「負傷者が出た時に動きやすい位置も必要ですよ」
五人の声が、ほとんど同時に飛んできた。
俺は口を開きかけて、閉じた。
六人で名前を決めることはできた。
けれど、六人で一つの動きを作るのは――どうやら、それよりずっと難しそうだった。
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