第2章 第58話 見えるものと、分かるもの
改良した武器の試し振りを終えたあと、俺たちはいったん町へ戻った。
鉱山へ運ぶ予定だった物資も無事では済んでおらず、落盤騒ぎの影響で輸送が遅れていたらしい。セレスも治療院で必要な引き継ぎを終えていたため、翌朝、五人で残っていた物資護衛を引き受けることになった。
そして今、俺たちは鉱山へ向かう荷馬車の横を歩いている。
「ねえ、ユウトお兄ちゃん」
前を歩いていたフィーナが振り返った。
「レティシア、今日もいるかな?」
「いるんじゃないかな。武器をもっと試したいって言ってたし」
「えへへ! じゃあフィーナ、また見たい!」
白い尻尾が楽しそうに揺れる。
昨日までなら、俺も同じ気持ちだった。
レティシアと一緒に直した武器が、実戦でどう変わったのか。それを確かめたい。
ただ、俺に分かるのはあくまで【鑑定】で確認できる範囲だけだ。
金属内部の状態。負荷の偏り。固定部の強度。衝撃がどこへ逃げるのか。
でも、それを実際に振った時にどう感じるのかまでは分からない。
そこは、使う本人にしか判断できない。
「ユウト」
隣を歩くアイリスが前方へ視線を向けた。
「誰かいる」
俺も顔を上げる。
鉱山へ続く道の先で、大きな金属音が響いた。
「フィーナも聞こえた! ひとり……ううん、二つ!」
フィーナが耳を立てる。
「人と魔物! 戦ってる!」
「行こう!」
荷馬車の護衛へ事情を告げ、俺たちは道を駆けた。
少し進んだ先で見えたのは、見覚えのある小柄な背中だった。
「はああっ!」
レティシアが大型の打撃武器を横薙ぎに振るう。
重い衝撃音とともに、四足の魔物が横へ弾かれた。
以前坑道で遭遇した岩甲獣だ。
「レティシア!」
「ああ!? お前らか!」
レティシアは一度こちらを見ると、すぐ魔物へ視線を戻した。
「ちょうどいい! こいつで最後の確認をしてるところだ!」
俺は岩甲獣へ【鑑定】を使う。
【岩甲獣】
【危険度:E】
【特徴:全身を硬質な外皮で覆う】
【攻撃:突進/前脚叩きつけ】
【弱点:腹部】
【状態:軽傷】
「アイリス、右から!」
「承知いたした!」
アイリスが駆ける。
岩甲獣の意識がレティシアへ向いている間に側面へ回り込み、前脚の関節付近を鋭く斬りつけた。
体勢が崩れる。
「エリシア!」
「足元だけ止めます」
地面から土が盛り上がり、岩甲獣の後脚へ絡みついた。
鉱山が近い以上、大きな魔法を使わない判断は正しい。
「今だ、レティシア!」
「言われなくても分かってる!」
レティシアが一歩踏み込む。
以前と同じ大振りに見えて、違う。
腰が流れない。
振り抜いたあとも、武器に身体を引っ張られていない。
巨大な武器の重さを押さえ込むのではなく、その重さごと狙った場所へ運んでいる。
「任せな!」
打撃が岩甲獣の脇腹へ叩き込まれた。
硬い外皮を直接砕くのではなく、体勢を崩したところへ衝撃を通す一撃。
岩甲獣が地面へ転がり、そのまま動かなくなった。
「終わりか?」
レティシアが肩へ武器を担ぐ。
「フィーナ、周りは?」
「大丈夫! ほかの匂いはないよ!」
「セレス?」
「怪我人からです」
セレスはそう言ってレティシアへ近づいた。
「手を見せてください」
「アタシは平気だぞ?」
「平気かどうかを確認するのが私の役目です」
「……お、おう」
レティシアが素直に手を差し出す。
フィーナが小声で、
「セレス、つよいね」
「うむ」
アイリスまで頷いた。
聞こえていたのか、セレスが笑顔だけこちらへ向ける。
二人は即座に口を閉じた。
俺は苦笑しながらレティシアの武器を見る。
「レティシア。詳しく【鑑定】してもいい?」
「ああ。やってみな」
許可をもらってから、武器へ意識を向けた。
【大型打撃武器】
【品質:良質】
【状態:正常】
【内部損傷:なし】
【固定部:安定】
【重量配分:改善】
【衝撃伝達:安定】
【反動偏差:小】
【継続使用:可能】
以前あった負荷の偏りも、固定部周辺の不自然な応力もない。
「どうだ?」
「問題ない。前に壊れたところも安定してる。負荷の偏りもかなり減ってるよ」
「かなり、ねえ」
レティシアが自分の武器を見下ろした。
