第1章 第4話 狩人との共闘
ユウトは枝を蹴り、群れの頭上へ飛び出した。
習得したばかりの【跳躍】は、まだ思いどおりには扱えない。身体は狙った場所よりも高く浮き、着地点が大きくずれた。
「うわっ!」
伸ばした右手が細い枝をつかむ。
だが、体重を支えきれず、枝は嫌な音を立てて折れた。
ユウトの身体が落下する。
下では二匹のホーンウルフが口を開けて待ち構えていた。
「手を伸ばせ!」
狩人の声と同時に、一本の矢が飛来する。
矢は飛びかかろうとした魔物の前脚へ突き刺さった。姿勢を崩したホーンウルフが地面を転がり、もう一匹を巻き込む。
ユウトは近くの太い枝へ左手を伸ばした。
指先が触れる。
滑る。
もう一度、必死に腕を伸ばす。
今度は枝をつかむことができた。
「危な……!」
「注意を引くのと、食われに行くのは違うぞ!」
「分かってます!」
「今の動きを見ていると、分かっているようには見えん!」
もっともな指摘だった。
しかし、ユウトが頭上を移動したことで、群れの動きは乱れている。
ツインホーンウルフが唸り声を上げ、散った仲間を集めようとした。
その瞬間、狩人の男が弓を引く。
足を肩幅に開く。
左腕で弓を押し、右肘を後方へ引く。
息を細く吐きながら、矢尻の先へ視線を重ねる。
ユウトは、その一連の動きへ【鑑定】を使った。
【スキル:弓術】
【使用動作:急所を狙う射法】
【発動条件:対象の動きを読み、呼吸と身体の軸を安定させる】
【身体操作:左腕で弓の反動を受け、右肩、肘、指先を連動させる】
【習得判定:再現可能】
【条件不足:弓を所持していません】
矢が放たれた。
鋭い音を残し、ツインホーンウルフの左目へ突き刺さる。
統率個体が絶叫した。
怒りに任せ、狩人へ向かって突進する。
「来るぞ!」
「分かっている!」
狩人は横へ走りながら、次の矢を取り出した。
しかし、ツインホーンウルフは速い。
矢をつがえるより先に距離が縮まっていく。
ユウトは統率個体へ【鑑定】を使った。
【状態:左眼損傷・激怒】
【戦闘上の影響:左側の視認性を喪失。同方向への反応速度が低下しています】
「左側が見えてません!」
狩人は迷わず進路を変え、獣の左側へ回り込んだ。
ツインホーンウルフが二本の角を振り上げる。
だが、傷ついた左目では狩人の正確な位置を捉えられない。
角が空を切った。
「よく見抜いた!」
狩人は至近距離から矢を放った。
矢はツインホーンウルフの首へ深く突き刺さる。
それでも上位個体は倒れない。
巨体をひねり、前脚で狩人を薙ぎ払おうとした。
「後ろです!」
狩人が身を伏せる。
爪が頭上を通過した。
その間に、残ったホーンウルフたちが左右から男へ迫っていた。
ユウトは周囲を見回した。
太い枝。
魔物の位置。
狩人までの距離。
自分にできるのは、直接倒すことではない。
群れの動きを崩すことだ。
「こっちだ!」
ユウトは枝を強く揺らした。
二匹のホーンウルフが顔を上げる。狩人へ向かっていた一匹も進路を変え、ユウトのいる木へ駆けてきた。
三匹が木を囲む。
「よし……三匹こっちへ来た!」
「それでどうするつもりだ!」
「今から考えます!」
「考えてから呼べ!」
怒鳴られたが、今さら遅い。
三匹が交互に飛び上がり、牙を枝へ届かせようとする。
ユウトが乗っている太い枝の下には、幹から横へ伸びた長い枝があった。枝葉が多く、付け根だけが黒く変色している。
ユウトはその横枝へ【鑑定】を使った。
【名称:ガルム樹の横枝】
【状態:付け根の一部が腐食】
【耐久値:低下】
【破損方法:腐食部分へ強い衝撃を加えることで切断可能】
自分が乗っている枝とは別だ。
あれを落とせば、下の魔物を一瞬だけでも押さえられる。
ユウトは太い幹へ腕を回し、腐食した横枝の付け根を蹴った。
一度。
二度目で亀裂が走る。
ホーンウルフが跳び上がり、牙が靴底をかすめた。
「もう少し……!」
三度目の蹴りで、付け根が大きく割れた。
長い横枝が枝葉ごと落下する。
「離れろ!」
三匹の頭上へ枝が落ちた。
一匹がまともに下敷きとなり、残る二匹も慌てて飛び退く。
狩人はその隙を逃さなかった。
矢を二本続けて放ち、体勢を崩した二匹の喉を正確に射抜いた。
下敷きになった一匹も枝の下でもがいており、すぐには立ち上がれない。
「すごい……」
一本目の矢を放った時には、狩人の手はすでに次の矢へ伸びていた。
身体の軸はぶれず、狙いを変えても足の位置が崩れない。
