第2章 第42話 三人で選ぶ次の依頼
朝の冒険者ギルドは、依頼を探す冒険者たちの声で賑わっていた。
ユウトの隣ではフィーナが依頼掲示板を見上げ、そのさらに隣にはアイリスが立っている。
少し前までは一人だった。
フィーナが加わり、今はアイリスもいる。
三人で同じ掲示板を眺めていることが、ユウトにはまだ少し新鮮だった。
「これ……討伐?」
フィーナが一枚の依頼票を指差す。
文字をすべて読めるわけではない。それでも、何度も見た単語や依頼票に描かれた簡単な印なら少しずつ分かるようになってきていた。
「うん。ゴブリン討伐だね」
「こっちは?」
「薬草採取」
「これは……護衛?」
「正解」
「えへへ!」
白い尻尾が嬉しそうに揺れる。
アイリスがその様子を見て、小さく頷いた。
「日々の積み重ねとは、やはり侮れぬものでござるな」
「フィーナ、もっと読めるようになるよ!」
「その意気でござる」
褒められたフィーナが胸を張る。
ユウトはそんな二人を見ながら、掲示板へ視線を戻した。
「今日はどうしようか」
「フィーナは探す依頼がいい!」
「拙者は戦闘がある依頼でも構わぬが、三人でなければ出来ぬ経験があるものを選びたい」
アイリスの言葉に、ユウトは少し嬉しくなる。
仲間になったからといって、一人で修行してきた時間が消えるわけではない。けれどアイリスは今、一人で出来ることではなく、三人だから経験できるものを探している。
「それなら――」
ユウトが掲示板を見渡した時、フィーナの鼻が小さく動いた。
「ユウトお兄ちゃん」
「どうした?」
「なんか、昨日より紙の匂いが新しいのがある」
「紙の匂い?」
「うん。あれ」
指差したのは、掲示板の端に貼られた依頼票だった。
ユウトが近づく。
【依頼:低級遺跡周辺の安全確認】
【内容:遺跡内部で不安定な魔力反応を確認。周辺の魔物出現数との関連を調査】
【推奨:複数人】
【備考:魔導師一名が先行調査中】
「遺跡か」
その単語だけで、ユウトの興味が大きく動いた。
「ユウトお兄ちゃん、顔がちょっと楽しそう」
「そんなに分かりやすい?」
「うん!」
「未知のものを調べられるとなれば、ユウトが興味を示すのも当然でござろう」
アイリスにまで言われ、ユウトは苦笑する。
「でも依頼だからね。面白そうだけで決めるのも良くない」
まず条件を確認する。
低級遺跡そのものは新人冒険者でも周辺調査を担当することがある。ただし今回は魔力反応の乱れが報告されているため、複数人での行動が推奨されている。
「フィーナはどう?」
「行きたい!」
「理由は?」
「遺跡なら、罠とか変な道とかあるかもしれないから。フィーナ、そういうの探す練習したい!」
以前なら、ユウトが行くから行くと答えていたかもしれない。
今は自分なりの理由がある。
「アイリスは?」
「異論はない。狭い場所での立ち回りも修行になる。それに、魔力の異常が魔物へ影響しているなら、放置も出来ぬでござろう」
「じゃあこれにしよう」
三人で受付へ依頼票を持っていった。
受付職員は冒険者カードを確認してから、依頼内容を改めて説明した。
「遺跡自体は以前から知られている小規模なものです。確認されている魔物も、これまでは低危険度のみでした。ただ、昨日から内部の魔力反応が不規則になっています」
「魔力反応が不規則?」
「はい。常駐している研究者はいませんので、昨日、町に滞在していた魔導師の方が先に確認へ向かいました」
「まだ戻ってないんですか?」
「予定では今日の昼まで調査を続けるとの届け出です。ですから、現時点では問題ありません」
そう言いながらも、受付職員は一枚の記録へ目を落とした。
「ただし、内部の魔法陣には触れないでください。古い術式が残っている可能性があります。異常があれば戦闘より退避と報告を優先してください」
「分かりました」
ユウトたちは依頼を受け、ギルドを出た。
◇
町を出る前に必要な物を揃え、三人は遺跡へ向かう街道を歩く。
「そういえばアイリス」
「何でござる?」
「昨日の続きをやる?」
「昨日の続き?」
フィーナがすぐに笑った。
「リバーシ!」
アイリスの足が一瞬止まる。
「……当然でござる」
「まだやるの!?」
「昨日は一勝も出来なかったのでござるぞ」
「遊びなんだから、そんなに真剣にならなくても」
「遊びだからと手を抜く理由にはならぬ」
真顔だった。
ユウトとフィーナは顔を見合わせる。
そして二人同時に笑った。
