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一度見た魔法とスキルを【鑑定】したら、すべて習得できました  作者: 阿鼻恭介
第2章

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第2章 第29話 街道に残された荷馬車

 依頼票を手に、ユウトは冒険者ギルドの一角へ向かった。


 長卓の前には、三人の冒険者が立っている。


 一人は使い込まれた丸盾と片手剣を持つ男。三人組のリーダーらしく、卓上へ広げた街道図を確認していた。その隣には弓を背負った女性がおり、少し離れた場所では年若い槍使いが短槍の留め具を調整している。


 三人とも革鎧を着用していたが、装備には細かな傷が多い。見栄えよりも、長く使い続けられるよう手入れを重ねていることが分かった。


 ユウトが近づくと、リーダーが顔を上げた。


「臨時で加わる新人というのは、お前か?」


「はい。ユウトです。よろしくお願いします」


「俺たちは普段から三人で組んでいる。今回は荷車二台を、街道沿いの集落まで護衛する依頼だ」


 リーダーは街道図の上へ指を置いた。


「出発は明朝。順調なら昼過ぎには着く。最近は街道沿いで小型魔物の目撃が増えているが、報告にあるのは角兎やゴブリンが中心だ」


「護衛対象は商人ですか?」


「雑貨商と御者たちだ。積み荷は布、塩、日用品。盗賊が大人数で狙うような品ではないが、魔物に荷の価値は分からん」


 弓使いがユウトの腰の剣と背負った弓へ目を向けた。


「得意な武器は?」


「剣と弓を使えます。魔法も、いくつか習得しています」


「全部を少しずつ、ということ?」


「必要に応じて使い分けています」


 説明に困りながら答えると、槍使いが苦笑した。


「新人が何でもできると言う時は、だいたい何もできないものだけどな」


 ユウトは反論しなかった。


 模擬戦や低級魔物討伐の結果を自分から話しても、実力を誇示しているように聞こえるかもしれない。必要になれば、その時にできることを見せればよい。


「今回は俺が先頭に立つ」


 リーダーは街道図を指でなぞった。


「弓使いが周囲を警戒し、槍使いは荷車の横を守る。ユウトには最後尾を頼む。異常を見つけても、一人で離れず声を上げろ」


「分かりました」


「魔物が現れても、独断で大きな魔法は使うな。荷車や馬を巻き込めば、魔物を倒しても依頼は失敗だ」


「範囲と威力は調整できます」


「そういう意味じゃない」


 リーダーは真剣な顔でユウトを見た。


「新人は、まず周囲と動きを合わせろという意味だ。使える魔法の強さを疑っているわけではない」


「……分かりました。指示を確認してから動きます」


 ユウトは改めて頷いた。


 上級魔法でも範囲を絞れば安全だと思っていたが、問題は魔法そのものだけではない。ほかの護衛がどこへ動くか、馬がどう反応するか、依頼人がどこにいるかまで考えなければならない。


