第2章 第60話 六人になっただけでは
宿を出て街道へ向かう足音が、昨日までより一つ多い。
たったそれだけの違いなのに、ユウトには妙に新鮮に感じられた。
「なんだよ。さっきからこっち見て」
大型打撃武器を肩に担いだレティシアが、怪訝そうに睨んでくる。
「いや。六人になったんだなって思って」
「昨日からそうだろうが」
「そうなんだけど」
「変な奴だな」
呆れたように鼻を鳴らしたレティシアの横で、フィーナが嬉しそうに尻尾を振った。
「えへへ! 六人だよ、ユウトお兄ちゃん!」
「うん」
「賑やかになりましたね」
セレスが微笑み、エリシアも眠そうな目を細める。
「観察対象が増えました。興味深いですね」
「仲間を観察対象と呼ぶのはいかがなものか」
アイリスが真顔で突っ込んだ。
そんな会話をしながら、六人は町の外へ出る。
レティシアが正式に同行することになってから、最初に六人で選んだ依頼は、近郊農地へ現れた魔物の討伐だった。
難しい依頼ではない。
だからこそ、六人で動くにはちょうどいい。
――そう思っていた。
「フィーナ、どう?」
「いるよ。前に三匹。右の草むらに二匹……あ、左にも一匹!」
白い耳を立てたフィーナが即座に答える。
ユウトはフィーナが示した先を確認し、草の間から姿を見せた一体へ【鑑定】を使った。
【牙鼠】
【危険度:F】
【特徴:集団で行動する大型鼠】
【主な攻撃:噛みつき/突進】
【警戒時:複数方向へ分散する傾向あり】
「散るかもしれない。畑の方へ行かせないように――」
「なら拙者が正面を押さえる!」
「任せな! 右はあたしが潰す!」
ユウトが言い切るより先に、アイリスとレティシアが飛び出した。
二人とも速い。
だが、牙鼠の群れも突然左右から迫られて一斉に向きを変えた。
「そっちへ行った!」
フィーナの声。
「止める!」
ユウトが魔力を練った瞬間、隣でも同じようにエリシアの魔力が動く。
「アース――」
「ウィンド――」
二人はほぼ同時に詠唱を止めた。
「……ユウト、使いますか?」
「いや、エリシアが――」
その一瞬の譲り合いで、一匹が間を抜ける。
「フィーナに任せて!」
フィーナが走った。
だが、その進路へレティシアも回り込んでいた。
「わっ!」
「おっと!」
互いに気付いて急停止する。
牙鼠は二人の間をすり抜け、農地を囲う木柵へ突っ込んだ。
ばきり、と乾いた音が響く。
「あっ!」
牙鼠はそのまま畑へ入ろうとする。
「通さん!」
直後、アイリスが横から追いつき、剣の腹で牙鼠を弾き飛ばした。
だが、そちらへ気を取られたことで、正面にいた別の一匹がアイリスへ飛び掛かる。
「アイリス!」
「問題ない!」
身を捻って避けたものの、爪が腕当てをかすめた。
浅い傷だった。
それでも、全員の表情が変わるには十分だった。
「左、一体抜けます!」
後方からセレスの声が飛ぶ。
ユウトは振り向いた。
フィーナは木柵の近く。
アイリスは体勢を立て直している。
レティシアは右。
エリシアは魔法を構えている。
だったら――。
「俺が行く!」
ユウトは地面を蹴った。
牙鼠の前へ回り込み、突進をかわしながら側面へ掌を向ける。
「ウィンド」
威力を抑えた風が牙鼠を押し戻す。
「エリシア!」
「はい。そこなら大丈夫です」
地面から土が盛り上がり、牙鼠の足を絡め取った。
「アイリス、前の二匹!」
「承知いたした!」
「レティシア、右を畑から離して!」
「任せな!」
「フィーナは逃げた奴がいないか見て!」
「フィーナに任せて!」
今度は動きが重ならなかった。
アイリスが正面を抑え、レティシアが側面から群れを押し返す。エリシアは逃走方向だけを塞ぎ、フィーナが草むらへ潜った個体を見失わない。
ユウトは、その間を走った。
誰かと同じことをするのではなく、その時に空いている場所へ入る。
戦闘は、それから間もなく終わった。
倒れた牙鼠を確認したフィーナが耳を澄ます。
「……もういないよ」
「こちらも問題ありません」
