第2章 第38話 三人で進む道
朝の冒険者ギルドは、いつもより少し騒がしかった。
依頼板の前には何人もの冒険者が集まり、受付では職員たちが忙しそうに書類を運んでいる。その中でユウトは、隣に立つフィーナと一緒に今日受けられそうな依頼を探していた。
「ユウトお兄ちゃん、これは?」
フィーナが指差した依頼書へ目を向ける。
【依頼:街道付近のオーク確認】
【内容:街道から外れた林でオークらしき姿を見たとの報告あり。周辺確認および危険があれば対処】
【推奨:複数人】
【報酬:討伐数により加算】
「これなら、町からもそれほど遠くないな」
「フィーナも行っていい?」
「もちろん。ただ、戦うかどうかは自分で決めていいよ」
「うん。フィーナは探す役ならできると思う。でも……戦うのは、まだ怖い」
以前なら、そんな言葉を口にすることさえためらっていただろう。
できないと言えば怒られる。役に立たなければ捨てられる。そんな恐怖が、フィーナの中にはまだ残っている。
それでも今は、自分ができることと、怖いことを自分の言葉で伝えられている。
「それでいいよ。見つけてくれるだけでも十分助かるから」
「えへへ! じゃあ、フィーナに任せて!」
白い尻尾が元気よく揺れた。
「その依頼、拙者も同行してよいだろうか」
背後から聞こえた声に振り返る。
そこには、刀を腰へ差した竜人族の少女――アイリスが立っていた。
「アイリス」
「昨日の戦いで、まだ確認したいことができたのでござる。無論、報酬を横取りするつもりはない。戦力が必要なら、剣を貸したい」
ユウトはフィーナを見る。
「フィーナはどう?」
一瞬だけ考えてから、フィーナは頷いた。
「うん。アイリスならいいよ」
「では三人で受けよう」
「承知いたした」
依頼を受注し、三人は町を出た。
目的の林までは歩いて一時間ほどだった。
街道を離れるにつれ人の気配が減り、代わりに湿った土や草木の匂いが濃くなる。
ユウトは【気配察知】を使いながら進んでいたが、フィーナは何度も鼻を動かし、耳を別々の方向へ向けていた。
「……いた」
林へ入って間もなく、フィーナが小声で言った。
「どっち?」
「右前。三……たぶん三匹。すごく臭い」
ユウトも意識を集中する。
少し遅れて、木々の向こうに複数の気配を捉えた。
枝葉の隙間から姿を確認し、【鑑定】する。
【オーク】
【危険度:E】
【状態:通常】
【武器:棍棒】
【行動傾向:縄張りへの侵入者を攻撃】
三体。
フィーナの感覚は正しかった。
「三体で間違いない」
「ほう」
アイリスが感心したようにフィーナを見る。
「戦えぬから役に立たぬ、というものではないのだな」
「俺には分からない匂いをフィーナは見つけられる。俺が全部やるより早いよ」
ユウトにも【探索上達】はある。
けれど、白狼族の鼻や耳そのものを持てるわけではない。
知識で補えることと、生まれ持った身体でしかできないことは別だ。
その事実を理解するほど、フィーナが隣にいる意味は大きく感じられた。
「では、拙者が一体を――」
アイリスが刀へ手を伸ばした、その時だった。
フィーナの耳が跳ねた。
「待って!」
声と同時に、ユウトの服の裾を掴む。
「左! 何か来る!」
ユウトにはまだ分からない。
だがフィーナは迷わず木々の奥を指した。
直後。
――ガサッ!
