第2章 第54話 壊れた武器が教えるもの
甲高い金属音が、岩壁に囲まれた採掘場へ響いた。
レティシアの大槌が岩甲獣の前脚を弾き、その巨体がわずかによろめく。灰褐色の身体を覆う岩のような外殻には細かな亀裂が走っていたが、まだ倒れる気配はない。
「ちっ、硬いねぇ!」
レティシアは悪態をつきながらも楽しそうに笑い、再び大槌を構えた。
だが、ユウトは別のものを見ていた。
先ほどから三度。
レティシアが岩甲獣を殴るたび、大槌の柄を通して伝わる震え方が微妙に変わっている。
四度目の打撃を叩き込んだ瞬間、レティシアの表情から笑みが消えた。
「……ん?」
ほんの一瞬だった。
それでも、長年自分で作った武器を振るってきた職人だからこそ、その違和感を見逃さなかったのだろう。
レティシアは大槌を引き、柄へ視線を落とす。
「今の返り……妙だな」
「レティシア!」
フィーナの声と同時に、岩甲獣が突進した。
「承知いたした!」
アイリスが前へ出る。振り下ろされた前脚を剣で受け流し、正面から逸らした。
「エリシア、足を!」
「はい。少し止まっていてください」
地面から土が盛り上がり、岩甲獣の後脚へ絡みつく。
完全には拘束できない。それでも動きが一瞬鈍った。
その隙を逃さず、ユウトは岩甲獣へ【鑑定】を使う。
【岩甲獣】
【危険度:E】
【特徴:岩質の外殻で身体を保護する】
【外殻強度:高】
【現在状態:右前脚外殻に亀裂】
【弱点:関節部/腹部】
【行動傾向:負傷部位を庇いながら突進を継続】
「右前脚の内側!」
「見えた!」
フィーナが横へ回り込み、注意を引く。
岩甲獣の頭がそちらへ動いた瞬間、アイリスが踏み込んだ。
「はあっ!」
剣の峰が亀裂の入った前脚へ叩き込まれ、体勢が崩れる。
腹部が露出した。
「これなら!」
ユウトは威力を絞った風魔法を撃ち込んだ。
柔らかな腹部だけを狙った衝撃に巨体が浮き、地面を滑る。しばらく脚を動かしていた岩甲獣だったが、やがて動きを止めた。
「終わりましたね」
セレスが周囲を確認しながら息を吐く。
けれどレティシアは倒れた魔物を見ていなかった。
大槌を両手で持ち、じっと見つめている。
「レティシア?」
「……やっぱりな」
低く呟いた直後だった。
ぴしっ、と乾いた音がした。
大槌の金属部分と柄をつなぐ根元に、細い亀裂が走る。
フィーナの耳がぴんと立った。
「壊れた!?」
「まだ完全には壊れちゃいない。けど、このまま振り回しゃ次か、その次で逝く」
さっきまでの豪快さが嘘のように、レティシアの目つきが鋭い。
ユウトはすぐには【鑑定】を使わなかった。
「見てもいい?」
レティシアがちらりとこちらを見る。
「……ああ。見てみな」
許可を得てから、大槌へ【鑑定】を使った。
【戦槌】
【製作者:レティシア】
【品質:良】
【状態:損傷】
【主要損傷:接合部内部亀裂】
【金属内部:応力偏在あり】
【素材配分:一部不均衡】
【損傷進行:打撃時の衝撃蓄積により拡大】
【再鍛造:可能】
【必要工程:再加熱/接合部再成形/素材配分の再調整/鍛打による内部応力調整】
【適正加熱温度:素材状態により変動】
【適正鍛打条件:数値化不能】
「……なるほど」
ユウトが表示を読み上げると、レティシアの眉がぴくりと動いた。
「素材配分が不均衡……だと?」
「うん。ただ、どこをどれだけ直せばいいかまでは出てない。加熱や打ち方も、状態を見ながら調整する必要があるみたいだ」
レティシアは返事をせず、大槌の金属部分を指でなぞった。
しばらくして、小さく舌打ちする。
「……思い当たる」
「本当?」
「あたしがこいつを作った時、芯に硬さを出す素材を少し多めに寄せた。打撃面を長持ちさせるつもりだったんだ」
大槌を傾け、接合部へ視線を落とす。
