第2章 第59話 六人目の仲間
鉱山の入口は、完全に混乱していた。
「第三坑道だ!」
「まだ四人戻ってない!」
「支柱が持たねえぞ! 近づくな!」
土煙の中を鉱夫たちが走り回っている。
入口脇には、すでに何人もの負傷者が寝かされていた。
「セレス!」
「分かっています!」
俺が声を掛けるより早く、セレスは負傷者のもとへ駆けた。
「歩ける方は向こうへ。頭を打った方は動かさないでください! 出血が多い方から診ます!」
穏やかな普段の声とは違う。
迷いのない指示に、周囲の鉱夫たちまで動き始める。
「フィーナ、中は?」
「聞いてみる!」
フィーナが目を閉じた。
白い耳が忙しく動く。
「奥から声がする。何人かいるよ。でも……石の音もいっぱい」
「また崩れるかもしれないってことか」
「ああ」
答えたのはレティシアだった。
壁に掛けられた坑道図を引き剥がすようにして広げる。
「第三坑道はここだ。途中で二手に分かれて、その先に採掘場がある」
俺も図へ【鑑定】を使う。
【坑道図】
【状態:情報不足】
【第三坑道:増設後の記載なし】
【現行構造との差異あり】
「これ、古い」
「分かってる」
レティシアが舌打ちした。
「増やした道は現場の連中しか知らねえ」
完全な地図はない。
でも、中には人がいる。
「行こう」
俺は言った。
レティシアがすぐ頷く。
「当然だ」
「アイリスは落石への対応。エリシアは必要な場所だけ補強して。フィーナは人の位置と崩れる音を探して」
「承知いたした」
「分かりました」
「フィーナに任せて!」
「俺とレティシアで岩盤を見る」
「ああ」
俺たちは坑道へ飛び込んだ。
◇
中へ入ってすぐ、落盤のひどさが分かった。
石と木材が散乱し、天井から細かな砂が落ち続けている。
「止まって!」
フィーナの声。
俺たちは足を止める。
「右上、変な音!」
見上げる。
【岩盤】
【状態:亀裂進行】
【崩落危険:高】
「下がって!」
直後。
天井から大岩が落ちた。
「はあっ!」
アイリスの刀が走る。
落石が二つに割れ、俺たちの両側へ落ちた。
「まだ危ないですね」
エリシアが杖を上げる。
壁から土がせり出し、亀裂の下だけを支える。
俺はもう一度【鑑定】した。
【局所負荷:低下】
【一時安定】
「今なら通れる!」
走る。
少し進んだところで、道が岩に埋まっていた。
その向こうから。
かん。
かん。
微かな音がする。
「いる!」
フィーナが耳を立てる。
「向こうに三人!」
「どけるぞ!」
レティシアが岩へ手を掛ける。
「待って!」
俺はすぐ止めた。
岩の山を【鑑定】する。
【崩落堆積】
【中央部除去:危険】
【上部再崩落の可能性:高】
【推奨除去位置:左下部】
「真ん中を抜いたら上が落ちる」
レティシアは俺の指した場所を見た。
「左下からか?」
「うん。小さい石から順番に」
「分かった」
一度も反論しなかった。
俺とアイリスが小石を除ける。
レティシアが大きな岩を持ち上げる。
エリシアは荷重が変わるたびに支えを調整する。
「もう少しだからね!」
フィーナは向こうにいる鉱夫へ声を掛け続けていた。
『分かった!』
『こっちは大丈夫だ!』
返事がある。
一つ。
また一つ。
岩を外していく。
やがて、人が通れるほどの隙間が開いた。
「助かった……!」
三人の鉱夫がいた。
一人は自力で歩ける。
一人は肩を痛めている。
残る一人は、脚から血を流していた。
「先に外へ!」
俺たちは三人を連れて戻った。
◇
「すぐに寝かせてください!」
坑道から出るなり、セレスが駆け寄ってくる。
負傷者の脚を確認し。
「骨は折れていません。止血します」
すぐ治療を始めた。
「あと一人だ!」
鉱山責任者が叫ぶ。
「戻ってきてないのは班長だけだ!」
「場所は?」
「第三坑道の一番奥だ!」
レティシアの顔が険しくなる。
「さっきの崩落より先じゃねえか」
フィーナが坑道へ耳を向ける。
長い沈黙。
「……いる」
「本当か!?」
「うん。でも声じゃない」
目を閉じたまま答える。
「石を叩いてる。すごく小さいけど、聞こえる」
「行くぞ!」
レティシアが走り出しかける。
「待って」
俺はその腕を掴んだ。
「あ?」
「今度はセレスも連れていく。見つけても、その場で治療が必要かもしれない」
レティシアは一瞬だけ黙る。
「……そうだな」
一人なら。
たぶん、迷わず飛び込んでいた。
でも今は違った。
◇
奥へ進むにつれて、坑道は狭くなった。
フィーナの耳。
俺の【鑑定】。
レティシアの坑道知識。
それだけを頼りに進む。
「ここ!」
