第1章 第3話 習得できる力、できない力
六匹のホーンウルフが一斉に地面を蹴った。
左右へ散った群れが、小川を背にしたユウトを囲むように迫る。
正面には、二本角のツインホーンウルフ。
ユウトは血のついた枝を握り締めた。
「無理だろ、これ……!」
一匹を相手にしただけでも死にかけた。
それが六匹。さらに危険度Dの統率個体までいる。
背を向けて逃げれば、すぐに追いつかれる。正面から戦えば、数の差で押し潰される。
ならば、使えるものを探すしかない。
ユウトは最も近いホーンウルフへ【鑑定】を使った。
【保有能力】
【突進】
【爪撃】
【跳躍】
【嗅覚強化】
能力の項目へ意識を向ける。
【突進】
【脚力と体重を利用し、直線的に加速する身体技術】
【習得判定:一部再現可能】
【人間の身体構造では同等の速度を再現できません】
【踏み込み、重心移動、加速姿勢は応用可能です】
【跳躍】
【四肢の筋力、腱、関節構造を利用した高跳躍】
【習得判定:一部再現可能】
【人間の身体構造では同等の高さを再現できません】
【爪撃】
【鋭い爪と前脚の可動域を利用した攻撃】
【習得判定:不可】
【理由:必要な爪、骨格、筋肉構造を持っていません】
【嗅覚強化】
【角狼種の嗅覚器官を利用する種族能力】
【習得判定:不可】
【理由:特殊な感覚器官を必要とします】
見た能力をすべて使えるわけではない。
爪も、獣の鼻も、人間の身体にはない。
だが、突進の踏み込みや跳躍の重心移動なら、人間の動きへ応用できる。
一匹のホーンウルフが飛びかかってきた。
ユウトは後ろへ逃げず、身体を低く沈める。
前脚が届く直前、鑑定で見た突進の踏み込みを思い出し、斜め前へ鋭く足を出した。
腰を落とし、重心を進行方向へ移す。
身体が予想以上に前へ出た。
魔物の脇を抜ける。
「避けられた!」
安心した瞬間、横から別の一匹が飛び込んできた。
「くっ!」
枝を振り回し、鼻先を打つ。
魔物は怯んだが、三匹目が背後へ回っている。
振り返る余裕はなかった。
鋭い爪が背中の服を裂き、皮膚を浅く切った。
「痛っ!」
前へつんのめり、そのまま小川へ飛び込む。
膝まである水が跳ね、川底の石で足を滑らせた。片手をついたことで、辛うじて倒れずに済む。
群れは迷わず小川へ入ってきた。
「水を怖がったりはしないか!」
期待は外れた。
ユウトは対岸へ進みながら、川底を見回す。
水に削られた石の中に、細長い灰色の石があった。
「【鑑定】!」
【名称:灰硬石】
【状態:先端部が鋭利】
【用途:打撃・切断・加工用】
拾い上げる。
片側が刃のように尖っており、枝より小さく扱いやすい。
先頭のホーンウルフが水を蹴った。
飛びかかる直前、後ろ脚に力が集まり、身体が沈む。
ユウトはその動きを凝視した。
足の位置。
腰の沈み。
地面を押す方向。
【解析上達】によって、見た情報と実際の動きが頭の中で結びついていく。
ユウトは川底を踏んだ。
だが、泥に足を取られ、思ったほど身体が浮かない。
「しまっ――」
ホーンウルフの爪が肩をかすめた。
激痛に顔をしかめながらも、ユウトは身体をひねり、尖った石を腹部へ突き立てる。
浅い。
倒すには足りない。
それでも魔物は悲鳴を上げ、水の中へ転がった。
失敗した理由が分かる。
踏み込みは悪くなかった。
だが、滑る川底で地面と同じように力を込めたため、力が逃げた。
ユウトは対岸へ上がり、濡れた地面を踏み締める。
今度は足裏全体ではなく、前側へ力を集める。
膝を沈める。
腰を前へ出す。
地面を後ろへ押す。
追いついてきた一匹へ向かって、斜めに跳んだ。
今度は先ほどより高く、遠くへ身体が進んだ。
魔物の頭上を越え、背後へ着地する。
着地した足がぐらつき、片膝をついた。
完璧ではない。
それでも、動きは再現できた。
【解析上達により、跳躍時の身体操作への理解が深まりました】
【スキル上達により、既存スキル【跳躍】の習得条件を満たしました】
【スキル【跳躍】を習得しました】
「これが、習得……!」
見ただけでは足りない。
自分で試し、失敗し、修正した結果として、世界に存在するスキルを身につけた。
喜んでいる暇はなかった。
残りの群れが迫ってくる。
ユウトは木々の間へ走った。
開けた場所では囲まれる。ならば、一匹ずつしか通れない場所へ誘い込む。
太い木が並ぶ狭い隙間へ身体を滑り込ませる。
追ってきた一匹が肩を幹へぶつけ、動きを止めた。