低木を突き破り、別のオークが飛び出した。
「四体目!」
ユウトが姿を捉えた瞬間、【鑑定】する。
【オーク】
【危険度:E】
【状態:興奮】
【武器:石斧】
【行動:奇襲】
「アイリス、正面三体を!」
「承知!」
「フィーナは下がって!」
「うん!」
役割は一瞬で分かれた。
アイリスが前へ踏み込み、最前列のオークの棍棒を刀で受け流す。
ユウトは横から迫った一体へ向き直った。
魔法を使えば簡単に倒せる。
だが昨日、アイリスの剣を見てから試してみたいことがあった。
足の運び。
腰の回転。
刃を走らせる角度。
見ただけで完成するわけではない。
実際に身体を動かし、違和感を確かめて初めて理解できる。
ユウトは剣を抜いた。
石斧が振り下ろされる。
一歩外へ。
刃を逸らし、踏み込み、胴へ斬撃を走らせる。
「グオッ!」
オークが倒れた。
できた。
だが同時に、ユウトは理解する。
形は再現できている。
けれどアイリスほど滑らかではない。
踏み込みがわずかに深い。刃筋にも余分な力が入っている。
【武技上達】と【スキル上達】が、その差をはっきり認識させてくれる。
目の前で使えるようになったからといって、長年積み上げた技術まで同じになるわけではない。
「やはり……」
アイリスが横目でユウトを見ていた。
それでも剣は止めない。
一体の棍棒をかわし、流れるような斬撃で腕を切り、そのまま返す刃でもう一体を牽制する。
ユウトも加勢し、ほどなく三体のオークは地面へ倒れた。
「終わったな」
剣を収めようとした瞬間、
「ユウトお兄ちゃん、まだ!」
再びフィーナの声。
今度はユウトも遅れて気配を捉えた。
茂みの奥から逃げようとしていた最後の一体を【鑑定】する。
【オーク】
【危険度:E】
【状態:恐怖】
【行動傾向:逃走】
「逃がせば街道へ出るかもしれない」
「ならば拙者が!」
アイリスが一気に距離を詰めた。
迷いのない一閃。
最後のオークが倒れる。
静かになった林で、フィーナがようやく息を吐いた。
「……フィーナ、ちゃんと見つけられた?」
「うん。最初の三体も、隠れてた二体も、俺より先だった」
「えへへ!」
尻尾が大きく揺れる。
「助かったよ」
「フィーナに任せて!」
その笑顔を見て、アイリスも小さく口元を緩めた。
討伐の証明を済ませ、三人は街道へ戻った。
帰路の途中、アイリスがユウトへ声を掛ける。
「先ほどの剣……拙者の動きを参考にしたのでござろう?」
「うん。でも、まだ全然違った」
「……そこまで分かっておるのか」
「形だけなら近づける。でも、間合いも力の抜き方もアイリスの方がずっと上だ。だから、もっと教えてほしい」
アイリスはしばらく答えなかった。
「昨日から、ずっと考えていたのでござる」
やがて、静かに口を開く。
「拙者は強くなるため故郷を出た。一人で歩き、一人で戦い、一人で己の剣を磨く。それこそが武者修行だと思っていた」
昨日宿へ戻ってからも、何度もユウトたちとの戦いを思い返したのだという。
自分より遥かに強い力を持ちながら、知らない技術には素直に教えを求めるユウト。
戦うことを怖がりながらも、自分にできる探索を選んだフィーナ。
そして今日、三人で動いたことで、一人では気付けなかった危険へ互いに対応できた。
「一人で進むから得られるものもある。だが、一人だから得られぬものもあるのだろう」
アイリスは足を止めた。
「ユウト。フィーナ。拙者も、しばらく共に旅をさせてもらえぬだろうか」
真っ直ぐな目だった。
「強い者へ従いたいわけではない。そなたたちと共に歩き、戦い、学びたい。拙者自身が、そうしたいのでござる」
ユウトはフィーナを見る。
「フィーナは?」
「うん!」
即答だった。
「アイリスが自分で決めたなら、フィーナは一緒がいい!」
ユウトも頷く。
「じゃあ、一緒に行こう。仲間として」
「……かたじけない」
アイリスが深く頭を下げた。
「これより、よろしく頼む。未熟者ゆえ、なお精進いたす」
その言葉を聞いてから、ユウトは一つ思い出した。
「アイリス。これから一緒に依頼を受けるなら、できることを確認しておきたい。【鑑定】してもいい?」
「構わぬ」
許可を得て【鑑定】を使う。
【加護:知識神ソフィエルの小加護】
【小加護能力:【武技上達】】
「……!」
昨日までにはなかった。
アイリス本人に変化へ気付いた様子はない。
フィーナの時と同じだ。
自分の意思で道を選び、正式に仲間となった後で与えられた力。
だから与えられた。
与えられたから選んだのではない。
「ユウト? どうしたのでござる?」
「いや。よろしく、アイリス」
「うむ!」
「ユウトお兄ちゃん、帰ったら何食べる?」
「もう昼ご飯の話?」
「だってお腹すいた!」
「拙者も少々腹が減ったな」
「じゃあ、町に戻ってから三人で決めよう」
「うん!」
三人は再び歩き出した。
少し先を行くフィーナの白い尻尾が左右へ揺れ、その隣をアイリスが歩いている。
ユウトは、その二人の背中を見つめた。
この世界へ来た時、自分の隣には誰もいなかった。
「ユウトお兄ちゃん、遅いよ!」
「ユウト、置いていくぞ」
「あ、今行く!」
呼ばれて、ユウトは走り出す。
もう、一人で歩く旅ではなかった。
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