【解析上達】によって、無駄のない動きが頭の中で細かく分解されていく。
理解はできる。
だが、弓がなければ試せない。
見ただけですべてが身につくわけではない。道具と練習がなければ、知識は技術として定着しない。
ツインホーンウルフが再び咆哮した。
首と左目から血を流しながらも、まだ立っている。
残った三匹のうち、一匹は前脚を矢で射抜かれて起き上がれず、もう一匹は小川で腹を傷つけた個体だった。自由に動けるのは一匹だけだ。
「頭を倒せば、残りは逃げる可能性が高い!」
狩人が叫ぶ。
「左へ意識を向けさせろ!」
「やってみます!」
ユウトは隣の枝へ向かって踏み切った。
先ほどの失敗を思い出す。
力を込めすぎない。
跳ぶ高さではなく、進む方向を意識する。
着地点から目を離さない。
身体が宙を進む。
両足が枝へ触れた。
膝が揺れたが、今度は落ちなかった。
【スキル上達により、スキル【跳躍】への理解が深まりました】
ユウトはさらに左側の木へ移った。
ツインホーンウルフの見えない位置から枝を揺らす。
「こっちだ!」
統率個体が首を動かした。
左側の音を確かめようと身体を向け、残った右目が狩人から外れる。
「今だ!」
弓が鳴った。
矢はツインホーンウルフの開いた口から入り、喉の奥へ突き刺さる。
巨体が大きく揺れた。
二本の角が木の根を削り、やがて四肢から力が抜ける。
ツインホーンウルフは地面へ倒れ、そのまま動かなくなった。
統率個体を失った一匹が足を止める。
狩人が弓を向けると、まだ動けるその個体は森の奥へ逃げていった。
腹を負傷した個体も足を引きずりながら後を追う。
前脚を射抜かれた個体と、枝の下敷きになった個体は立ち上がれず、地面で荒い息を繰り返していた。
狩人は二匹へ近づき、素早く矢を放った。
苦しみを長引かせないための一撃だった。
やがて、森に静けさが戻る。
ユウトは枝の上で息を吐いた。
「終わった……」
「まだだ。下りるまで気を抜くな」
狩人に言われ、慎重に幹へ手を伸ばす。
登る時は必死だったため気づかなかったが、地面がひどく遠く見えた。
「どうやって下りれば……」
「跳べるのだろう?」
「下へ跳んだことはありません」
「本当に覚えたばかりらしいな」
狩人は弓を背負い、木へ近づいた。
「そこから動くな。今、登る」
男は幹の凹凸へ手足をかけ、迷いなく登り始める。
重心を幹へ寄せ、腕だけに頼らず脚で身体を押し上げていた。
ユウトが思わず意識を向けると、情報が表示された。
【スキル:登攀】
【習得判定:再現可能】
狩人が枝へ到着し、ユウトを見た。
「さっきから何度も俺を調べているな」
「分かるんですか?」
「俺は【魔力感知】を持っている。近くから長く鑑定されれば、魔力の動きに気づく」
誰にでも知られるわけではないらしい。
狩人は険しい顔を少し緩めた。
「悪意がないことは分かるが、他人を勝手に鑑定するのを嫌う者は多い。次からは気をつけろ」
「すみません。知りませんでした」
「そんなことも知らずに、どうして森の奥にいる?」
「それは……」
日本から転生したと言って、信じてもらえるのだろうか。
答えを迷っていると、男はユウトの裂けた服と傷へ目を向けた。
「事情は村で聞く。今は手当てが先だ」
「村があるんですか?」
「ここから歩いて半日もかからん。俺は、その村の狩人だ」
人がいる。
眠る場所も、食べ物も、この世界について教えてくれる者もいるかもしれない。
安堵した途端、身体から力が抜けた。
「あ……」
枝の上で足が滑る。
狩人が慌てて腕をつかんだ。
「気を抜くなと言ったばかりだろう!」
「すみません……」
「謝るのは地面へ下りてからにしろ」
狩人はユウトを支え、ゆっくりと幹を下り始めた。
その時、遠くの森から低い遠吠えが響いた。
男の表情が変わる。
一度ではない。
異なる方向から、いくつもの鳴き声が応えた。
「またホーンウルフですか?」
「いや。この群れだけではないらしい」
狩人は森の奥を睨んだ。
「最近、この辺りの魔物は明らかに増えている。本来なら奥地から出てこない魔物まで、村の近くで見つかっている」
ソフィエルが語っていた、魔物の活性化。
ユウトは遠吠えが響いた暗い森へ目を向けた。
その奥で、何かが動いている。
ホーンウルフたちさえ追い立てる、別の何かが。
「急いで村へ戻るぞ」
狩人の声から、先ほどまでの軽さが消えていた。
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