ユウトは石を突き出したが、魔物は首をひねって避ける。
後ろから来た別の個体が、倒れた仲間の背を踏み越えて飛びかかってきた。
「そんな連携までできるのかよ!」
ユウトは転がって避ける。
爪が頬のすぐ横を通過し、木の皮を深く削った。
危険度Eの魔物でも、群れになれば動きが変わる。
一匹ずつ誘い込めばいいという考えは、簡単に崩された。
ツインホーンウルフは少し離れた場所から唸り声を上げ、群れを動かしている。
統率個体を倒さなければ、この連携は終わらない。
だが、近づく前に囲まれる。
ユウトは頭上を見た。
太い枝が伸びている。地面から二メートル半ほど。普通なら手が届かないが、習得した【跳躍】なら届くかもしれない。
数歩下がる。
助走。
踏み込み。
腰の沈み。
「行け!」
地面を蹴った。
身体が浮く。
伸ばした手が枝へ触れた。
だが、指先が滑る。
「うわっ!」
落ちかけたところで、左手だけが枝へ引っかかった。
肩へ強い衝撃が走る。
歯を食いしばり、右手も伸ばして枝へしがみつく。
下ではホーンウルフが牙を鳴らしていた。
ユウトは必死に身体を引き上げる。胸を枝へぶつけ、息を詰まらせながら、どうにか上へ乗った。
初めて使うスキルだ。
習得したからといって、すぐ自在に扱えるわけではない。
ツインホーンウルフが二本の角を幹へ突き立てた。
木全体が激しく揺れる。
「そんなこともできるのかよ!」
枝が軋む。
このままでは落とされる。
ユウトは隣の木へ目を向けた。
枝同士の距離は三メートルほど。今の【跳躍】では、届くかどうかぎりぎりだ。
下には魔物の群れ。
ここに残っても、いずれ落とされる。
「選択肢がひどすぎるだろ……!」
幹が再び揺れた。
ユウトは枝の上で立ち上がる。膝が震い、足元も安定しない。
隣の枝を見据え、しなる枝の反発に合わせて踏み切った。
身体が宙へ飛び出す。
指先が隣の枝へ届く。
今度も両手ではつかめなかった。
片腕でぶら下がり、身体が大きく揺れる。
「くっ……!」
腕が抜けそうな痛みに耐え、どうにか反対の手を枝へかけた。
その時、下から鋭く空気を裂く音が響いた。
ホーンウルフの一匹が悲鳴を上げ、地面へ倒れる。脇腹には一本の矢が突き刺さっていた。
「動くな!」
森の奥から男の声が飛んできた。
革の胸当てを身につけ、弓を構えた男が木陰に立っている。
男の視線は群れを鋭く追っていた。
「この数日、村の近くへ出てきた群れを追っていたが……まさか人が襲われているとはな!」
男は二本目の矢をつがえる。
「群れの頭を狙う! 落ちたくなければ、その枝にしがみついていろ!」
「もう十分しがみついてます!」
男が一瞬だけ妙な顔をした。
「元気があるなら問題ない!」
矢が放たれる。
ツインホーンウルフは身をひねって避けたが、矢尻が肩をえぐった。
怒りの咆哮が森へ響く。
群れの意識が男へ向いた。
ユウトは弓を引く動きへ【鑑定】を使う。
【スキル:弓術】
【使用技術:速射】
【呼吸、視線、肩、肘、指先の連動によって射撃時間を短縮しています】
【習得判定:再現可能】
【条件不足:弓を所持していません】
動きは理解できる。
だが、弓がなければ使えない。
今できるのは、群れの動きを伝えることだけだ。
「右から二匹来ます!」
「そっちは見えている!」
「後ろの大きい奴が突進します!」
男がすぐに横へ跳ぶ。
直後、ツインホーンウルフが男のいた場所を駆け抜けた。
「よく見えているな!」
「見えるというか、分かるんです!」
「説明は後だ! 坊主、木から木へ移れるか?」
「たぶん!」
「たぶんで答えるな!」
「さっき覚えたばかりなんです!」
「なおさら不安になる答えだな!」
男は呆れた声を上げながらも、次の矢を放った。
ユウトは枝の上で姿勢を整える。
一人では七匹に勝てない。
だが、弓を持つ男が加わった。
勝つために必要なのは、自分がすべて倒すことではない。
互いにできることを使い、群れの連携を崩すことだ。
「俺が上から注意を引きます!」
「無茶をするな!」
「無茶なのは分かってます!」
ツインホーンウルフが吠え、群れが再び動き出す。
ユウトは次の枝を見据えた。
狩人の矢が統率個体を狙う、その一瞬を作るために。
震える足で枝を蹴り、群れの頭上へ飛び出した。
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