第2章 第57話 一緒に作った答え
レティシアが振り下ろした槌が、赤く熱した鉄を叩く。
甲高い音が工房いっぱいに響き、細かな火の粉が散った。
俺は邪魔にならない位置へ立ちながら、その一連の動きを見つめていた。
腕の振り。腰の落とし方。槌が鉄へ触れる角度。叩いた直後に返ってくる反動。
目の前にいるレティシアへではなく、彼女が握っている槌と加工中の金属へ【鑑定】を使う。
【戦槌・改良途中】
【状態:加工中】
【素材構成:鉄主体】
【重量配分:先端側へ偏重】
【問題点:振り抜き後の復帰動作へ負荷】
【柄への応力:高】
【改善候補:槌頭後部の重量調整/柄との接合部補強】
表示された情報を追っていると、レティシアが槌を止めた。
「で?」
「え?」
「さっきから難しい顔して見てただろ。何か見えたんじゃねえのか?」
やっぱり気付かれていたらしい。
「槌頭の重さが前に寄りすぎてるみたいだ。振った時の威力は出るけど、その分、戻す時に負担が大きい。それと接合部分にも力が集中してる」
「そこまではアタシも分かってる」
レティシアは即答した。
反発されるかと思ったけれど、その声に怒りはない。
「だから困ってんだよ。軽くすりゃ威力が落ちる。後ろを重くすりゃ全体が重くなる。柄を太くすりゃ握りが悪くなる」
「なるほど……」
表示された改善候補だけを見れば、簡単そうに思える。
けれど実際には、一つ直せば別の場所へ影響が出る。
俺が黙って考えていると、レティシアが使っていた小振りの槌をこちらへ差し出した。
「持ってみな」
「俺が?」
「見てるだけじゃ分からねえこともある」
受け取る。
想像していたより重い。
「そこ叩け。強くやる必要はねえ。まず同じ場所を狙え」
言われた通り、赤く熱した金属へ槌を振り下ろす。
カンッ、と音が響いた。
「違う」
一回目で切られた。
「腕だけで振ってる。肩に力入りすぎだ」
もう一度。
「今度は腰が逃げてる」
三度目。
「当たる直前に手首を固めすぎだ」
四度目。
今までより、槌が素直に落ちた。
「……今のはマシだな」
「四回でそこまで変わるのかよ」
レティシアが呆れたように言った。
自分でも驚いている。
さっきまでの失敗と、レティシアに言われた修正点が頭の中で整理されている。
肩から肘。肘から手首。腰から足。
身体のどこへ力を入れ、どこを抜けばいいのか。
無意識に【武具制作上達】が理解を助けてくれているのだろう。
ただし、知識が突然湧いたわけではない。
俺が実際に振って、失敗して、レティシアに教えられたから分かるようになっただけだ。
「もう一回」
「おう」
五度目。
乾いた音と一緒に、鉄の表面が少しだけ均等に沈んだ。
「そうだ」
レティシアが頷く。
「目だけで鉄を見るな。音も、手応えも、匂いも使え。叩いた瞬間の返り方で、中までどうなってるか考えろ」
「匂いまで?」
「炭の燃え方も油も金属も、全部違う。職人ってのは使えるもん全部使うんだよ」
俺には【鑑定】がある。
でも、それとは別の見方がある。
表示された文字を読むだけでは拾えない感覚を、レティシアは長い時間をかけて身につけてきた。
「ユウト」
後ろからアイリスに呼ばれ、振り返る。
「一度、その戦槌を持たせてもらってもよいだろうか」
「もちろんだ」
レティシアが加工を止め、仮組みした戦槌を差し出した。
アイリスは両手で受け取ると、周囲を確認してから数度ゆっくり振る。
風を切る音が続いた。
「どうだ?」
「以前より戻しやすい」
アイリスは慎重に確かめながら答える。
「槌頭の重さは感じるが、振り終えた後に先端へ引かれる感覚が弱くなっている。これなら次の一撃へ移りやすい」
「やっぱり後ろへ少し重さを逃がしたのは正解か」
「ただし」
アイリスは柄を握り直した。
「この太さでは、手の小さい者には少々扱いにくいかもしれぬ」
「ああ。それもあるんだよな」
レティシアが腕を組む。
「アタシが使う分には問題ねえが、誰でも使える形ってわけじゃねえ」
「一つの武器を誰にでも合わせる必要はないんじゃないか?」
俺が言うと、レティシアが片眉を上げる。
「続けろ」
「使う人によって、柄の太さや長さを変える。基本になる構造だけ決めて、最後は使い手へ合わせるとか」
「……悪くねえ」
レティシアが口元を少し上げた。
「むしろ、その方が武器らしいな」
「それなら」
今度はエリシアが、作業台の上へ置かれていた簡単な設計図を覗き込んだ。
「重量調整を一つの塊で行わない方がいいかもしれません」
「どういう意味だ?」
「二つに分けたらどうでしょう」
エリシアは指先で槌頭の後方と接合部を示す。
「魔法陣でも、一か所へ魔力を集中させるより複数の経路へ分散させた方が安定する場合があります。金属も同じとは限りませんが、後部の重さと接合部の補強を別々に考える方が調整しやすいのでは?」
レティシアの表情が変わった。