エリシアが魔法を解除する。
アイリスも剣を収めたが、その腕には細い傷が残っていた。
「見せてください」
セレスが近づく。
「この程度なら――」
「駄目です」
「……承知いたした」
穏やかな笑顔に押され、アイリスは素直に腕を差し出した。
セレスは傷を洗ってから回復魔法を使う。
「今回は浅い傷でした。でも、もう少し噛み合っていなかったら、誰かがもっと大きな怪我をしていたかもしれません」
その言葉に誰も反論しなかった。
さらに、畑の端では牙鼠がぶつかった木柵が一本折れている。
討伐自体は成功した。
作物にも大きな被害はない。
けれど、胸を張って完璧だったとは言えなかった。
「拙者、自分が前へ出れば済むと思い込んでいた。未熟でござった」
アイリスが悔しそうに言う。
「あたしもだ。誰がどこを見るか決める前に勝手に動いた」
レティシアも腕を組んだ。
「フィーナも……見つけたから、自分で止めなきゃって思っちゃった」
「私もユウトと同じ場所へ魔法を使おうとしましたね」
エリシアが淡々と記録する。
ユウトも同じだった。
敵が見えれば、自分で止めようとした。
仲間が増えたのに、今までの感覚で動いていた。
「六人とも強いですからね」
セレスが言う。
「だからこそ、自分で何とかできてしまうんだと思います」
「それが重なると、邪魔になることもあるってことか」
ユウトが呟く。
レティシアが折れた柵を拾い上げた。
「まあ、最初から完璧に噛み合う方がおかしいだろ」
「そうかな」
「そうだ。今日より次だ。次よりその次だ。武器と同じだろ。使って、悪いところを見つけて、直しゃいい」
鍛冶師らしい言葉だった。
ユウトは少し笑った。
「じゃあ、まずこの柵から直そうか」
「そりゃそうだ」
全員で農地の持ち主へ謝り、壊した柵を修理してから町へ戻った。
ギルドへ報告を終えると、受付職員が記録を確認したあと、六人へ少し待つよう告げた。
やがて戻ってきた職員の手には、冒険者カードがあった。
「これまでの依頼実績を確認しました。遺跡での対応、毒による被害拡大の防止、街道での救助、鉱山での護衛と救助。そのほかの依頼も含め、必要な実績を満たしています」
差し出されたカードの表示が変わる。
【冒険者ランク:E】
「おおっ!」
フィーナが真っ先に声を上げた。
「Eランクだよ、ユウトお兄ちゃん!」
「本当だ」
「一歩前進でござるな」
「興味深いですね。受けられる依頼も増えます」
「でも、無茶は駄目ですよ」
セレスの言葉に、レティシアが笑う。
「ランクが上がった初日に釘刺されてんじゃねえか」
「レティシアもですよ?」
「……あたしもかよ」
笑いが起こる。
ユウトも笑いながら、自分のカードを見た。
Eランク。
そして、隣には五人がいる。
六人揃えば、それだけでうまくいくと思っていたわけじゃない。
それでも実際に動いてみて、初めて分かったことがあった。
誰が前へ出るのか。
誰が周囲を見るのか。
誰が止め、誰が守り、誰が助けるのか。
自分は何をするべきなのか。
今日、ユウトが一番動きやすかったのは、誰かと同じ場所へ行った時ではなかった。
誰も手が届いていない場所へ走った時だった。
それが自分の役割なのかは、まだ分からない。
六人でどう戦うのが一番いいのかも、まだ決められない。
けれど、だからこそ次にやることは見えていた。
「今度、六人で動く練習をしない?」
ユウトが言うと、五人の視線が集まった。
最初に笑ったのはフィーナだった。
「うん! やろう!」
アイリスが頷き、エリシアは記録用の紙を取り出し、セレスも微笑む。
レティシアは肩を竦めた。
「いいじゃねえか。悪いところが分かったなら、直しゃいい」
六人になった。
けれど、それだけでは足りない。
次は六人で、六人として動けるようになる。
ユウトは新しくなった冒険者カードを握りながら、そう決めた。
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