第2章 第48話 毒の生まれた場所
町を出てしばらくすると、街道沿いの草木が少しずつ深くなっていった。
ユウトたちが向かっているのは、先ほど治療した冒険者が倒れていたという場所だった。
未知の毒そのものは、セレスの調合技術によって対処できた。
だが、それで終わりではない。
どこで毒を受けたのか。
なぜ、今まで報告されていなかった毒が突然現れたのか。
原因を残したままでは、次の犠牲者が出る。
「この辺りからだと思います」
セレスが足元を見ながら言った。
「薬草採取に使われる場所は、もう少し先です。ただ、あの方が倒れていたのは、この街道の近くだったそうです」
「フィーナ、何か分かる?」
「うん。ちょっと待って」
フィーナがしゃがみ、鼻をひくつかせる。
白い耳が細かな音を拾うように何度か動いた。
「……変な匂いが続いてる。土っぽいけど、普通の土じゃない感じ」
ユウトも周囲を見回す。
目で見ただけでは、街道脇の草も木も特に変わっているようには見えない。
だからこそ、フィーナの感覚が重要だった。
「どっち?」
「こっち!」
フィーナが街道脇の細い獣道へ入る。
ユウト、アイリス、エリシア、セレスも続いた。
少し進んだところで、フィーナが急に足を止めた。
「いる」
ほぼ同時に、茂みの奥で葉が大きく揺れた。
三体の四足魔物が姿を現す。
湿った鱗に覆われた体。低い姿勢。口元から粘ついた唾液が垂れている。
ユウトは対象を確認してから【鑑定】を使った。
【沼牙蜥蜴】
【危険度:F】
【状態:興奮】
【特徴:湿地帯に生息。牙に弱い毒性分泌物を持つ】
【毒性:通常は軽度】
【現在の毒性:通常値を大きく超過】
【原因:体内へ別種毒性成分を蓄積】
「やっぱり、毒が変わってる」
「来るぞ!」
アイリスがすぐに前へ出た。
「承知いたした!」
一体が跳びかかる。
アイリスは剣の腹で牙の軌道を逸らし、その勢いを利用して地面へ転がした。
別の一体へフィーナが回り込み、進路を塞ぐ。
ユウトも殺傷する必要はないと判断し、土魔法で足元を隆起させた。
体勢を崩したところへ蔓状に固めた土を絡ませる。
三体目はエリシアが展開した薄い結界へ突っ込み、跳ね返された。
「拘束するだけでいい?」
「うん。原因を調べたい」
「討つより原因を断つ方がよいということか。承知いたした」
アイリスは剣を収め、暴れる一体の背後へ回って完全に動きを止めた。
三体を一時的に拘束したあと、ユウトは周囲を調べる。
フィーナは地面に残る足跡へ鼻を近づけた。
「この子たち、街道から来たんじゃないよ。向こうから何回も来てる」
「何回も?」
「うん。古い跡もある。たぶん三匹だけじゃない」
その言葉に、空気が少し重くなる。
一度きりの偶然ではない。
同じ毒を持つ魔物が、今後も街道付近へ出てくる可能性がある。
「だったら、巣か餌場があるはずだね」
フィーナに案内され、さらに奥へ進む。
やがて湿った臭いが強くなった。
「北東側に、小さな湿地があったはずです」
エリシアが周囲を見ながら呟く。
「ただ、この辺りまで水気が来るほど広くはなかったと思います」
間もなく木々が途切れた。
そこには、本来なら小さかったはずの湿地が大きく広がっていた。
泥水が浅く溜まり、周囲には紫がかった草が群生している。
セレスの表情が変わった。
「……毒沼草です」
ユウトが植物へ【鑑定】を使う。
【毒沼草】
【品質:通常】
【特徴:湿地に自生】
【毒性:中程度】
【摂取時:吐き気・麻痺・呼吸障害】
【沼牙蜥蜴が継続摂取した場合:体内毒性と混合し、複合毒を形成する可能性あり】
「これだ」
ユウトが呟く。
「沼牙蜥蜴自身の毒と、毒沼草の成分が混ざってる」
セレスが一株を慎重に観察した。
「毒沼草自体は珍しくありません。でも、この量はおかしいです。しかも根の張り方を見ると、急に増えたように見えます」
ユウトは湿地全体を見る。
「魔力の異常かな」
エリシアはゆっくり目を閉じた。
周囲の魔力を確かめるように集中する。
「……いいえ」
しばらくして首を振る。
「少なくとも、この水や土から不自然な魔力偏重は感じません。魔法によって急激に変質したようには見えませんね」
「じゃあ自然に?」
