第2章 第53話 武器は嘘をつかない
坑道へ続く道を進んでいたユウトたちは、少し先から響いてきた重い衝撃音に足を止めた。
岩でも砕いているような音だった。
「戦ってる!」
フィーナの白い耳がぴんと立つ。
「一人だよ。魔物は……一匹。大きい!」
「行こう」
ユウトが走り出すと、アイリスたちも続いた。
木々が途切れた先で、巨大な四足の魔物と一人の女性が戦っていた。
女性は小柄だった。
ユウトよりずっと低く、フィーナと比べても大きな差はない。だが、その身体から繰り出される攻撃は、小柄という言葉から想像できるものではなかった。
「おらぁっ!」
振り抜かれた大型の打撃武器が、魔物の岩のような前脚へ叩き込まれる。
鈍い衝撃音。
魔物の身体がわずかに横へずれた。
「すご……」
フィーナが目を丸くする。
ユウトも同じ気持ちだった。
力任せではない。
踏み込み、腰の回転、肩の動き、武器の重さ。そのすべてをつないで衝撃へ変えている。
戦い慣れている。
しかも――。
「鍛冶師……?」
女性が身につけている革の前掛け。その端には焦げ跡があり、腰には戦闘用とは思えない小型の金槌まで下げられている。
女性がこちらに気づいた。
「なんだ、お前ら!」
「冒険者です! 手伝います!」
「いらねえ! こいつはあたしの獲物だ!」
言うなり、女性は再び踏み込んだ。
魔物が角の生えた頭を振る。
ユウトは対象へ意識を向けた。
【岩甲獣】
【危険度:E】
【特徴:全身を硬質な外皮で覆う】
【攻撃:突進/前脚叩きつけ】
【弱点:腹部】
【状態:軽傷】
硬い外皮に正面から攻撃を繰り返している。
それでも少しずつ削っているあたり、女性の実力は高い。
「だったら邪魔はしません! でも危なくなったら手を出します!」
「好きにしな!」
答えながら女性が横へ跳ぶ。
直後、岩甲獣の前脚が地面を叩き割った。
女性はその隙へ回り込み、武器を振り上げる。
だが、そこでユウトは微かな違和感を覚えた。
音だ。
先ほどまでの重い衝撃音に、ほんの少しだけ高い金属音が混ざった。
ユウトは女性ではなく、彼女の武器へ視線を向ける。
「……【鑑定】」
【大型打撃武器】
【品質:良質】
【製作者:使用者本人】
【状態:内部損傷あり】
【損傷箇所:頭部固定部周辺】
【原因:長期間の高負荷による金属疲労】
【補足:素材内部に負荷の偏りあり】
【破損危険度:高】
「まずい」
思わず声が漏れた。
今すぐ壊れるとは限らない。
けれど、このまま強い衝撃を繰り返せば危険だ。
「待ってください!」
「ああ?」
女性が振り返る。
「その武器、見せてもらってもいいですか?」
「戦ってる最中だぞ?」
「壊れるかもしれません」
女性の眉が動いた。
一瞬だけ武器へ視線を落とす。
「……何を見た?」
「詳しく調べられるスキルがあります。勝手に見るのは嫌だったので、今までは武器だけ確認しました」
「武器だけ?」
「はい」
女性は数秒、ユウトを睨んだ。
その間にも岩甲獣が体勢を整える。
「だったら言ってみな。どこが悪い」
「頭の付け根です。外からは分かりにくいですけど、内部に負荷が集中しています」
女性の表情が険しくなった。
「……んな馬鹿な」
「本当です」
「あたしが打った武器だぞ」
低い声だった。
怒鳴ったわけではない。
だからこそ、その言葉に込められた自負が分かった。
「あたしが素材を選んで、火を見て、打って、仕上げて、毎日手入れしてる。鍛冶も知らねえ奴に、見ただけで壊れるなんて言われて引けるかよ」
なるほど、とユウトは思った。
危険を軽んじているのではない。
自分が積み重ねてきた技術を信じているのだ。
「……そうですよね」
「あ?」
「俺は鍛冶師じゃありません。だから、俺に見えてるものがどういう意味なのか、全部分かってるわけじゃないです」
女性の目がわずかに細くなる。
「でも、損傷があるのは見えています」
「なら、証明してみろ」
「え?」
「こいつを倒した後にな」
女性が再び岩甲獣へ向き直る。
「それまでは、あたしの仕事だ!」
岩甲獣が突進した。
「来るぞ!」
アイリスが剣へ手を掛ける。
女性は真正面から受けなかった。
ぎりぎりまで引きつけて横へかわし、武器を魔物の肩口へ叩きつける。