「けど、その分だけ衝撃の逃げ場が偏ったんだろうな。表面じゃ分からなくても、中に少しずつ疲れが溜まってやがった」
ユウトには、表示された情報からそこまでの判断はできなかった。
素材の偏りは見える。
損傷箇所も分かる。
しかし、なぜその配分を選んだのか。その時どんな火を使い、何を狙って鍛えたのかまでは知らない。
「さっき、変な手応えがしたって言ってたよね」
「ああ。普段なら衝撃が柄まで抜ける。けど今日は三発目辺りから、妙にこっちへ跳ね返ってきた」
レティシアは自分の掌を見た。
「武器ってのはな、壊れる前に大抵何か言ってる。振ってる奴が聞き逃すかどうかだ」
その言葉に、ユウトは自分の【鑑定】結果を思い返す。
見えることと、分かることは同じではない。
セレスと毒を調べた時にも感じたことだった。
情報があるだけでは、人を救えなかった。
今回も同じだ。
亀裂があることは分かっても、鍛冶師が積み重ねた経験まで表示されるわけではない。
「直せそう?」
「当たり前だ」
レティシアは即答した。
「一度ばらして、接合部を作り直す。素材の配分も変える。たぶん今より頑丈にできる」
そして、ユウトへ大槌を突き出す。
「その代わり、手ぇ貸せ」
「俺が?」
「お前は見ろ。あたしは打つ」
レティシアはにやりと笑った。
「内部の偏りなんざ、普通なら何度も試して壊して確かめるところだ。お前が途中を見られるなら、使わねえ理由がない」
「分かった。俺に見えることは全部伝えるよ」
「それで十分だ。鍛えるのはあたしの仕事だからな」
その答えが、ユウトには妙に心地よかった。
自分が全部やる必要はない。
知らないことなら、知っている人に任せればいい。
そして自分に見える情報が役立つなら、それを渡せばいい。
「えへへ! じゃあ、もっとすごい武器になるんだ!」
「当然だ!」
フィーナの言葉に、レティシアが胸を張る。
「次は岩甲獣を一発でぶっ飛ばしてやる!」
「その前に修理が必要でござろう」
「分かってるっての!」
アイリスの冷静な指摘に、レティシアが顔をしかめた。
エリシアはというと、すでに手帳を取り出している。
「鍛造中の素材変化を【鑑定】で連続して確認できるなら、興味深い記録になりそうですね」
「おい、勝手に研究対象にするな!」
「記録するだけです」
「同じだろうが!」
セレスが小さく笑った。
張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
レティシアは壊れかけた大槌を布で包み、背負い直した。
「町まで戻りゃ、借りられる炉も――」
そこで言葉が止まった。
ごごっ。
足下から、鈍い振動が伝わってくる。
フィーナの耳が瞬時に立った。
「待って」
全員が動きを止める。
少し遅れて、採掘場の奥から重い音が響いた。
石が崩れる音。
一つではない。
「……今の音、魔物じゃない」
フィーナが険しい顔で坑道を見つめる。
レティシアもすぐに表情を変えた。
「坑道の中だ」
さらに奥から、何かが崩れ落ちる轟音が響く。
ユウトは坑道入口へ駆け寄った。
「中に人がいる可能性は?」
「ある。今日は採掘に入ってる連中がいるはずだ」
レティシアは壊れかけた大槌へ一度だけ目を落とした。
けれど迷ったのは、それだけだった。
すぐに布を強く縛り直し、入口へ向き直る。
「武器は後だ!」
声が採掘場へ響く。
「中に人がいるなら、先にそっちだ! 行くぞ!」
ユウトも迷わなかった。
壊れた武器を直す話は、まだ終わっていない。
けれど今、直さなければならないものは――別にある。
坑道の奥から、もう一度大きな崩落音が響いた。
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