「可能性は高いと思います」
フィーナが湿地の奥を指した。
「水、あっちから来てる!」
奥へ回り込むと、原因はすぐに見つかった。
何本もの倒木と流された土砂が、小さな川を塞いでいる。
本来はそのまま下流へ抜ける水がせき止められ、横へ溢れて湿地へ流れ込んでいた。
ユウトが倒木を見る。
【倒木群】
【状態:自然倒壊】
【原因:豪雨による地盤緩み】
【影響:小川を閉塞】
【結果:周辺湿地の水位上昇】
「誰かが何かしたわけじゃない」
「雨で川が塞がって、水が増えて、毒沼草が広がったんですね」
セレスが状況をつなげていく。
「それを沼牙蜥蜴が食べ続けた」
「うん。それで毒が変わった」
原因は分かった。
だが、問題はまだ残っている。
湿地の端には、複数の沼牙蜥蜴の足跡が続いていた。
少なくとも、先ほどの三体だけではない。
「全部捕まえるより、こっちを直した方が早いね」
ユウトは川を塞ぐ倒木へ目を向けた。
ただし、一気に壊せば溜まった水が流れ出し、下流へ危険が出る可能性がある。
エリシアも同じことを考えたらしい。
「急に開けるのは危険です。水量を確認しながら少しずつ逃がしましょう」
「分かった」
ユウトは【鑑定】で土砂と水圧を確認し、エリシアが流れを見ながら指示を出す。
アイリスは倒木の移動を担当した。
フィーナは下流側を先に確認し、生き物や人がいないことを確かめる。
セレスは毒沼草がどこまで広がっているか調べていった。
一人なら、もっと時間がかかった。
原因が分かっていても、同時にすべてを見ることはできない。
少しずつ倒木をずらすと、せき止められていた水が細い流れとなって抜け始めた。
湿地の水位も、ゆっくりと下がっていく。
「これなら急激には変わりません」
エリシアが頷いた。
「毒沼草はすぐには消えませんが、水位が戻ればこれ以上は増えにくくなります」
セレスも続ける。
「残っている毒草の場所はギルドへ報告しましょう。採取依頼を出して、安全に処理してもらった方がいいです」
「うん」
帰り道、先ほど拘束した沼牙蜥蜴の場所へ戻った。
毒草の多い湿地から離れるよう、アイリスとフィーナが森の奥側へ追い立てる。
少なくとも街道へ戻りにくい場所まで移動させてから解放した。
セレスはその様子を見つめていた。
「ユウトさん」
「なに?」
「今日、改めて思いました」
少し考えてから、セレスは言葉を選ぶ。
「毒の性質が分かっても、それだけでは人は治せません。薬は量を間違えれば毒になりますし、同じ毒でも体力や症状で使う量は変わります」
「……うん」
「でも逆に、私の経験だけでも、今回の毒の正体までは分かりませんでした」
セレスは小さく笑った。
「知っていることと、それを人に合わせて使うこと。その両方が必要なんですね」
ユウトは頷いた。
「俺も、セレスがいなかったら安全な解毒薬までは作れなかったよ」
セレスは少し驚いたあと、柔らかく微笑んだ。
「それなら、よかったです」
町へ戻ると、セレスはそのまま治療院へ向かった。
助けた冒険者の経過を確認するためだ。
「またね、セレス!」
「はい。皆さんも無理は駄目ですよ」
フィーナへ手を振り、セレスは治療院の中へ消えていった。
ユウトたちは冒険者ギルドへ向かい、毒沼草と湿地の状況を報告する。
受付で話を終えようとした、その時だった。
奥から職員が駆けてくる。
手には、新しい依頼書が握られていた。
【依頼:負傷者救助】
【場所:東街道】
【状況:護衛隊が魔物の襲撃を受けた可能性あり】
【緊急度:高】
「東街道……?」
フィーナの耳がぴんと立つ。
受付の職員は、まだ息を整えきれないまま言った。
「生存者がいる可能性があります。ただ、応援を待っている時間がありません」
報酬の説明は、まだなかった。
ユウトは依頼書を手に取る。
「行こう」
アイリスがすぐに頷く。
「承知いたした」
エリシアも荷物を持ち直した。
「準備はできています」
「フィーナも!」
誰も報酬の額を聞かなかった。
治療院へ戻ったセレスは、まだそのことを知らない。
そしてユウトたちは、休む間もなく東街道へ走り出した。
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