第2章 第43話 一人では読めない答え
「……壊れてる場所なら、分かるかもしれない」
ユウトの言葉に、エリシアの眠そうだった目が大きく開いた。
「分かる、というのは?」
「正確には、魔法陣のどこで魔力の流れが崩れてるかなら」
ユウトは床一面へ広がる古代魔法陣へ視線を戻した。
【古代魔法陣】
【状態:異常作動】
【魔力循環:不安定】
【構造損傷:三箇所】
【異常箇所:外周術式・第二接続部/中央術式・補助線/北側制御部】
【古代文字:意味解析不能】
情報は見える。
けれど、それだけでは足りない。
どこが壊れているかは分かっても、そこへ刻まれた文字が何を意味し、魔法陣全体の中でどの役割を担っているのかまでは理解できなかった。
「損傷してる場所は三箇所あります」
「三箇所?」
エリシアが立ち上がる。
「外側に一つ、中央に一つ。それから北側のこの辺りです」
ユウトが順番に示すと、エリシアは紙と筆を持ったまま素早く移動した。
普段の眠そうな雰囲気が消えている。
「ここですか?」
「その線と、隣の接続部分」
「……なるほど」
エリシアが床へ膝をつく。
魔法陣の縁には、細かな文字が円を描くように刻まれていた。
「読めるんですか?」
「古代アルテシア文字です。完全ではありませんが、研究していましたから」
「俺には全然分からなくて」
「全然?」
「はい」
エリシアが顔を上げる。
「損傷箇所は分かるのに?」
「文字の意味は分からないです」
「……興味深いですね」
今度は明らかに研究者の顔だった。
フィーナがユウトの服を小さく引く。
「ユウトお兄ちゃん」
「何?」
「この人も、ユウトお兄ちゃんと同じ顔してる」
「同じ顔?」
「知らないもの見つけた時の顔」
「……そうかな」
「してる」
横でアイリスまで頷いた。
「拙者にもそう見える」
「二人とも……」
「少し静かにお願いします」
エリシアが魔法陣を見たまま言う。
「あ、すみません」
「いえ。面白いので後で続きを聞かせてください」
フィーナが目を丸くした。
「聞いてたんだ……」
エリシアは答えず、古代文字を指で追っていく。
「外周は……魔力の受け入れ。こちらは流量制御。それから……この文字は循環ですね」
「循環?」
「はい。少なくとも、ここに残っている記述を見る限り、攻撃を目的とした術式ではなさそうです」
エリシアは記録紙へ文字を書き込みながら続けた。
「外から魔力を取り込み、内部へ送り、一定量を循環させる。ここまでは読めます」
ユウトはもう一度【鑑定】する。
【機能推定:魔力収集・循環】
【詳細用途:情報不足】
「合ってます。魔力を集めて循環させる機能みたいです」
エリシアの筆が止まった。
「……本当にそこまで分かるんですね」
「でも、何のために循環させるかは分かりません」
「こちらも同じです」
「え?」
「文字は読めます。しかし、文章が欠けています」
エリシアが中央付近を示す。
「この辺り。石床そのものが削れていて、術式と文字が一緒に失われています。だから、この魔法陣が最終的に何を目的としていた設備なのか、文面だけでは断定できません」
ユウトは削れた床へ【鑑定】を向けた。
【古代魔法陣・中央部】
【状態:摩耗・欠損】
【欠損原因:長期劣化】
【機能:一部解析不能】
【復元条件:本来の術式情報不足】
壊れている場所が分かっても、失われたものの形までは分からない。
「やっぱり駄目だ」
「何がです?」
「壊れてることは分かっても、元の術式が分からないから、このままじゃ正しく直せない」
「当然です」
エリシアはあっさり言った。
「知らないものを、知らないまま正しく直せるはずがありません」
ユウトは一瞬驚いた後、笑った。
「そうですよね」
「ええ。ですから調べます」
エリシアは新しい紙を取り出した。
「少し調べてみましょう」
その声音は、先ほどまでよりわずかに楽しそうだった。
◇
本格的に魔法陣を調べる前に、ユウトはフィーナとアイリスへ周囲の確認を頼んだ。
「フィーナは魔法陣に入らず、壁と床を見てもらえる?」
「分かった!」
「アイリスは入口側をお願い。何か来たら教えて」
「承知いたした」
魔法陣の異常と魔物増加の関係は、まだ分かっていない。
調査へ集中するからこそ、周囲への警戒を疎かにはできなかった。