岩甲獣がよろめく。
しかし、反動で女性の武器も大きく跳ねた。
まただ。
嫌な音。
ユウトには、先ほどよりはっきり聞こえた。
「レティシア!」
後方から依頼主側の者らしい声が飛ぶ。
女性――レティシアが舌打ちする。
「分かってる!」
そこで魔物が急旋回した。
予想以上に速い。
レティシアが避ける。
だが、完全には間に合わない。
「アイリス!」
「承知いたした!」
ユウトが叫ぶより早く、レティシア自身も声を上げた。
「竜人の剣士! 腹を頼む!」
「心得た!」
アイリスが踏み込んだ。
レティシアが正面から武器を振り下ろす。
岩甲獣が反射的に前脚を上げた。
「今!」
ユウトの声とほぼ同時に、アイリスの剣が露出した腹部を斬り裂く。
魔物が苦鳴を上げた。
倒れはしない。
だが、大きく体勢を崩す。
「なるほどな!」
レティシアが笑った。
「硬いところをあたしが引き受けて、柔らかいところを斬る! 悪くねえ!」
「もう一度来ます!」
エリシアが杖を上げる。
「坑道の入口が近いので、大きな魔法は使いません。足だけ止めます」
地面がわずかに隆起した。
岩甲獣の前脚が取られ、突進の勢いが鈍る。
「今でござる!」
アイリスの一撃。
続いてレティシアの打撃。
岩甲獣がついに倒れた。
動かなくなったことを確認し、セレスがすぐ周囲を見回す。
「皆さん、怪我はありませんか?」
「拙者は問題ない」
「フィーナも平気!」
「私は後ろにいましたから」
エリシアが答える。
セレスは最後にレティシアへ視線を向けた。
「あなたは?」
「かすり傷もねえよ」
「本当に?」
「……ねえって」
セレスに笑顔で見つめられ、レティシアがわずかにたじろぐ。
ユウトは思わず苦笑した。
その時だった。
坑道の奥から、別の音が響いた。
低く、地面を揺らすような唸り声。
フィーナの耳が動く。
「まだいるよ。二匹……ううん、三匹かも」
「護衛の目的地はこの先でござったな」
アイリスが坑道を見る。
依頼はここまで来ることではない。
坑道内で作業する者たちを守ることだ。
「行こう」
ユウトが言うと、セレスが頷いた。
「中に怪我人がいたら私が見ます。魔物への対応はお願いします」
「私は坑道を壊さない程度に支援します」
エリシアも続く。
「フィーナは先を調べる!」
「頼む」
レティシアが武器を肩に担いだ。
「おい。お前ら、護衛依頼で来たんだろ?」
「はい」
「だったらあたしも行く。この鉱山にゃ用がある」
「武器は?」
ユウトが聞く。
レティシアの口元が僅かに歪んだ。
「まだ使える」
「でも――」
「言ったろ。証明してみろって」
強情だ。
けれど、無意味な強情でもない。
彼女は武器を信じている。
自分の腕を信じている。
だからこそ、ユウトも適当なことは言えないと思った。
坑道へ入ると、空気が一気に冷えた。
足元には細かな石が散り、壁には採掘の跡が残っている。
フィーナが先頭で匂いと音を探り、アイリスとレティシアが前衛に立つ。ユウトとエリシアが中央、セレスが後方を警戒する。
「右の奥!」
フィーナが叫んだ。
直後、横穴から別の岩甲獣が飛び出した。
レティシアが一歩前へ出る。
「任せな!」
「待っ――」
間に合わない。
大型の打撃武器が横薙ぎに振るわれた。
岩甲獣の頭部と激突する。
凄まじい音が坑道へ響いた。
魔物が壁際まで吹き飛ぶ。
「はっ! どうだ!」
レティシアが笑う。
だが。
ユウトの耳には、別の音が聞こえていた。
硬い何かが、内側で裂けた音。
すぐに武器へ【鑑定】を向ける。
【状態:内部損傷拡大】
【亀裂:進行】
【破損危険度:極めて高い】
「レティシア! 次は駄目です!」
「まだいける!」
倒れた岩甲獣の向こうから、さらに大きな影が姿を現す。
レティシアは退かなかった。
武器を握り直す。
「武器は嘘をつかない!」
そして、真正面から踏み込んだ。
魔物の前脚。
振り下ろされる打撃武器。
二つが激突した瞬間――。
甲高い音が、坑道に響いた。
レティシアの武器の頭部に、はっきりと亀裂が走った。
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