第2章 第56話 武器は嘘をつかない
工房へ戻ってからも、レティシアの機嫌は直っていなかった。
壁際へ立て掛けられた自作の戦槌を前に、腕を組んだまま黙り込んでいる。
柄の付け根には大きな亀裂が入り、槌頭を固定していた金具の一部は歪んでいた。戦闘中にそのまま使い続けていれば、次の一撃で完全に砕けてもおかしくなかっただろう。
俺は少し離れた場所から壊れた戦槌を見つめる。
持ち主の許可はすでにもらっている。
だから、改めて【鑑定】を使った。
【武器:大型戦槌】
【品質:良】
【状態:大破寸前】
【主要損傷:槌頭接合部/柄内部】
【破損要因:衝撃負荷の集中】
【副次要因:重量配分の偏り】
【素材品質:問題なし】
【加工精度:高】
【改善可能】
【改善方法:複数存在】
【注意:最適な調整は使用者の体格・戦闘方法・加工精度に依存】
前に見た時より、意識して情報を絞る。
どこが悪いのかは分かる。
けれど、どう直すのが一番いいのかまでは、一つの答えとして表示されていない。
俺はそれを見て、少しだけ安心した。
「やっぱり、材料が悪かったわけじゃないみたいだ」
「ああ」
レティシアが短く返す。
「鉄も柄材も、あたしが選んだ。そこに間違いはねえ」
「加工精度も高いって出てる」
「……そうかよ」
褒めたつもりだったが、レティシアの表情は晴れなかった。
むしろ眉間の皺が深くなる。
「だったら余計に気に食わねえな。材料も悪くねえ。打ち方も雑じゃねえ。それでも壊れたってことは、あたしの考え方そのものに穴があったってことだ」
そう言って、レティシアは破損した接合部へ指を当てた。
「で? お前さんのその目には、どう直せばいいって出てんだ?」
「方向は見える。でも、完成形までは分からない」
「……は?」
「衝撃がここへ集中してることと、重さの偏りが関係してることは分かる。改善方法も複数ある。でも、どれが一番いいかは使う人や加工の仕方で変わるみたいだ」
レティシアが俺を睨む。
「随分簡単に言いやがるな」
工房の空気が少しだけ重くなった。
フィーナの耳がぴくりと動き、セレスがこちらを見る。エリシアだけは興味深そうに戦槌と俺を交互に眺めていた。
「見えるってだけで、あたしが時間かけて作った武器を全部分かった気になるんじゃねえぞ」
「ならないよ」
俺はすぐに答えた。
「俺には原因が見えても、鍛冶の経験はほとんどない。どれだけ熱するのかも、どこまで削るのかも、実際に槌を振った時の感覚も分からない」
「……」
「だから教えてほしい。直し方を一緒に考えたい」
レティシアの目がわずかに細くなる。
「否定するためじゃねえのか?」
「うん。俺は鍛冶ならレティシアの方がずっと詳しいと思ってる」
少なくとも、俺が【鑑定】で知識を表示させられるからといって、何十年も鉄へ触れてきた人の経験まで手に入ったわけじゃない。
知ることと、できることは違う。
毒の治療でセレスと一緒に動いた時も、それを思い知らされた。
俺の言葉を聞いたレティシアは、しばらく黙っていた。
やがて鼻を鳴らす。
「……なら、口だけじゃなく目ぇ開けて見てろ」
彼女は戦槌を作業台へ載せた。
「武器は嘘をつかない」
低い声だった。
「作った奴がどれだけ言い訳しようが、壊れたなら壊れた理由がある。振りづれえなら、振りづれえ理由がある。使い手の腕が悪いって逃げるのは最後だ」
レティシアは歪んだ金具を外しながら続ける。
「今回は、あたしが読み違えた」
自分で作った武器の失敗を、彼女は誤魔化さなかった。
その姿を見た瞬間、俺は少しだけレティシアという人を理解できた気がした。
「まず槌頭が重すぎるわけじゃねえ」
「でも重量配分には偏りがあるって出てる」
「ああ。問題は重さそのものじゃなく、どこに乗ってるかだ」
レティシアが槌頭を持ち上げ、その重心を確かめる。
「こいつは一撃の威力を優先して前へ重さを寄せた。けど、あたしの振り方じゃ接合部へ負担が集まりすぎたんだろうな」
その時、アイリスが戦槌へ視線を向けた。
「振り出しだけではなく、戻しの際にも負荷が掛かるのではないか?」
レティシアがアイリスを見る。
「分かるか?」
「拙者は槌を主武器にはしておらぬが、重い武器ほど振り切った後の制御が難しい。前方へ重心が寄りすぎれば、構えへ戻す際にも柄へ捻れが生じると思う」
「そうだ」
レティシアの口元が少しだけ上がった。
「使う側から見りゃ、そういう話になる」