「完璧とは言わねえんだな」
「俺に見える範囲では、今のところ問題はないよ。でも――」
俺は少し考えてから続けた。
「振りやすいかとか、狙った場所へ力を乗せやすいかとか、そういうのは俺には分からない」
「へえ」
「【鑑定】で見えるのは武器の状態だから。使ってどう感じたかは、レティシアに聞くしかない」
レティシアはしばらく黙った。
それから、武器を軽く持ち上げる。
二度、三度と空を切った。
「……前よりいい」
短い言葉だった。
けれど、その声には確信があった。
「重さは変わってねえ。それなのに戻しが早い。打ち込んだ後に手首へ残ってた嫌な震えも減ってる」
俺が表示された情報と照らし合わせようとすると、レティシアがこちらを見る。
「たぶん、お前さんにゃ今の感覚は見えてねえんだろ?」
「うん」
「なのに、内部の負担は見える」
「それは見える」
「変な力だな」
レティシアは笑った。
今までの挑むような笑いではなかった。
「アタシは何十年も鉄を触ってきた。火の色を見ればだいたいの温度は分かる。打った時の音でも、冷え方でも、金属が何を嫌がってるかくらいは分かるつもりだ」
武器の柄を撫でる。
「でも、完成した武器の中で、どこに負担が残ってるかまでは見えねえ」
視線が俺へ移った。
「お前さんには、それが見える」
「でも、見えたものをどう直せばいいかは、俺だけじゃ分からなかった」
「ああ」
レティシアは即答した。
「だから面白えんだろ」
その一言に、俺は少し驚いた。
「アタシ一人じゃ見えねえ場所が、お前さんには見える。けど、お前さん一人じゃ鉄をどう扱えばいいか分からねえ」
次に、レティシアはアイリスを見る。
「実際に戦う奴に聞けば、武器の使い勝手が分かる」
エリシアを見る。
「魔法を使う奴なら、魔力を通す装備だって試せるかもしれねえ」
セレスへ。
「身体のどこへ負担がかかってるかを見る奴もいる」
最後にフィーナへ視線を落とした。
「それに、アタシより先に変な音へ気づく耳まである」
「えへへ! フィーナ、耳いいよ!」
「そいつはよく分かった」
レティシアが笑う。
それから、ほんの少しだけ遠くを見るような顔になった。
「工房でずっと鉄を打つのも嫌いじゃねえ。むしろ、それがアタシの仕事だ」
声がわずかに低くなる。
「けど……まだ見たことねえ素材や、知らねえ使い方を追いかけるのも、悪くねえ気がしてきた」
俺は答えを急がなかった。
レティシアが何を選ぶかは、レティシア自身が決めることだ。
「どっちを選んでもいいと思う」
「あ?」
「工房へ戻るのも、外へ出るのも。レティシアがやりたいほうを選べばいい」
「……お前さん、本当に勧誘が下手だな」
「勧誘してないから」
「そこだよ!」
レティシアが大声で笑った、その時だった。
フィーナの耳が跳ね上がる。
「待って!」
笑い声が止まった。
「鉱山のほうから音がする」
「どんな音だ?」
アイリスがすぐ剣へ手を添える。
フィーナは目を閉じた。
「石が落ちる音。それと……人の声」
レティシアの表情が変わった。
「場所は?」
「入口より奥!」
直後、遠くから鈍い轟音が響いた。
地面が微かに震える。
鉱山の入口付近にいた人々が騒ぎ始めた。
「落盤か!」
誰かの叫びが聞こえる。
俺たちは顔を見合わせた。
「行こう」
「承知いたした」
「少し調べてみましょう。二次崩落には注意が必要ですね」
「怪我人がいるなら、すぐに治療します」
「フィーナ、先に見てくる!」
四人が動き出す。
俺も続こうとしたところで、レティシアが武器を握り直した。
「レティシア?」
「アタシも行く」
迷いのない声だった。
「でも、武器の試験は――」
「もう十分だ」
レティシアは鉱山を見据える。
「今度は武器を試しに行くんじゃねえ」
そして、俺たちと同じ方向へ走り出した。
「中に人がいるなら、話は別だ。助けに行くぞ!」
その背中を見て、俺も走り出す。
まだ、レティシアは俺たちの仲間ではない。
けれど今だけは、同じ理由で、同じ場所へ向かっていた。
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