表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一度見た魔法とスキルを【鑑定】したら、すべて習得できました  作者: 阿鼻恭介
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/80

第2章 第45話 知ることを楽しむ魔導師

 遺跡の奥に刻まれた古代魔法陣は、先ほどまでの不規則な明滅が嘘のように静まっていた。


 床一面へ複雑に刻まれた線のうち、損傷していた箇所にはまだ修復の痕跡が残っている。ユウトが【鑑定】によって見つけた魔力循環の破断箇所を伝え、エリシアが古代文字の意味を読み解きながら、本来つながるべき術式の位置を特定した。その情報を組み合わせ、必要最低限の補修を施した結果だった。


 完全に元通りになったわけではない。


 それでも、暴れていた魔力の流れは落ち着いている。


「……やっぱり、そういう役割だったんですね」


 しゃがみ込んだエリシアが、魔法陣の一部を指先でなぞった。


 細長い耳がわずかに動いている。遺跡で初めて出会った時には眠そうに半分閉じられていた目も、今はまるで別人のように冴えていた。


「エリシアが読んだ古代文字だと、そうなるの?」


「はい。正確には、地下へ集まる魔力を一か所へ滞留させないための調整設備……だと思われます」


「思われる?」


「古代文字にも欠損がありますから」


 エリシアは当然のように答えた。


「読める部分には、『集める』『巡らせる』『外へ返す』に近い意味の文字があります。ただ、全体の文章が残っているわけではありません。本来の設計者が何を目的としていたかまでは断定できませんね」


「なるほど」


 ユウトは床の魔法陣へ視線を落とし、改めて【鑑定】を意識した。


【古代魔法陣】

【状態:応急修復済み】

【魔力循環:安定】

【構造損傷:複数箇所】

【主要損傷:修復済み】

【未修復箇所:あり】

【推定機能:魔力循環補助】

【詳細用途:情報不足】

【古代文字:意味解析不能】


 やはり、分かることと分からないことがはっきり分かれている。


 構造のどこが壊れているかは見える。


 魔力がどこから入り、どこで詰まり、どこへ流れようとしていたのかも分かる。


 けれど、その装置が作られた時代の思想や、文字に込められた意味までは【鑑定】だけでは読み取れない。


「興味深いですね」


 エリシアが呟いた。


 もう何度目か分からない言葉だったが、今度は魔法陣ではなくユウトを見ている。


「なにが?」


「ユウトさんの【鑑定】です」


 フィーナが耳をぴくりと動かした。


 アイリスも壁際で周囲を警戒しながら、僅かにこちらへ視線を向ける。


「魔法陣の壊れている場所だけでなく、魔力がどこで乱れているのかまで分かる。それだけでも普通ではありません」


「そうなの?」


「普通ではありません」


 即答だった。


 エリシアは立ち上がり、服の裾についた石埃を払う。


「魔法陣の異常を調べる場合、普通ならまず外側の術式を写し取ります。それから魔力を少量ずつ流し、どこで挙動が変わるか確認して、記録を比較するんです。複雑なものなら、それだけで何日もかかります」


