第2章 第44話 知識をつなぐ
床を走る光が、脈打つように強くなった。
【古代魔法陣】
【魔力循環:急上昇】
【第二経路:損傷】
【第一経路:過負荷】
【警告:制御限界まで残り僅か】
「今の情報だけじゃ、安全に止める方法が分からない!」
ユウトが叫ぶと、エリシアは魔法陣から目を離さないまま答えた。
「ならば、停止方法だけを探すのはやめましょう」
「え?」
「この設備が長期間使われていたのなら、異常が起きた瞬間に壊れる構造とは考えにくいです。損傷時のための制御手段が残されている可能性があります」
確証ではない。
けれど、分からないまま魔力へ直接干渉するよりはいい。
「フィーナ!」
「うん!」
「光ってない床だけ通って、壁と床を見て! 溝とか窪みとか、周りと違うところがあったら教えて!」
「フィーナに任せて!」
「アイリスは入口を!」
「承知いたした。ここより先へは通さぬ!」
二人が動いたのを確認し、ユウトは再び魔法陣へ意識を戻した。
三本に分かれるはずだった魔力が、損傷した第二経路を避けて第一経路へ集中している。
問題は、魔力が多すぎることだけではない。
逃げ場がない。
「エリシア。余った魔力を外へ逃がす意味の文字って分かりますか?」
「排出、放出、還す……そのあたりですね」
エリシアは記録紙を素早くめくる。
「外周に似た文字列がありました。こちらです」
二人は床の一角へ移動した。
半分ほど摩耗した文字列と、その内側に細い補助線が残っている。
「『余剰』『外』『還す』……やはり、余った魔力を外へ戻す意味でしょう」
ユウトも【鑑定】する。
【古代魔法陣・外周補助術式】
【状態:休止】
【術式構造:一部解析可能】
【接続先:外部】
【推定機能:余剰魔力処理】
【起動条件:情報不足】
「これだ。外へ逃がすための術式みたいです」
「起動方法は?」
「分かりません」
ユウトが即答すると、エリシアの口元がわずかに緩んだ。
「潔いですね」
「分からないのに触ったら危ないですから」
「同感です」
エリシアは再び文字を追った。
「ここに続きがあります。『流れを閉じた後、余剰を還す』……いえ」
そこで眉を寄せる。
「順序が逆かもしれません」
「逆?」
「この古代文字は、後ろの語が前の動作へ掛かる場合があります。『余剰を還した後、流れを閉じる』とも読めます」
ユウトは第一経路を見る。
過負荷状態。
もし先に流入を止めれば、行き場を失った魔力が中央へ逆流する可能性がある。
「たぶん後者です」
「理由は?」
「今の構造だと、先に流れを止めたら魔力の逃げ場がなくなる」
エリシアが目を細めた。
「……なるほど。構造から文章の意味を絞るわけですね」
「逆に、俺は文章を読んでもらえないと順番まで分からないです」
「では、互いに足りないところを埋めましょう」
ユウトは頷いた。
まず逃げ道。
次に流入量を減らす。
完全停止はそのあとだ。
「でも、排出側を開く操作方法がまだ分からない」
「探します」
「俺も構造を見ます」
二人が同時に動く。
◇
「ユウトお兄ちゃん!」
広間の反対側からフィーナの声が飛んだ。
「ここの壁、他と違う!」
ユウトたちが駆け寄る。
苔の生えた石壁。
一見すると何もない。
だがフィーナは壁際へしゃがみ込み、三つ並んだ小さな窪みを指差した。
「ここだけ埃の溜まり方が違うの。それに、真ん中の窪みだけ少し深い」
「よく気付いたね」
「最初はただの傷だと思ったんだけど、同じ形が三つ並んでたから変だなって」
答えを突然見つけたわけではない。
違和感に気付き、比べ、確かめた。
その積み重ねが発見につながっている。
「えへへ!」
エリシアは窪みの上に刻まれた古代文字へ顔を近づけた。
「読めます。第一が『外へ還す』。第二が『流れを閉じる』。第三が……『常の巡り』」
「通常運転、かな」
「その意味でほぼ間違いないでしょう」
ユウトは制御部そのものへ【鑑定】を使う。
【古代制御部】
【状態:稼働可能】
【操作部:三箇所】
【第一操作部:外周補助術式と接続】
【第二操作部:主循環経路と接続】
【第三操作部:中央術式と接続】
【注意:操作順によって魔力逆流の可能性あり】
意味までは出ない。
どこへ繋がっているかだけが分かる。
「エリシアの読みと合ってます。第一が外周排出、第二が主循環、第三が中央」
「なら、順番も絞れます」
「第一からです」
「ええ」
その時、入口側から獣の唸り声が響いた。
「ユウト!」
アイリスが叫ぶ。
「二体来る!」
「任せる!」
「承知!」
直後、石床を蹴る音。
剣戟が一度。
二度。
短い咆哮。
重い何かが床へ倒れる音が続いた。
さらにもう一つ、魔物の気配が消える。
ユウトは振り返らなかった。
アイリスが守ってくれている。
だから今は、こちらへ集中できる。
「第一を!」
「押します」
エリシアが最初の窪みへ指を入れる。
低い音が広間全体へ響いた。
外周の一部が淡く光り、圧迫感がわずかに薄れる。
【外周補助術式:稼働】
【魔力排出:開始】
「開いた!」
「ですが、まだ流入量が多いです」
