第2章 第34話 フィーナに任せて
フィーナが自分の意思でユウトとの旅を選んだ翌朝。
宿の食堂へ下りると、いつもより一つ多い朝食が卓上に並んでいた。
「お肉!」
椅子へ座ったフィーナの白い尻尾が勢いよく揺れる。
皿には焼いた肉と野菜、それに黒パンが載っている。
「今日は迷わなかったんだな」
「うん! お肉がいいって自分で言った!」
得意そうに胸を張り、そのまま肉を頬張る。
「おいしい!」
耳まで嬉しそうに動いていた。
救出したばかりの頃は、食べたいものを聞かれただけで固まっていた。
それが今では、自分から選び、その結果を楽しんでいる。
まだ小さな変化だ。
けれどユウトには、それが何より大切なものに思えた。
「今日はどうするの?」
食事を終えたフィーナが尋ねる。
「まず、冒険者ギルドへ行こう」
「依頼?」
「その前に、フィーナの冒険者登録をした方がいいと思う」
「フィーナも冒険者になれるの?」
「なりたいならね」
フィーナは一度瞬きをしてから、自分の胸を指差した。
「フィーナが決めていい?」
「もちろん」
少し考える。
やがて耳がぴんと立った。
「なる!」
「分かった。じゃあ登録しよう」
「えへへ!」
二人で冒険者ギルドへ向かった。
受付で事情を説明すると、職員はフィーナを見て確認する。
「冒険者になるのは、あなた自身の希望ですか?」
以前なら、フィーナは答える前にユウトを見ただろう。
だが今は違った。
「はい。フィーナがなりたいです」
「分かりました」
簡単な説明と登録手続きを終え、フィーナへ冒険者カードが渡される。
【冒険者ランク:F】
フィーナはカードを両手で持ち、何度も表裏を確かめた。
「これ、フィーナの?」
「そうだよ」
「自分のカード……」
嬉しそうに尻尾が揺れる。
「なくさないようにな」
「大事にする!」
登録を終えると、二人で依頼掲示板へ向かった。
フィーナは文字を完全に読めるわけではないため、ユウトが依頼内容を説明しながら一緒に選ぶ。
荷運び、清掃、薬草の仕分け、倉庫整理。
その中からユウトが選んだのは、町の外れにある食料倉庫の調査依頼だった。
【依頼:倉庫周辺の害獣調査】
【内容:食料倉庫周辺で袋の破損が続いている。侵入経路と原因となる動物を確認すること】
【報酬:大鉄貨二枚】
【推奨ランク:F】
「倒す依頼じゃないんだ」
「うん。まず原因を調べるみたいだね」
フィーナが少し考え、鼻を動かす。
「匂い、役に立つかな?」
「たぶん」
「じゃあ、これがいい」
今度はユウトではなく、フィーナが依頼を選んだ。
「分かった。これにしよう」
二人で正式に依頼を受注し、町外れの倉庫へ向かった。
管理人の男から話を聞くと、三日前から穀物袋が破られるようになったらしい。
「夜番を置いても見つからん。朝になると袋がやられてるんだ」
「足跡は?」
「探したんだが、俺には分からん」
倉庫の中へ入る。
床には穀物が散らばり、壁際の袋には小さな穴が空いていた。
ユウトは破れた部分へ【鑑定】を使う。
【穀物袋】
【状態:破損】
【破損原因:小型動物による咬傷】
【付着物:獣毛・唾液】
「小さな動物が噛んだみたいだ」
「匂い、ある」
フィーナが鼻を動かす。
「追えそう?」
「やってみる」
フィーナは倉庫の中をゆっくり歩いた。
破られた袋の周囲から壁沿いへ進み、奥に積まれた木箱の前で止まる。
「こっちが強い」
二人で木箱を動かす。
その裏には、壁と床の境目に小さな隙間があった。
木材には細かな引っかき傷が残っている。
【木壁】
【状態:一部摩耗】
【付着物:小型動物の体毛】
「ここから出入りしてるみたいだ」
「当たった?」
「うん」
「えへへ!」
耳を嬉しそうに立て、フィーナはすぐ外へ向かおうとする。
「じゃあ、外も――」
言いながら一歩踏み出し、そこで自分から止まった。
「……あ」
「どうした?」
「先に一緒に見るんだった」
昨日までなら、そのまま勢いで飛び出していたかもしれない。
「覚えてたんだな」
「うん!」
二人で倉庫の外へ回る。
フィーナは地面へしゃがみ込み、匂いを探した。
「こっち」
倉庫から十数歩ほど進む。
だが、途中で足が止まる。
「……分からなくなった」
