表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一度見た魔法とスキルを【鑑定】したら、すべて習得できました  作者: 阿鼻恭介
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/80

第1章 第5話 森を知る狩人

 地面へ下りると、ユウトの膝はしばらく震えたままだった。


 狩人の男はそれを見ても何も言わず、倒れたツインホーンウルフへ近づいた。首へ刺さった矢を抜き、矢尻の曲がりを確かめてから、腰の革袋へ別にしまう。


「その矢、また使うんですか?」


「鏃が無事ならな。矢は勝手に生えてこない」


 当然のように返され、ユウトは自分が何も持っていないことを思い出した。


 武器もない。


 金もない。


 着ている服はホーンウルフの爪で裂け、泥と血で汚れている。


 生き返った喜びへ浸る余裕など、異世界には用意されていないらしい。


「歩けるか?」


「たぶん」


「さっきも聞いた答えだな」


「今度は落ちません」


「森では転ぶだけでも死ぬことがある。できるか、できないかで答えろ」


 厳しい言葉だったが、男の声音に苛立ちはなかった。


 ユウトは傷ついた腕と両脚の感覚を確かめる。身体は疲れているものの、立って歩くことはできそうだ。


「歩けます」


「なら、先に魔石を回収する。血の臭いが広がる前に離れるぞ」


 狩人は短剣を抜き、ツインホーンウルフの胸元へ刃を入れた。


 ユウトは目を逸らしかけた。


 先ほどまで自分を殺そうとしていた魔物とはいえ、刃が肉へ沈む光景は生々しい。血の臭いが濃くなり、胃の奥が重くなる。


 それでも、男の手元へ【鑑定可能】の表示が浮かんだ。


 知りたい。


 その気持ちが嫌悪感をわずかに上回った。


「見てもいいですか?」


 狩人の手が止まる。


「今度は先に聞けたな」


「はい」


「解体を鑑定するのか、俺を鑑定するのか、どっちだ?」


「両方は駄目ですか?」


「正直なのは悪くない」


 男は小さく笑い、短剣を動かし始めた。


「俺はグレン。この近くのラト村で狩人をしている。鑑定して構わん。ただし、見えたことを他人へ言いふらすな。それが最低限の礼儀だ」


「分かりました。俺はユウトです」


「名字は?」


「ありません」


 日本では名字もあったはずなのに、なぜか口から出たのは名前だけだった。


 ソフィエルが転生の際に整えたのかもしれない。


 今は深く考える余裕がない。


 ユウトは許可を得て、グレンへ【鑑定】を使った。


【名前:グレン】


【種族:人族】


【年齢:三十八歳】


【職業:狩人】


【レベル:18】


【HP:84/91】


【MP:27/31】


【状態:軽度疲労】


【スキル】


【弓術】


【短剣術】


【索敵】


【気配察知】


【魔力感知】


【採取】


【解体】


【登攀】


 ユウトは思わず表示を二度見した。


 名前や年齢だけではない。体力や魔力、疲労の状態、持っているスキルまで見えている。


「どうした?」


「いえ……ずいぶん細かく分かるんだなと思って」


「鑑定士でもないのに、人間へ使える時点で珍しいがな」


「そうなんですか?」


 グレンの短剣が止まった。


「お前の【鑑定】は、人間の能力まで分かるのか?」


 ユウトは答えかけ、口を閉じた。


 見えたことを不用意に話すなと、たった今教わったばかりだ。


「詳しいことは、まだ自分でも分かってません」


「それでいい。知らない相手へ能力を全部話すものではない」


 グレンは追及せず、再び刃を動かした。


 ユウトは内心で首を傾げる。


 知識神の加護で多少強化されているとは思っていたが、人物を鑑定できること自体が珍しいらしい。


 それでも、神から授かった【鑑定】なのだから、このくらいは特別でも不思議ではない。


 ユウトは解体作業へ意識を向けた。


【スキル:解体】


【対象:ツインホーンウルフ】


【目的:魔石、角、牙、毛皮の回収】


【手順:胸骨脇から刃を入れ、臓器を傷つけないよう切開。魔石周辺の魔力組織を切り離す】


【注意:角狼種の魔石は心臓の後方に存在します】


【習得判定:再現可能】


 情報が表示されると同時に、グレンの動きが細かく見えるようになった。


 短剣を入れる角度。


 毛皮を傷つけない刃の向き。


 片手で肉を押さえ、もう片方の手で魔石の位置を探る動作。


 やがてグレンは、血に濡れた暗赤色の石を取り出した。


 親指の先ほどの大きさだった。


「これが魔石ですか?」


「初めて見るのか?」


「はい」


「魔物なら、大抵は体内に持っている。魔道具の動力になるから、町へ持っていけば買い取ってもらえる」


 ユウトは魔石へ【鑑定】を使った。


【名称:ツインホーンウルフの魔石】


【品質:普通】


【内包魔力:32】


【用途:魔道具の動力、錬金素材】


【状態:良好】


「内包している魔力まで分かるんだ……」


「何が分かる?」


「魔道具に使えることです」


 嘘ではない。


 だが、すべてを口にする必要もない。


 グレンから教わったばかりの警戒を、さっそく実践する。


「飲み込みは早いようだな」