フィーナが立ち止まった。
完全に岩で塞がれた脇道だ。
「この向こう!」
岩盤を調べる。
【空洞:あり】
【生命反応:あり】
【状態:衰弱】
【右脚:圧迫】
「生きてる」
その一言で。
全員の動きが変わった。
「どこから外す?」
レティシアが聞く。
「右下から。上の二つは触らないで」
「承知!」
「そこは拙者が運ぶ!」
アイリスが外した岩を後ろへ渡す。
「上を支えます」
エリシアの土魔法。
「まだ音してるよ! もうちょっと!」
フィーナが声を掛ける。
穴が開いた。
「セレス!」
「入ります!」
狭い隙間へ身体を滑り込ませる。
「意識があります!」
すぐ声が返った。
「右脚が挟まれています。先にこの岩を動かしてください!」
「どれだ!」
「これ!」
レティシアが手を掛ける。
「待って、少しだけ上へ」
「分かった!」
俺が構造を見る。
レティシアが力を加える。
「今!」
「おおおっ!」
岩が持ち上がる。
セレスが負傷者の脚を引き抜いた。
「取れました!」
そのまま治療。
俺たちは周囲を支えながら待った。
「運べます」
セレスが頷く。
レティシアがしゃがみ込んだ。
「背中へ乗せろ」
「俺が――」
「お前さんは帰り道の天井を見ろ」
言われて。
少し笑った。
「分かった」
◇
最後の一人を外へ運び出した時。
鉱山に歓声が上がった。
取り残された四人。
全員生存。
「ありがとう……本当にありがとう!」
鉱山責任者が何度も頭を下げる。
俺たちは少し離れた場所へ座り込んだ。
「つっかれたぁ……」
フィーナが地面へ寝転がる。
「お疲れさまでした」
セレスが人数分の水を持ってくる。
「レティシアも」
「ああ、ありがとよ」
水を受け取ったレティシアは。
しばらく何も言わなかった。
救助された鉱夫。
治療するセレス。
危険箇所を坑道図へ書き加えるエリシア。
フィーナと一緒に負傷者の荷物を運ぶアイリス。
順番に見ている。
「……どうした?」
俺が聞いた。
「昨日さ」
「うん」
「知らねえ素材を探して歩くのも悪くねえって言っただろ」
「言ってたね」
「今日、分かった」
レティシアは自分の手を見る。
「外に出りゃ、鉄だけ見てりゃいいわけじゃねえ」
少し笑う。
「アタシ一人なら、最初の岩を力任せにどかしてた」
「たぶん崩れてた」
「だろうな」
あっさり認める。
「お前さんには壊れる場所が見える」
俺。
「フィーナには、人のいる場所が聞こえる」
フィーナ。
「エリシアは坑道を支えられる」
エリシア。
「アイリスは落石から皆を守れる」
アイリス。
「セレスは助けた奴を、その場で治せる」
セレス。
そして。
「アタシには、岩をどかせる」
レティシア自身。
「……六人なら、アタシ一人じゃできねえことができる」
立ち上がる。
表情には。
もう迷いがなかった。
「決めた」
「何を?」
「工房には、しばらく戻らねえ」
俺を見る。
「お前らと行く」
「俺たちと?」
「ああ」
「知らねえ素材を探す。知らねえ武器を作る。お前さんの【鑑定】も使わせてもらう」
「使わせるって……」
「それと」
五人を見る。
「こいつらの装備を作ってみたい」
フィーナが跳ね起きた。
「一緒に来るの!?」
「ああ」
「やったー!」
「うおっ!?」
フィーナが抱きつく。
「急に飛びつくな!」
「えへへ!」
アイリスが微笑む。
「歓迎いたす、レティシア殿」
「興味深いですね。装備研究も進みそうです」
「無茶をするための装備ではありませんからね?」
「まだ何も作ってねえのに釘刺すなよ!」
皆が笑う。
その瞬間。
レティシアの身体を。
淡い光が包んだ。
「……!」
ほんの一瞬。
本人は気付いていない。
でも。
俺には見えた。
【鑑定】。
【加護:知識神の小加護】
【付与能力:【武具制作上達】】
やっぱり。
フィーナも。
アイリスも。
エリシアも。
セレスも。
そうだった。
俺と一緒に歩くことを。
自分の意思で選んだ時。
小さな加護が与えられた。
レティシアも同じだ。
「ユウトお兄ちゃん?」
「いや」
俺は笑った。
「これからよろしく、レティシア」
手を差し出す。
レティシアは少しだけ目を丸くして。
すぐ。
力強く握り返した。
「ああ。よろしく頼むぜ」
これで。
六人。
全員そろった。
翌日。
俺たちは六人で、初めて同じ依頼を受けることになる。
この時の俺は。
人数が増えれば、その分だけ何でも簡単になる。
どこかで、そんなふうに考えていた。
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