「そんなに?」


「場合によっては何週間も」


 ユウトは少し考え込んだ。


 自分が見た情報を、そのまま比較できることに慣れてしまっていた。


「俺は、見えた情報を整理して言ってるだけなんだけど」


「その『だけ』が研究者泣かせなんですよ」


 エリシアは珍しく小さく笑った。


「何日もかけて探すべき箇所を、一目見て候補まで絞れるんですから」


「でも、古代文字は分からなかったよ」


「だから面白いんです」


 返事が早かった。


 エリシアは再び魔法陣へ視線を落とす。


「ユウトさんは構造が見える。でも、ここに書かれた言葉の意味は分からない。私は文字を読めます。でも、魔力の流れをここまで細かく追うことはできませんでした」


 指先が、修復した線の上で止まった。


「一人では分からなかったものが、二人なら分かった」


 その声音には、確かな満足があった。


 ユウトにも、その気持ちはよく分かった。


 知らなかったものが分かる。


 分からなかった理由が見える。


 そこから新しい考え方が生まれる。


 知ることそのものが、楽しい。


「エリシアって、本当に魔法が好きなんだね」


「はい」


 迷いのない返事だった。


「知らなかったことを知れるんです。楽しくないはずがありません」


「分かる気がする」


 ユウトが笑うと、エリシアは少しだけ目を細めた。


 その時。


「ユウトお兄ちゃーん」


 背後から、どこか力の抜けた声が響いた。


 振り返ると、フィーナが壁にもたれながら腹を押さえている。


「お腹すいた!」


「……そういえば、もう結構経ってるか」


「フィーナ、さっきからずっと我慢してたんだよ?」


「すまぬ。拙者も調査へ気を取られていた」


 アイリスが申し訳なさそうに眉を下げる。


 エリシアは一度だけフィーナを見てから、何事もなかったように魔法陣へ向き直った。


「では、ここをもう少し調べてから――」


「だめ」


 フィーナが即座に言った。


「え?」


「今ご飯!」


「食べながら話せます」


「そういう意味じゃないよ!?」


 遺跡の静けさを、フィーナの声が吹き飛ばした。


 ユウトは思わず笑ってしまう。


 調査に夢中になれば食事すら忘れる。


 エリシアについて聞いていた話が、ほんの短い時間でよく分かった気がした。


 結局、残りの確認は後回しにして、一行は遺跡の外へ出た。


 入口付近の開けた場所へ腰を下ろし、持ってきたパンと干し肉を分ける。


 フィーナは一口目から幸せそうに尻尾を振り、アイリスは周囲を確認してから静かに食事を始めた。


 一方のエリシアは、パンを片手に持ったまま、膝の上へ置いた紙へ何かを書き続けている。


「エリシア、食べないと冷めるよ」


「パンはそれほど冷めても問題ありません」


「そういう話じゃないと思う」


「では一口」


 言われてようやく一口食べる。


 そのまま、また紙へ視線を落とした。


「何を書いてるの?」


「今回分かったことです。魔力循環の損傷位置、古代文字との対応、修復後の挙動。それとユウトさんの指摘した構造上の問題も記録しています」


「俺の?」


「はい。共有してもらった知識ですから」


 さらりと言われて、ユウトは少しだけ驚いた。


 自分なら【鑑定】で見れば覚えておける。


 けれど、エリシアはそうではない。


 だから記録する。


 見つけたことを残して、次に使える形へする。


 知識というものは、頭の中にあるだけではなく、誰かへ渡せる形にすることで価値が増えるのかもしれない。


「ねえ、エリシア」


「はい?」


「今までずっと一人で調査してたの?」


「基本的には」


「危なくない?」


「危険な場所へ入る場合は、冒険者へ護衛を依頼することもあります。ただ、調査自体は一人の方が気楽なので」


 そこでエリシアは筆を止めた。


「……と思っていました」


「今は違うの?」


「少しだけ」


 視線が、フィーナとアイリスへ移る。


「遺跡の中で私が魔法陣へ集中している間、フィーナさんは音や匂いから周囲を警戒していました。アイリスさんも入口と通路を何度も確認していましたよね」


「当然でござる。調査中の者を守るのも同行者の役目ゆえ」


「フィーナもちゃんと見てたよ!」


 胸を張るフィーナに、エリシアは頷いた。


「おかげで私は魔法陣だけを見ることができました」


 少しの沈黙のあと、彼女は続ける。


「一人で何でもやるより、得意なことを任せた方が、調査は進むのかもしれませんね」


 その言葉を聞きながら、ユウトは自分にも当てはまる気がした。


 自分には【鑑定】がある。


 戦える。


 探索もできる。


 魔法も使える。


 だからといって、自分一人ですべてを見る必要はない。


 フィーナには自分にはない耳と鼻がある。


 アイリスには長年鍛えた剣士としての経験がある。


 そしてエリシアには、自分が読めない文字と積み重ねた魔法知識がある。


 できることが増えるほど、他人が不要になるわけではない。


 むしろ、一人では見えなかったものが増えていく。


「……興味深いですね」


 今度はユウトが口にした。


 エリシアが顔を上げる。


「真似しました?」


「ちょっとだけ」


「使用料を取ります」


「取るの!?」


 フィーナがまた笑い出した。


 食事を終える頃には、空は少し傾き始めていた。


 遺跡へ戻り、危険がないことを確認したあと、エリシアは記録をまとめる。


 今回の調査で、異常発光の直接原因だった損傷箇所は修復できた。


 残っている劣化部分については、無理に触れずギルドへ報告し、必要なら専門家を交えて再調査することになった。


 すべてをその場で直そうとしない。


 分からない部分を分からないまま残す判断も、調査には必要なのだとエリシアは言った。


 帰り道。


 しばらく無言で歩いていたエリシアが、不意に口を開いた。


「ユウトさん」


「ん?」


「一つ相談があります」


 ユウトが振り返る。


 フィーナとアイリスも足を緩めた。


「今すぐ仲間になりたいという話ではありません」


 最初にそう前置きした。


「今回の調査は、とても有意義でした。それに……一人で調べている時より、楽しかったです」


 エリシアは少しだけ言葉を選ぶ。


「ですから、しばらくの間、皆さんの依頼へ同行させてもらえませんか?」


「期間を決めて?」


「はい。私も皆さんと行動してみたいです。そのうえで、自分に合うか考えたいと思います」


 ユウトは迷わなかった。


「いいよ」


「よろしいのですか?」


「もちろん。ただ、無理に合わせなくていいからね」


 ユウトは続ける。


「俺たちと一緒にいるのが合わないと思ったら、いつでも離れていい。エリシアが決めればいいよ」


 エリシアは目を瞬いた。


 それから、ごく僅かに微笑んだ。


「……そう言われると、余計に試してみたくなりますね」


「え?」


「いえ」


 彼女は前を向く。


「だからこそ、一緒に行ってみたいです」


 フィーナが嬉しそうに尻尾を振った。


「じゃあ、しばらく四人だね!」


「うむ。歓迎いたす」


「よろしくお願いします」


 そうして、正式な仲間ではない、一人の臨時同行者が増えた。


 町へ戻る頃には日が傾き、冒険者ギルドの中も依頼帰りの冒険者たちで賑わっていた。


 報告を終えたユウトたちが依頼板の前を通り過ぎようとした時だった。


 エリシアの足が止まる。


「……待ってください」


 先ほどまで眠そうだった目が、瞬く間に研究者のそれへ変わった。


 視線の先には、一枚の新しい依頼票。


 その中央に書かれた短い一文を読んだエリシアは、パンを食べるのすら忘れていた時よりも強く目を見開いた。


「ユウトさん」


「どうしたの?」


 エリシアは依頼票から目を離さないまま言った。


「……これ、少し調べてみたいです」

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


そして本日はここまで明日も5話投稿します。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