白い耳が少し下がる。
「匂いが消えた?」
「うん。さっきまではあったのに」
「じゃあ、どこから分からなくなったか見てみよう」
「うん」
二人で少し戻る。
フィーナは再び鼻を動かし、今度はすぐ進まず周囲も見た。
「倉庫の近くは匂いが強い。でも、ここで薄くなる」
「何か変わってるところは?」
フィーナは地面を見る。
人の足跡。
荷車の車輪跡。
乾いた土。
やがて顔を上げた。
「……地面じゃない?」
近くの木製柵へ歩み寄り、鼻を近づける。
「あった!」
低い位置に灰色の毛が数本引っ掛かっていた。
ユウトが【鑑定】する。
【小型動物の体毛】
【状態:比較的新しい】
「さっき袋についていた毛と似てる」
「じゃあ、ここ通ったんだ」
「たぶんね」
今度のフィーナは急がなかった。
匂いが続いている時も、地面だけを見ることはしない。
柵。
草。
木の根元。
低い枝。
匂いが薄くなるたびに立ち止まり、なぜ消えたのかを考える。
昨日現れた【探索上達】は、フィーナへ答えを直接与えているわけではない。
それでも、失敗した理由を考え、次へ生かす速さは確かに増しているように見えた。
「ユウトお兄ちゃん」
「うん?」
「さっきより、探し方が分かる気がする」
「そっか」
「失敗したところ、もう一回見たら分かった」
「それはフィーナがちゃんと考えたからだよ」
「……フィーナが?」
「うん」
フィーナは少し照れたように笑った。
さらに匂いを追っていく。
やがて倉庫裏の茂みの前で、白い耳が鋭く立った。
「いる」
ユウトも【気配察知】を使う。
確かに小さな気配が二つあった。
草を避けると、灰色の小動物が二匹、こちらを警戒している。
ユウトは一匹へ【鑑定】する。
【灰穴鼠】
【分類:通常動物】
【危険性:低】
【特徴:夜行性・雑食】
【行動傾向:人間を避ける】
【主な生息場所:地面の穴・廃材の隙間】
「魔物じゃない。普通の動物だ」
「倉庫のお米を食べてたの?」
「たぶん」
近くには小さな巣穴もある。
倉庫の隙間から入り込み、穀物を餌にしていたのだろう。
「捕まえる?」
フィーナが尋ねる。
「依頼は原因と侵入経路の調査までだよ。どうするかは管理人さんに報告して決めてもらおう」
「分かった」
二人で倉庫へ戻り、管理人へ説明する。
「壁の隙間から灰穴鼠が入ってます。裏の茂み近くに巣穴もありました」
「鼠か。なら壁を塞いで、食料を置く場所も見直せばよさそうだな」
管理人は問題の隙間を確認し、大きく頷いた。
「助かったよ。何が原因か分からんのが一番困ってたんだ」
依頼は無事完了した。
ギルドへ戻ると、受付で二人それぞれの冒険者カードへ依頼達成が記録され、報酬の大鉄貨二枚が渡される。
ユウトは一枚をフィーナへ差し出した。
「はい。フィーナの分」
「今回はほんとに冒険者の報酬?」
「うん。二人で受けた依頼だからね」
フィーナは大鉄貨を受け取り、昨日自分で稼いだ一枚と並べる。
「二枚になった」
「欲しいものは決まった?」
「まだ!」
即答した後、少し考える。
「でも、増えるの嬉しい」
「そっか」
「自分で探して、自分で働いてもらったから」
大鉄貨を大切そうにしまう。
「次も探す依頼したい!」
「探索系が気に入った?」
「うん! もっと上手くなりたい!」
「じゃあ、少しずつ経験を増やしていこう」
「えへへ! フィーナに任せて!」
その言葉には、朝より少しだけ自信が増えていた。
受付を離れようとした時、掲示板の前からざわめきが起こる。
「オークだって?」
「東の林で確認されたらしい」
「討伐依頼が出たぞ」
ユウトが振り返る。
職員が新しい依頼票を掲示板へ貼り付けていた。
【依頼:オーク討伐】
周囲の冒険者たちが内容を確認する中、フィーナの白い耳がぴくりと動く。
「ユウトお兄ちゃん」
「うん」
「あれ、町の外の依頼だよね?」
「ああ」
先ほどまでの明るい表情とは違い、フィーナは真剣な目で依頼票を見つめた。
遊びでも、町中の調査でもない。
魔物との戦い。
その依頼票の前へ、一人の長身の女剣士が静かに歩み寄った。
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