俺はもう一度、戦槌の亀裂を見る。
【解析上達】が、さっきまで別々に見えていた情報を少しずつ結びつけていく。
衝撃。
重心。
振り抜き。
戻し。
接合部へ掛かる捻れ。
なるほど。
原因が一個ではなく、使い方まで含めて積み重なった結果なのか。
「じゃあ、槌頭を軽くすればいい?」
「雑に軽くすりゃ威力が死ぬ」
「接合部だけ太くするのは?」
「今度はそこだけ硬くなって、別の場所へ負担が逃げる可能性がある」
すぐ答えが返ってくる。
俺は思わず笑ってしまった。
「やっぱり難しいな」
「鍛冶を何だと思ってやがる」
「少なくとも、数字を見て終わりじゃないって分かってきた」
「それでいい」
横からエリシアが戦槌を覗き込む。
「興味深いですね。同じ素材でも、力の伝わり方まで考えなければならない、と」
「魔法だって同じじゃねえのか?」
「そうですね。魔力を増やしただけでは術式が耐えられない場合があります」
「なら話は早え」
レティシアはそう言って作業台の上へ数本の金具を並べた。
「接合部だけで受け止めるんじゃなく、柄の少し下まで力を逃がす形にする。ただし重くしすぎねえ」
「それなら――」
俺は言いかけて、止まった。
頭の中では【鑑定】の情報と今まで見た構造が組み合わさり始めている。
けれど、まだ実物を作っていない。
思いついたからといって、正しいとは限らない。
「何だ?」
「いや。金具を長くするだけじゃなくて、少し形を変えれば負担を分散できるかもしれないと思った。でも、実際に加工できる形か分からない」
レティシアがにやりと笑う。
「今の言い方なら悪くねえ」
彼女は炭を取り、作業台の板へ簡単な形を描いた。
「こうか?」
「もう少しここを――」
俺も隣へ線を足す。
【鑑定】に答えを聞くのではなく、俺たちが考えた案を確認するために見る。
【試作案】
【衝撃分散:改善見込み】
【重量変化:小】
【接合部負荷:減少見込み】
【実用性:加工精度および使用試験による確認が必要】
「これなら、少なくとも方向は悪くないみたいだ」
「最後の一行が一番大事だ」
レティシアは即座に言った。
「作って、振って、壊れねえか確かめるまでは完成じゃねえ」
「うん」
「ユウトお兄ちゃん、フィーナにも何かできる?」
フィーナが作業台の横から顔を出した。
レティシアは少し考え、床に散らばっている削り屑を指した。
「なら木屑を集めろ。火の近くに残しとくと邪魔だ」
「それならできる! フィーナに任せて!」
尻尾を揺らしながら、フィーナがすぐに動き始める。
「私は?」
セレスが尋ねると、レティシアは一瞬だけ困った顔をした。
「怪我人が出たら頼む」
「怪我をする前に止めます」
「……お、おう」
笑顔で返したセレスに、レティシアが少しだけ押されていた。
「無理は駄目ですよ」
「まだ何もしてねえだろ!」
工房の空気が少し和らぐ。
その間にも、レティシアは炉へ火を入れた。
空気を送り込むたび、炭の奥が赤く染まり、やがて白に近い光を帯びていく。
俺はその一つ一つを目で追った。
火の色。
金属を入れる位置。
取り出すまでの間。
槌を握る手。
足の開き。
打つ直前の呼吸。
【武具制作上達】が、見たものの意味を理解する助けをしてくれる。
けれど、見ただけで同じようにできるわけではない。
「そこ」
レティシアが突然言った。
「火ばっか見んな。金属の色を見ろ」
「色?」
「炉が明るいから騙される。鉄そのものがどう変わってるか見ろ」
言われて集中する。
確かに違う。
炎の色ではなく、熱を受けた金属そのものの光り方が変わっていた。
「……分かった」
「今分かったんじゃねえ。今、違いに気付いただけだ」
レティシアは迷いなく金属を取り出す。
「何十回も見て、何十回も失敗して、それでようやく分かる」
そして、金床の上へ置いた。
片手で位置を決め、もう片方の手で槌を持ち上げる。
「目ぇ逸らすなよ、ユウト」
「うん」
「武器は、図面の上じゃ完成しねえ」
大きく息を吐く。
「ここからが鍛冶だ」
次の瞬間。
甲高い金属音が工房いっぱいに響いた。
火花が散る。
たった一度の一打だった。
それなのに俺には、【鑑定】に表示されたどんな文章よりも、その一打の中に多くのものが詰まっているように見えた。
俺は瞬きも忘れて、それを見つめていた。
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