ユウトとエリシアは、三箇所ある損傷のうち、魔力の偏りが最も大きい外周部から調べることにした。
残る中央術式と北側制御部も気になるが、まず現在の異常作動へ直接影響している場所を優先する。
「ここです」
ユウトは外周の損傷箇所を指した。
「この線で魔力が途切れて、その先へ余計に流れてます」
「では、この文字列は本来の流れを指定しているはずですね」
エリシアが古代文字を読む。
「『外より受け、第三路へ送り、余剰は――』……ここから欠けています」
「第三路?」
「この魔法陣には、複数の魔力経路があるようです」
ユウトは構造を見る。
一本ではない。
外周から入った魔力が三つへ分かれ、再び中央付近で合流している。
だが、現在は第二の経路が損傷し、第一へ過剰な魔力が流れ込んでいた。
「たぶん、これです」
ユウトが指で経路をなぞる。
「本来三つに分ける魔力が、今は二つにしか流れてない。それで片方に負担が集中してる」
エリシアが、その線と古代文字を交互に見る。
「……そういうことですか」
「文字にも書いてあります?」
「正確には、あなたの説明を聞いて意味が繋がりました」
エリシアは床を指した。
「ここに『均等』という語があります。私は、魔力を均等に蓄積する意味だと思っていました。しかし三経路へ均等に分配する、と考えた方が自然です」
「じゃあ俺の方も、一つ分かりました」
もう一度【鑑定】する。
【機能推定:三系統への魔力分配】
【異常原因:第二経路損傷による偏流】
先ほどより意味が明確になっている。
エリシアの知識によって言葉の意味を知り、それを構造と結びつけて考えた結果だった。
【鑑定】が最初から答えをすべて持っていたわけではない。
分からなかった情報を得て、自分で理解したからこそ、見えていた構造の意味まで繋がったのだ。
「エリシア」
「はい?」
「この第二経路って、どこへ繋がってるか文字から分かる?」
「少し待ってください」
エリシアが自分の記録を遡る。
「……ありました。『東室』『西室』『下層』」
「下層?」
三人の声が重なった。
フィーナがすぐに振り向く。
「下って、地下?」
「可能性は高いですね」
エリシアは周囲を見回した。
「ですが、この遺跡に地下があるという記録は見たことがありません」
「ユウトお兄ちゃん!」
フィーナの声が飛んできた。
「こっち!」
壁際へ駆け寄る。
そこには苔と土埃に覆われた石壁しかない。
だがフィーナは鼻を近づけ、白い耳を動かした。
「この向こうから風が来てる」
「壁なのに?」
「うん。それと……下の方から音がする」
ユウトが壁へ【鑑定】を向ける。
【古代遺跡・隔壁】
【状態:閉鎖】
【構造:可動式】
【開閉機構:魔法陣制御】
【接続先:下層通路】
「……地下、本当にある」
エリシアが立ち上がった。
「そんな記録、見たことがありません」
「魔法陣が正常に動いたら開くのかも」
「可能性はあります」
「フィーナが見つけた!」
嬉しそうに尻尾が揺れる。
「うん。俺じゃ気付かなかった」
「えへへ!」
その瞬間だった。
床の魔法陣が強く明滅した。
「ユウトお兄ちゃん!」
フィーナが飛び退く。
アイリスも即座に剣を抜き、二人とエリシアを庇える位置へ移った。
「下がるでござる!」
広間全体へ低い振動音が響く。
魔力が一気に中央へ集まり始めた。
ユウトはすぐに【鑑定】する。
【古代魔法陣】
【魔力循環:急上昇】
【第二経路:損傷】
【第一経路:過負荷】
【警告:制御限界まで残り僅か】
「まずい!」
「何が起きています?」
「壊れた経路を避けた魔力が、一箇所へ集まりすぎてる!」
床を走る光が太くなる。
先ほどまで淡かった術式の線が、一つ、また一つと眩しいほどに輝き始める。
「止められますか?」
エリシアの問いに、ユウトはさらに情報を探した。
【停止条件:未特定】
【必要情報:制御術式の構造・魔力遮断方法】
【警告:現在の情報のみでは安全停止不能】
答えは出ない。
まだ足りない。
「今の情報だけじゃ、安全に止める方法が分からない!」
エリシアは魔法陣を見下ろし、初めて明確に表情を険しくした。
「ならば、見つけるしかありませんね」
「うん」
壊れる前に。
二人で。
広間を満たす光が、さらに一段強くなった。
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