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一度見た魔法とスキルを【鑑定】したら、すべて習得できました  作者: 阿鼻恭介
第2章

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第2章 第41話 剣だけでは守れないもの

 西の森へ続く街道を、ユウトとフィーナは走っていた。


 日はほとんど沈み、森の奥から伸びる影が街道まで届いている。視界が急速に悪くなる中、フィーナだけは迷わなかった。


「こっち! 血の匂い、だんだん濃くなってる!」


「人の匂い?」


「うん。それと、獣みたいな匂いもある。でも普通の狼とは違う!」


 ユウトも【気配察知】へ意識を集中させる。


 街道から外れた先に、動かない気配が二つ。


 さらに森の奥には、複数の反応があった。


「まず近い方へ行こう」


「うん!」


 茂みを抜けると、横倒しになった荷車が見えた。


 片方の車輪が外れ、積んでいた木箱が周囲へ散らばっている。荷車を引いていた馬は逃げたらしく、千切れた革紐だけが残っていた。


 その脇に二人の男が倒れている。


「大丈夫ですか!」


 ユウトが駆け寄る。


 一人は意識を失い、もう一人は浅い呼吸を繰り返しながら、辛うじて目を開けた。


「た……助け……森に……」


「無理に喋らなくていいです」


 ユウトは二人を順番に【鑑定】した。


【状態:裂傷・打撲・軽度出血】

【意識:混濁】

【生命危険:低】


 もう一人は少し悪い。


【状態:左脚骨折・裂傷・出血】

【意識:消失】

【生命危険:中】

【推奨処置:止血・固定・回復魔法】


 ユウトは傷口を圧迫し、必要な部分だけへ回復魔法を使う。


 骨折まで完全に治すことはしない。


 今ここで優先すべきなのは、命を繋ぎ、町まで安全に運べる状態へすることだ。


【生命危険:低下】


「よし」


 意識のある男が、震える手で森を指した。


「仲間が……二人……森へ逃げた。魔物が……追って……」


「どんな魔物でした?」


「狼……みたいな……でかいやつ……」


 フィーナの白い耳が森へ向く。


「ユウトお兄ちゃん。二人分の匂いが続いてる。そこに魔物の匂いも重なってるよ」


 ユウトは一瞬考えた。


 この二人を放置して森へ入るのは危険だ。


 だからといって、追われている二人を後回しにもできない。


 その時だった。


「フィーナが町へ戻る」


 ユウトが顔を向ける。


 フィーナは倒れた二人と森を見比べながら続けた。


「門まで走って人を呼んでくる。その間にユウトお兄ちゃんが森の人たちを助ける。それが一番早いと思う」


 指示されたからではない。


 フィーナ自身が状況を考え、自分にできることを選んでいる。


「お願いできる?」


「うん! フィーナに任せて!」


「危ないと思ったら戦わないで、そのまま町へ戻るんだよ」


「分かった!」


 フィーナが街道へ駆け戻っていく。


 ユウトは負傷者二人を荷車の陰へ移し、もう一度止血を確認してから森へ入った。


 土の上には足跡が残っている。


【人族の足跡】

【人数:二名】

【状態:走行】

【経過時間:短時間】


 その周囲には、獣のものに似た大きな足跡。


【魔物の足跡】

【分類:四足獣型】

【進行方向:人族の足跡と一致】


「追われてるな」


 ユウトは走った。


 【気配察知】で前方を確かめながら、枝を避け、暗くなり始めた森を進む。


 やがて聞こえてきた。


 獣の唸り声。


 金属が激しくぶつかる音。


 そして――


「はあっ!」


 聞き覚えのある声だった。


「まさか……」


 木々の間を抜けた先で、長剣が夕闇を切り裂く。


「アイリス!」


「ユウト殿!?」


 朝、町を出たはずの竜人族の剣士がそこにいた。


 アイリスの後方には、木の根元へ身を寄せる二人の男。一人は足を傷め、もう一人が庇うように立っている。


 その前を狼型の魔物三体が囲んでいた。


 だが――それだけではない。


 【気配察知】には、さらに左右から近づく二つの反応がある。


 ユウトは目の前の一体へ【鑑定】を向けた。


【フォレストウルフ】

【危険度:E】

【状態:興奮】

【特徴:高敏捷・集団狩猟】

【弱点:首・腹部】

【行動傾向:正面から注意を引き、複数個体で側面へ回り込む】


「全部で五体! 二体が回り込んでる!」


「承知いたした!」


 アイリスが即座に一体へ踏み込み、牙を剣で逸らして首を斬る。


 一体が倒れる。


 その隙に、残る二体が左右へ散った。