「次は俺が絞ります」
「どうやって?」
「以前覚えた魔法制御を使います」
ユウトは魔法陣の外側へ両手を向けた。
頭に思い浮かべるのは、過去に何度も調整してきた初級魔法だ。
ファイアボールの威力を落とすために使った、魔力流量を細く絞る制御。
そして風魔法の範囲を狭めた時に覚えた、魔力が広がる方向だけを限定する術式。
二つとも、すでに理解している魔法理論だ。
それを攻撃へ使うのではなく、目の前の魔力の流れへ重ねる。
「新しい術式を古代魔法陣に書き込むわけじゃありません。外から一時的に、第一経路へ入る量だけを減らします」
「なるほど」
「古代魔法陣そのものは変えない」
「それなら、失敗しても術式を壊す危険は低いですね」
「はい」
【魔法上達】が、ユウトの理解した制御を安定させる。
答えをくれるわけではない。
自分で考えた操作を、より正確に形へするだけだ。
「いきます」
淡い魔力がユウトの手元から伸び、第一経路の外側へ重なる。
光が揺れた。
強かった流れが、少しずつ細くなる。
【第一経路:過負荷】
【負荷率:低下中】
「下がってます!」
「もう少し……!」
額に汗が浮かぶ。
強い魔法を撃つ方が簡単だった。
壊さず、止めず、必要な量だけ変える。
力ではなく精度が要る。
「ユウト、右!」
アイリスの声。
視界の端を魔物が横切る。
だが次の瞬間、アイリスが踏み込み、一閃で進路を断った。
「こちらは気にするな!」
「ありがとう!」
ユウトは制御を維持する。
「エリシア!」
「流量、十分に落ちました!」
「第二!」
「押します!」
エリシアが二つ目の窪みを押す。
床一面の光が一度だけ強く膨らんだ。
「わっ!」
フィーナが耳を伏せる。
中央へ集まった光が震え――やがてゆっくりと消えていった。
低く響いていた振動も止まる。
静寂。
ユウトはすぐに【鑑定】した。
【古代魔法陣】
【状態:停止】
【魔力循環:停止】
【過負荷:解消】
【構造損傷:三箇所】
【再起動:非推奨】
「……止まった」
大きく息を吐く。
「終わったか?」
アイリスが剣を払って戻ってきた。
入口側には二体の魔物が倒れている。
「うん。アイリスもありがとう」
「役目を果たしたまでだ」
「フィーナも見つけたよ!」
フィーナが三つの窪みを指差す。
「うん。あれがなかったら、もっと危なかった」
「えへへ!」
その横で、エリシアは停止した魔法陣を見つめていた。
「……興味深いですね」
「何がです?」
「古代文字を読めても、私は魔力がどこで滞っているか分かりませんでした」
エリシアはユウトへ視線を向ける。
「あなたは流れを見つけられても、文字の意味を知らなかった」
「そうですね」
「フィーナさんが制御部を見つけ、アイリスさんが外を守った」
彼女は手元の記録紙へ目を落とす。
「一人では、ここまで辿り着けなかったでしょう」
ユウトも同じことを感じていた。
知識を持っているだけでは足りない。
自分にないものを誰かが持っている。
それを出し合い、繋げることで初めて答えになる。
「俺も、エリシアがいなかったら止め方までは分かりませんでした」
「……そうですか」
エリシアがわずかに笑った。
その時。
ずずず、と石の擦れる音が広間へ響いた。
四人が同時に振り向く。
先ほどフィーナが見つけた壁が、ゆっくり横へ動き始めていた。
「止めたのに動いた!?」
「違います」
エリシアが壁際の文字へ目を凝らす。
「停止処理の完了で、安全機構が作動したようです」
開いた先には、地下へ続く石段があった。
冷たい空気が、暗い奥から流れ上がってくる。
ユウトは石段へ【鑑定】を向けた。
【古代遺跡・下層通路】
【状態:通行可能】
【内部情報:未確認】
「……行く?」
フィーナが覗き込みながら聞く。
ユウトは暗い階段を見つめた。
知りたい。
何があるのか確かめたい。
けれど、今回の依頼は異常確認と周辺の安全調査だ。
「今日は行かない」
「調べないの?」
「調べたいよ。でも準備なしで入るのは違うと思う。まずギルドに報告しよう」
「うん!」
「堅実でござる」
エリシアはしばらく階段を見つめていたが、やがて記録紙を閉じた。
「では、私も戻ります」
「エリシアも?」
「もちろんです。まだ分かっていないことが多すぎますから」
そこで一度言葉を切る。
「それと……次の調査も、あなたたちと一緒に行っていいでしょうか?」
「俺たちと?」
「はい」
エリシアは抱えた記録紙を軽く持ち上げた。
「一人で調べるより、その方がずっと興味深いので」
ユウトはフィーナとアイリスを見る。
「フィーナはいいよ!」
「拙者にも異存はない」
「じゃあ、次も一緒に調べましょう」
「ありがとうございます」
エリシアは小さく笑った。
「記録しておきます」
来た時には三人だった遺跡への道を、帰りは四人で歩いた。
まだ同じ仲間ではない。
それでもユウトには、行きより少しだけ、その道が賑やかになったように感じられた。
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