「な、何がおかしいのでござる?」
「何でもない!」
「うん。何でもないよ」
「絶対に何かあるでござろう!」
遺跡へ向かう道中は、昨日までより少しだけ賑やかだった。
休憩のため街道脇に腰を下ろした時、フィーナが荷物から小さな布袋を取り出す。
「持ってきた!」
「まさか……」
中から出てきたのは、簡易的なリバーシの駒だった。
盤はないため、ユウトが地面へ八本ずつ線を引く。
「では、勝負でござる」
「フィーナ、負けないよ!」
対局が始まった。
昨日のアイリスは、取れる駒が多い場所を優先していた。
今日は違う。
一手ごとに盤面全体を見ている。
「そこ!」
フィーナが置く。
「……ならば、こちら」
「むっ」
序盤は互角。
中盤、アイリスが少し優勢になる。
「今度こそ勝てるのではござらぬか?」
「まだ分かんないよー」
フィーナは笑いながら一枚置いた。
その瞬間、盤面の流れが変わる。
「……何?」
「ここ取ったら、次ここも取れる!」
数手後。
フィーナの勝利だった。
「……」
アイリスが盤面を凝視している。
「アイリス?」
「敗因を考えているのでござる」
「すぐ次やろうって言わなくなったね」
「同じ負け方を繰り返しても意味がないと学んだ」
ユウトは少し感心した。
遊びの中でも、アイリスは失敗をそのまま終わらせない。
「さっきのところ、あそこまでは良かったと思うよ」
「ユウトには分かるのか?」
「俺なら、あの次は端の近くを避けるかな」
「理由を聞いても?」
「もちろん」
ユウトは盤面を指差しながら説明した。
フィーナも途中から加わる。
「フィーナはね、ここ取ってほしかったの!」
「なぜでござる?」
「そこ取ったら、次にこっち取れるから!」
「なるほど……」
アイリスは真剣に聞いている。
ユウトはふと気付いた。
自分が知っていることを伝える。
フィーナも自分が考えたことを伝える。
アイリスはそれを聞き、自分で考え直す。
一人なら、自分の失敗からしか学べない。
三人なら、三人分の見方を知ることができる。
それは戦いでも同じなのかもしれない。
「次は勝つでござる」
「フィーナも負けない!」
「帰ってからね。今は依頼」
「承知いたした」
二人が同時に答えた。
◇
昼を過ぎた頃、目的の遺跡が見えてきた。
森の斜面へ半分埋もれるように、古びた石造りの入口が口を開けている。
崩れた柱。
苔の生えた石壁。
古い文字らしきものが刻まれているが、ユウトには読めなかった。
「匂いは?」
「人の匂いが一人。中に入ってる」
「先行してる魔導師かな」
「たぶん。でも……」
フィーナの耳が動く。
「変な音がする」
「どんな?」
「低い音。ずっと同じじゃなくて……強くなったり、弱くなったり」
ユウトも入口へ意識を向けた。
【魔力感知】でも分かる。
奥から流れてくる魔力が一定ではない。
強まり、弱まり、再び強まる。
まるで何かが正常に流れず、どこかで引っ掛かっているようだった。
「これは確かに変だ」
アイリスが剣へ手を掛ける。
「拙者が前へ出よう」
「お願い。フィーナは周囲を確認して」
「うん!」
三人は遺跡へ入った。
内部は思ったより広くない。
壁へ刻まれた古い模様を追いながら進むと、やがて前方から淡い光が見えた。
同時に、女性の声。
「……違いますね」
三人が足を止める。
「ここでもない」
また声がする。
「なら、どこが壊れているんでしょう……」
広間の中央。
床一面へ描かれた古い魔法陣の前に、一人のエルフがしゃがみ込んでいた。
長い耳。
魔導師らしい杖。
傍らには何枚もの記録紙。
眠そうな目をしているのに、その視線だけは魔法陣へ鋭く向けられている。
ユウトたちに気付いた女性が、ゆっくり顔を上げた。
「冒険者の方ですか?」
「はい。ギルドから安全確認に来ました」
「助かります」
彼女は少しだけ安心したように息を吐いた。
「私はエリシア。ここを調べている魔導師です」
そう名乗った直後、床の魔法陣が大きく明滅した。
空気が震える。
ユウトは反射的に【鑑定】を向ける。
【古代魔法陣】
【状態:異常作動】
【魔力循環:不安定】
【構造損傷:あり】
【損傷箇所:解析可能】
【古代文字:意味解析不能】
「……壊れてる場所なら、分かるかもしれない」
「え?」
エリシアの眠そうだった目が、初めて大きく開いた。
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