 鑑定結果の通りだった。


 正面の敵へ全員で殺到するのではなく、獲物の逃げ道を塞ぐ。


「後ろを狙ってる!」


 ユウトは負傷者たちの前へ入った。


 一体が飛び掛かる。


「ウィンドカッター!」


 威力を絞った風刃が前脚を切る。


 着地を崩した狼。


 ここで首を斬れば倒せる。


 だが、反対側からもう一体が負傷者へ向かっていた。


 ユウトは迷わず傷つけた個体から離れた。


「そっちは行かせない!」


 牙へ剣を合わせ、身体を滑り込ませる。


 力で押し返すのではなく、アイリスから学んだ動きで攻撃線を外側へ逸らした。


「ユウト殿! 先ほどの一体が――」


「アイリスは外の二体を! 囲まれた方が危ない!」


 アイリスが一瞬だけユウトを見る。


「――承知いたした!」


 すぐに方向を変え、森の奥から回り込もうとしていた個体へ斬り込んだ。


 ユウトも目の前の狼を斬り倒す。


 さらに先ほど前脚を傷つけた個体が低い姿勢から飛び込んできた。


 肩。


 前脚。


 視線。


 動きを読む。


 一歩だけ横へ。


 剣で前脚を逸らし、その勢いを殺さず腹部へ刃を通した。


 狼が地面へ崩れる。


 直後、森の奥で一体が倒れた。


 アイリスだ。


 だが、最後の一体が突然進路を変える。


「ユウト殿! 後ろへ!」


 負傷者を狙っている。


 魔法なら間に合う。


 上級魔法なら確実に倒せる。


 しかし、魔物のすぐ先には人がいる。


 ユウトは威力ではなく、安全を選んだ。


「エアバレット!」


 圧縮した風を横腹へ叩きつける。


 殺すためではない。


 進路を変えるための一撃。


 狼の身体が横へ弾かれた。


 その先へアイリスが踏み込む。


「せいっ!」


 一閃。


 最後の一体が倒れた。


 ユウトは魔物には目もくれず、すぐに二人の負傷者へ駆け寄った。


「怪我を見せてください」


 【鑑定】で状態を確認する。


 足を負傷している男も、生命に関わるほどではない。


「大丈夫。町まで戻れば治療できます」


 安堵した男たちを見て、ユウトもようやく息を吐いた。


「ユウト殿」


「何?」


 アイリスが剣を納めながら、静かに尋ねる。


「先ほど、仕留められる敵から二度離れたでござるな」


「うん」


「なぜ?」


 ユウトにとっては、迷うほどのことではなかった。


「倒すのが少し遅れても、まだ取り返せるから」


「……」


「でも、人が死んだら取り返せない。だったら守る方を先にした方がいいだろ?」


 アイリスは答えなかった。


 ただ、自分の剣を一度見下ろす。


 助けを求める者へ駆けつけることなら、アイリス自身も迷わない。


 だが、戦いの最中、目の前の敵を仕留める機会を捨ててまで守る側へ回るという判断は、彼女にとって同じものではなかった。


 その時、遠くから枝を踏む軽い音が聞こえた。


「ユウトお兄ちゃーん!」


 フィーナが戻ってきた。


 後ろには数人の冒険者も続いている。


「人、呼んできたよ!」


「ありがとう、フィーナ」


「えへへ!」


 そしてフィーナは、ユウトの横にいる人物へ気付いた。


「……アイリス!?」


「どうやら、また道が交わったようでござるな」


「朝に別れたばっかりだよ!?」


「拙者も少々驚いておる」


 アイリスによれば、町を出て街道を進んでいた途中、森から助けを求める声を聞き、そのまま駆け込んだのだという。


「放っておけなかったんだ?」


「当然でござる。助けを求める者を見捨てて進むなど、武の道にもとる」


 救援に来た冒険者たちが負傷者を担架へ乗せ始める。


 ユウトも手伝おうとした時、アイリスが自分の背負い袋を地面へ置いた。


「アイリス?」


「拙者も町まで運ぶのを手伝おう」


「でも、旅は?」


「一晩遅れた程度で、修行の道が消えるわけではござらぬ」


 アイリスは担架の片側を持つ。


 その横で、フィーナも小さな荷物を抱えた。


 三人は負傷者たちと共に、町へ向かって歩き出す。


 しばらくして、アイリスがぽつりと呟いた。


「……剣を強くすることばかり考えていたが」


「ん?」


「いや。まだ自分でも上手く言葉にできぬ」


 ユウトはそれ以上聞かなかった。


 答えは、本人が見つけるものだ。


 アイリスもまた、自分で選ぶための途中にいる。


 朝には別々だった三つの足音が、今は同じ町へ向かっていた。


 その意味をアイリス自身が言葉にするまで、もう少しだけ時間が必要だった。

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