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一度見た魔法とスキルを【鑑定】したら、すべて習得できました  作者: 阿鼻恭介
第2章

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第2章 第49話 終わらない研究

 古びた石柱の前で、エリシアがしゃがみ込んだまま動かなくなってから、もうしばらく経っていた。


「エリシアー。まだー?」


 少し離れた場所からフィーナが呼ぶ。


「もう少しです」


「さっきも聞いたよ、それ!」


「では、もう少しの続きです」


「増えた!?」


 フィーナの白い耳がぴんと立った。


 俺は思わず笑いながら、エリシアの横へしゃがむ。


 今回調べているのは、森の外れに残されていた古い結界石だった。


 依頼そのものは単純で、周辺を通る冒険者から「最近、結界石の近くで小型の魔物を見かけるようになった」という報告が増えたため、異常がないか確認してほしいというものだった。


 実際、石柱の表面には細かなひびが走っている。


 俺はそこへ【鑑定】を使った。


【名称:旧式結界石】

【状態:機能低下】

【術式損傷:あり】

【魔力伝導率:低下】

【主因:表層亀裂による魔力経路の断続】

【基幹術式:維持】

【補助術式:一部損傷】

【修復可能】


 完全に壊れているわけではない。


 ただ、魔力を流す細い経路が何か所も途切れていて、本来の範囲を維持できなくなっているらしい。


「壊れてる場所は分かる。でも……」


 俺は石柱へ刻まれた文字を見る。


「やっぱり、こっちは読めないな」


「ええ」


 エリシアが指先で刻印をなぞった。


「古い結界術で使われる表記です。こちらが外周維持、こちらが魔力分配……この部分は、恐らく出力調整ですね」


「恐らく?」


「削れていますから。完全には読めません」


 エリシアはあっさり認めた。


 以前の遺跡でもそうだった。


 俺の【鑑定】なら、魔法の構造や魔力の流れ、どこが壊れているかまではかなり詳しく確認できる。


 けれど、文字に込められた歴史的な意味まで勝手に理解できるわけじゃない。


 一方でエリシアは、俺には読めない古い文字や術式の形式を知っている。


 見えるものが違う。


 だから、一緒に調べると答えへ近づける。


「ユウト。この線は?」


「そこは生きてる。魔力も流れてるよ」


「では触らない方がいいですね」


「俺もそう思う」


 エリシアが小さく頷いた。


「元の術式を書き換える必要はありません。損傷している補助経路だけを戻しましょう」


「うん。俺もそのつもりだった」


 分からないものを、分かったつもりで変える必要はない。


 修理できるなら、壊れているところだけ直せばいい。


 俺は【鑑定】に表示された魔力経路と実物の溝を見比べながら、修復箇所を指で示していく。


「ここからここまで途切れてる。それと、このひびの奥でも一本切れてる」


「なるほど……表面だけではなかったのですね」


「うん。そっちは外からだと分かりにくい」


 エリシアの眠たげだった目が、少しだけ開いた。


「やはり、その【鑑定】は便利ですね」


「そうかな」


「普通は、結界石を数日観察して魔力の偏りを測り、それでも分からなければ一度分解を検討するところです」


「そんなに?」


「そんなにです」


 そう言われると、改めて自分の【鑑定】がおかしいことを思い出す。


 最近は慣れてしまっていたけれど、この世界の普通の【鑑定】では、こんな情報は出ない。


「でも、見えても直し方まで全部分かるわけじゃないし」


「そこが面白いのです」


 エリシアが即答した。


「見えない部分が減るだけで、考えられることは大きく増えますから」


 本当に楽しそうだ。


 修理する前から、もう次の研究材料を見つけた顔をしている。


「ねえ!」


 そこでフィーナの声が割り込んだ。


「何か分かったー?」


「修理できそうだよ」


「ほんと!?」


 駆け寄ってきたフィーナが、結界石の前でしゃがむ。


「フィーナにも分かる?」


「うーん……石?」


「それは合ってる」


「えへへ!」


「威張るところではないぞ、フィーナ」