すぐには答えず、戦槌を手に取って角度を変える。
「……後ろを丸ごと重くするんじゃなく、芯に近いところへ少し寄せる……か」
俺も改めて【鑑定】する。
【改善案再評価】
【後部重量調整:有効】
【接合部補強:有効】
【個別調整時:全体重量増加を抑制可能】
【推奨:試作後に実使用による確認】
「できそうだ」
「だろ?」
レティシアがにやりと笑う。
その横から、セレスが戦槌とアイリスの腕を交互に見た。
「一つ聞いてもいいですか?」
「ん?」
「振った後の引っ張られる感じが減ったなら、肩や手首への負担も少なくなるんでしょうか?」
レティシアは一瞬考え、頷く。
「多少はな。ただ軽くしすぎりゃ今度は威力が死ぬ。持つ奴の筋力や振り方でも変わる」
「では、武器の性能だけではなく、使う人が長く振り続けた時の負担も見た方がいいですね」
「治療屋らしい見方だな」
レティシアが楽しそうに笑った。
「いいじゃねえか。そういうの、アタシ一人じゃ後回しにしがちだ」
フィーナも作業台の周りをうろうろしていたが、不意に耳をぴくりと動かした。
「ねえ、この柄、さっきのより音が違うよ?」
「音?」
「うん。こっちはコンってするけど、こっちはちょっとカンってする」
並べられた二本の柄を爪先で軽く叩き比べている。
俺にはほとんど同じに聞こえた。
レティシアはすぐに二本を取った。
「……木目の詰まり方が違うな」
【木製柄A】
【状態:良好】
【内部密度:均一】
【木製柄B】
【状態:良好】
【内部密度:部分差あり】
「フィーナ、よく分かったな」
「えへへ! フィーナ、耳いいから!」
白狼族の感覚は、やっぱり俺には真似できない。
その代わり、見つけてもらった違いなら調べられる。
「こっちの方が衝撃を均等に受けやすそうだ」
「なら柄はこっちだな」
レティシアが即決する。
その後も細かな調整を重ねた。
俺が【鑑定】で偏りや負荷を見る。
レティシアが実際に加工し、槌の音と手応えで確かめる。
アイリスが武器として振る。
エリシアが構造を別の視点から考える。
セレスが使い手の身体へかかる負担を見る。
フィーナが俺たちには拾いにくい音の違いを見つける。
やがてレティシアが、完成した戦槌を作業台の上へ置いた。
「……よし」
それだけだった。
けれど声には満足が混じっている。
俺も【鑑定】する。
【戦槌】
【品質:良】
【状態:完成】
【重量配分:良好】
【接合強度:改善】
【振り抜き後復帰性:改善】
【使用者負荷:軽減】
【注意:実戦負荷による耐久確認が必要】
「まだ完成じゃない?」
表示を見ながら俺が尋ねると、レティシアは鼻で笑った。
「当たり前だ」
完成したばかりの戦槌を担ぐ。
「一回直したくらいで完成だと思ってんのか?」
「でも形はできてるよな」
「形はな」
レティシアは槌頭を軽く叩いた。
「武器は使ってりゃ変わる。使い手も変わる。だったら、そのたびに直してやるんだよ」
それから俺へ視線を向ける。
「作った奴が最初に責任を持つ」
「俺も作ったことになるのか?」
「こいつには、お前さんの考えも入ってる。エリシアも、アイリスも、セレスも、フィーナもな」
レティシアは戦槌を肩へ担ぎ直した。
「なら性能を最後まで見届ける権利くらいはあるだろ」
俺に見えた情報だけでは、この形にはならなかった。
レティシアの経験だけでも、きっと少し違うものになっていた。
誰か一人が答えを持っていたわけじゃない。
それぞれが見つけたものを出し合った結果が、目の前の戦槌になっている。
「それで、どうやって試すの?」
フィーナが尻尾を揺らす。
「実戦だ」
レティシアは即答した。
「ちょうど鉱山周辺の護衛依頼が残ってたろ。あれなら魔物が出る可能性もある」
「出なかったら?」
「そん時ゃ鉱山で振れる場所を借りる」
迷いがない。
アイリスも頷いた。
「実際に動きながら使わなければ分からぬこともあろう」
「興味深いですね。加工前後の記録も比較できます」
「怪我をする前提では困りますからね」
セレスが微笑んだ。
「無理は駄目ですよ」
「分かってるって」
レティシアが答える。
その返事を聞いたセレスの笑顔が、ほんの少しだけ深くなった。
「……本当に分かっていますか?」
「おい、なんでアタシまで説教されそうなんだよ」
「えへへ! 仲間が増えたら、お説教される人も増えるね!」
「まだ増えてねえ!」
レティシアが即座に言い返し、フィーナが楽しそうに笑った。
俺もつられて笑いながら、完成した戦槌を見る。
明日は初めて、この武器を本気で使う。
そして俺たちにとっても、レティシアと一緒に依頼へ出るのは初めてだ。
武器が実戦でどう変わるのか。
レティシアが俺たちと動けば、何が変わるのか。
その答えだけは、【鑑定】にもまだ表示されていなかった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。