 グレンは魔石を布で拭き、革袋へ入れた。


 残りの死骸から角と牙だけを回収し、毛皮には手をつけない。


「毛皮は取らないんですか?」


「時間がかかる。今は血の臭いに別の魔物が寄る方が危険だ」


「価値があっても、全部取ればいいわけじゃないんですね」


「命より高い素材はない」


 その言葉には、長く森で生きてきた者の重みがあった。


 知識だけなら、【鑑定】で毛皮の価値も回収方法も分かる。


 だが、今その作業をすべきかどうかは、表示された情報だけでは決められない。


 経験が必要なのだ。


 グレンは周囲を見回し、地面へしゃがみ込んだ。


 落ち葉へ触れ、折れた小枝を拾い、指先で泥の状態を確かめる。


「どうしたんですか?」


「逃げた二匹の進路を見ている。村へ向かっていないか確認する」


 ユウトが意識を向ける。


【スキル:追跡】


 先ほどの鑑定結果にはなかった名称だ。


 もう一度詳しく見ると、表示が更新された。


【使用技術:索敵および気配察知を応用した追跡技術】


【独立したスキルではありません】


【確認対象:足跡、折れた枝、体毛、血痕、臭気】


 複数のスキルと経験を組み合わせた技術らしい。


 世界に存在しない新しいスキルを作っているわけではない。


 既存の能力を使い、目的に合わせて応用している。


 グレンは土へ残った足跡を指した。


「腹を負傷した個体は北へ逃げた。もう一匹は東だ。村は南東にあるが、この足跡ならすぐには近づかん」


「どうして東へ行ったって分かるんですか?」


「爪の向きと土の盛り上がりを見ろ」


 言われた場所へ目を凝らす。


 確かに、四本の爪痕の先だけ土が深く削れている。


「蹴り出した方向に土が飛ぶ。枝の折れ方も同じだ」


 グレンは近くの茂みへ手を伸ばし、灰色の毛を一本つまんだ。


「見るだけでは覚えられん。次の跡はお前が探せ」


「俺が?」


「村までの道で教える。使える目を持っているなら、森で死なないために使い方を覚えろ」


 グレンは歩き始めた。


 ユウトも慌てて後を追う。


 森には道らしい道がなかった。


 それでもグレンは迷わない。苔のつき方、木々の間隔、地面の傾き、風の流れを確かめながら進んでいく。


 ユウトは一つ一つの動作を観察した。


 グレンが足を止める。


「この先に何がある?」


「何が、ですか?」


「目だけで探すな。音と臭いも使え」


 ユウトは息を潜めた。


 風が葉を揺らす音。


 遠くを流れる水。


 鳥の鳴き声。


 その中に、小さく枝の折れる音が混ざった。


 右前方の茂み。


 意識を向けると、情報が浮かぶ。


【周辺情報:小型生物の移動反応】


「右前です。たぶん、小さい動物がいます」


 茂みから兎に似た生き物が飛び出し、森の奥へ逃げていった。


 グレンが眉を上げる。


「音を聞き分けたのか?」


「少しだけ」


「少しで分かる距離ではなかったがな」


 ユウト自身も驚いていた。


【探索上達】が、聞いた音と周囲の状況を整理してくれたのだろう。


 だが、何も聞かなければ情報は得られない。


 意識を向け、考えたからこそ分かった。


【探索上達により、周辺把握への理解が深まりました】


 表示が浮かぶ。


 すぐに新しいスキルを習得したわけではない。


 それでも、先ほどより森の音が区別しやすくなっている。


 しばらく歩いたところで、グレンは腰の水筒を差し出した。


「飲め」


「ありがとうございます」


 水はわずかに革の臭いがしたが、喉へ流れ込む冷たさが心地よかった。


 空腹も強くなっている。


 肉体を得たという実感は、喜びより先に要求ばかり伝えてくる。


「村に着いたら、食事は出してもらえますか?」


「働けるならな」


「働きます」


 即答すると、グレンが笑った。


「そこは迷わないんだな」


「お腹が空いてるので」


「正直でよろしい」


 木々の隙間から、細い煙が見えた。


 森のものではない。


 人が火を使っている煙だ。


 さらに進むと、木を削った杭が並ぶ低い柵が姿を現した。その向こうには畑が広がり、土と藁で作られた家々から夕餉の煙が上がっている。


 誰かの笑い声。


 家畜の鳴き声。


 薪を割る乾いた音。


 アルテシアで初めて見る、人の暮らしだった。


「ラト村だ」


 グレンが告げる。


 柵の内側にいた村人たちが、こちらへ気づいた。


 安堵した顔で手を振りかけ、グレンの後ろにいるユウトを見て動きを止める。


 泥と血に汚れ、破れた服を着た見知らぬ少年。


 警戒されても仕方がない姿だった。


 グレンは門の前で振り返った。


「ユウト。村へ入る前に一つだけ聞く」


 先ほどまでより低い声だった。


「お前は、あの森で何をしていた?」


 ユウトは答えに詰まった。


 真実を話すべきか。


 それとも、信じてもらえそうな嘘を考えるべきか。


 自分で選んだ最初の言葉が、この世界での居場所を決めるかもしれなかった。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


そして本日はここまで明日も5話投稿します。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