 周囲を警戒していたアイリスが戻ってきた。


「今のところ、魔物の気配はない。結界の外まで一度確認したが、危険はなさそうだ」


「ありがとう、アイリス」


「うむ」


 アイリスは石柱へ視線を向ける。


「して、修復にはどれほど掛かる?」


「そんなに長くは掛からないと思う。エリシア?」


「補助経路だけなら可能です。ですが、魔力を流しながら修復すると別の部分へ負荷が移るかもしれません」


「じゃあ、いったん流れを弱めよう」


 俺は結界石へもう一度【鑑定】を使い、魔力の流入経路を確認する。


 完全停止させれば結界そのものが消える。


 なら、必要なのは停止ではなく最低限まで落とすことだ。


 エリシアと確認しながら、外周維持へ必要な魔力だけを残す。


「そこです。もう少しだけ」


「これくらい?」


「はい。維持できます」


 魔力の流れが細くなった。


 その状態で、欠けた経路へ魔力を通し直す。


 俺が【鑑定】で損傷位置を伝え、エリシアが古い術式の形を確認する。


 一か所。


 二か所。


 三か所。


 最後のひびへ魔力がつながった瞬間、結界石の表面を淡い光が走った。


【状態:正常】

【術式損傷:なし】

【魔力伝導率:正常範囲】

【結界機能:回復】


「直った」


 俺が言うと、フィーナが勢いよく立ち上がった。


「やったー!」


 アイリスも満足そうに頷く。


「これで街道を通る者も安心できよう」


「念のため、範囲も確認しましょう」


 エリシアがすぐに立ち上がる。


 そして手元の記録板へ何かを書きながら歩き出した。


「エリシア、そっち木あるよ」


「え?」


 顔を上げたエリシアの鼻先すれすれを枝が横切る。


 彼女は一度止まり、枝を見た。


 次に記録板を見る。


「……歩行中の記録は少し危険ですね」


「今ごろ!?」


「記録しておきます」


「それを記録するの!?」


 フィーナが頭を抱え、俺とアイリスは顔を見合わせた。


 結界の範囲にも問題はなかった。


 依頼はこれで完了だ。


 町へ戻る頃には日が傾き始めていた。


「今回は思ったより早く終わったな」


 俺がそう言うと、エリシアは歩きながら記録板を眺めた。


「結界石については、ですけれど」


「まだ何かあるの?」


「あります」


 即答だった。


「古い結界術と現在の結界術の魔力効率の違い。それから、亀裂がどの程度まで進めば魔力経路へ影響するのか。ユウトの【鑑定】で見える損傷と、実際の機能低下との関係も調べたいです」


「増えてるね」


「はい」


 エリシアは嬉しそうだった。


「一つ分かると、次に分からないことが見つかります」


「エリシアらしいな」


「そうでしょうか」


「うん」


 俺が笑うと、彼女は少し考えてから、記録板を胸元へ寄せた。


「……困りました」


「何が?」


「研究です」


 エリシアは前を向いた。


「調べたいことが、全然終わりません」


「終わらなくてもいいんじゃない?」


「いいのですか?」


「知りたいことがあるなら、調べればいいと思うけど」


 俺には、それが普通に思えた。


 知らないなら知りたい。


 分からないなら考えたい。


 俺自身、そうやって【鑑定】で見えたものを何度も試してきた。


 するとエリシアは、しばらく何も言わなかった。


 やがて、小さく笑う。


「……そうですね」


 声は静かだった。


 けれど、いつもの眠そうな表情より少しだけ明るく見えた。


「では、もう少し調べてみます」


「うん」


「ユウトにも付き合ってもらいます」


「俺も?」


「もちろんです」


「臨時同行なのに?」


「だからこそ、同行している間にできるだけ調べます」


「なるほど」


「それに」


 エリシアはいったん言葉を切った。


 けれど、その先は口にせず、また前を向く。


「……いえ。まだいいです」


「?」


 何を言いかけたのかは分からなかった。


 ただ、町の門が見えてきても、エリシアの足取りは少しも重くなっていなかった。


 研究が終わらないことを「困った」と言ったはずなのに。


 その横顔は、どう見ても楽しそうだった。

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