 一人で魔物を倒す時とは違うのだ。


 打ち合わせを終えたユウトは、宿へ戻った。


 翌日のために必要な物を寝台の上へ並べる。


 水筒、保存食、布、縄、小刀、薬、火打ち道具。町から半日ほどの場所とはいえ、門の外へ出れば何が起きるか分からない。


 村からこの町へ来た時は、持っている物だけで歩いた。しかし今回は、冒険者として依頼を受ける。


 自分が困らないだけでは不十分だ。準備不足のせいで、護衛対象や同行者へ迷惑をかけるわけにはいかない。


 ユウトは水筒へ【鑑定】を使った。


【革製水筒】


【状態:良好】


【内容量:八割】


【問題点:栓の締め付け不足】


 栓を締め直し、保存食にも傷みがないか確かめる。


 薬は自分の分しかなかったため、道具店で傷口を拭く清潔な布と、安価な止血薬を買い足した。支払いを終えると、冒険者カードの預金残高は銅貨一枚、大鉄貨四枚になった。


 宿へ戻る頃、食堂ではリバーシの駒を裏返す音が響いていた。


 隅の卓には、木工職人と作ったコマも一個置かれている。広場で遊んでいた子どもが宿屋の主人へ見せに来たらしく、食事を終えた客が交代で回していた。


「今のは長かったぞ!」


「卓が傾いていただけだろ!」


 自分が町を離れている間も、教えた遊びは残る。


 ユウトはその様子を少し眺めてから、翌日に備えて早めに眠った。


 夜明け前、町の門前には二台の荷車が並んでいた。


 荷台には布を被せた木箱や袋が積まれ、御者たちが縄の緩みと車輪の状態を確認している。依頼主である雑貨商は、護衛の四人へ順番に目を向けた。


「道中、よろしく頼む。雨の後でぬかるんでいる場所もあるだろう。到着を急いで事故を起こすつもりはない」


「安全を優先します」


 リーダーが代表して答えた。


 門が開き、二台の荷車はゆっくりと街道へ進み出した。


 ユウトは最後尾を歩きながら、周囲へ注意を向ける。


 街道の両側には草地が続き、その先には低い林が広がっていた。前日の雨で土は湿り、車輪が通るたびに二本の浅い溝が残る。


 三人組は慣れていた。


 リーダーは前方だけでなく、荷車の速度と道の状態を確認している。弓使いは左右の草むらや林へ視線を巡らせ、槍使いは魔物よりも頻繁に車輪や積み荷の縄を見ていた。


 敵だけを警戒しているわけではない。


 護衛対象の位置、馬の様子、道幅、逃げ場、足元、周囲の音。戦いが始まる前に確かめるべきことが、いくつもある。


 知識として聞くだけでは分からなかった部分を、ユウトは三人の動きから学んでいった。


 町を出てしばらくすると、弓使いが片手を上げた。


 荷車が止まる。


「右の草むらに何かいる」


 全員が武器へ手を伸ばした。


 ユウトも習得した【気配察知】へ意識を集中させる。草むらの奥に小さな気配が一つあるが、こちらへ近づこうとはしていない。


 直後、角を持つ小さな獣が飛び出した。


 ユウトが目で捉えて【鑑定】する。


【角兎】


【危険度:F】


【状態:警戒】


【行動傾向:逃走を優先】


 角兎は一行を見た瞬間、街道を横切って林へ逃げ込んだ。


「追わないんですか?」


 ユウトが尋ねると、リーダーは首を横へ振る。


「討伐依頼ではない。荷車から離れる理由がない」


 倒せる魔物でも、追わない。


 魔物を倒せば素材や報酬になる可能性はある。それでも、今優先すべきなのは、依頼人と荷を無事に届けることだった。


 その後も何度か草むらが揺れたが、魔物が街道まで近づいてくることはなかった。


 街道の半ばを越えた頃、ユウトは道の端へ残る不自然な跡に気付いた。


 複数の車輪跡が重なり、そのうち一組だけが進行方向から外れて林へ曲がっている。馬の蹄跡も乱れ、途中から地面を強く蹴りつけたように深くなっていた。


「止まってください」


 ユウトが声を上げると、リーダーが振り返った。


「どうした?」


「荷車が街道を外れた跡があります。馬も暴れたようです」


 三人が戻り、泥の上の跡を確認する。


 弓使いがしゃがみ込んだ。


「雨が上がった後に付いた跡ね。古くはない」


「襲撃を受けた可能性があるな」


 リーダーは雑貨商へ事情を説明し、二台の荷車を見通しのよい街道の端へ寄せた。


「俺と弓使いで様子を確認する。槍使いとユウトは荷車を守れ」


 救助のために全員で林へ入れば、元の護衛対象が無防備になる。正しい判断だった。


 その時、林の奥から微かな馬の鳴き声が聞こえた。


 続いて、何かが木へぶつかる鈍い音が響く。


 ユウトは街道脇の葉に、小さな赤い染みを見つけた。


「血が付いています」


 指差した先を、弓使いも確認する。


「まだ乾いていない」


 ユウトは血痕へ【鑑定】を使った。


【人族の血液】


【経過時間:一時間未満】


【出血量:多量】


「俺の【鑑定】では、一時間も経っていません。出血量も多いです」


「血の経過時間まで分かるのか?」


 リーダーは驚いたが、問い詰めるより先に林へ目を向けた。


「まだ助かる者がいるかもしれん」


 雑貨商へ確認すると、商人はすぐに頷いた。


「こちらは槍使いに任せる。行ってくれ」


「ユウトも来い。血痕を確認できるなら役に立つ」


「分かりました」


 槍使いを二台の荷車の護衛に残し、ユウトはリーダーと弓使いに続いた。


 林の中では、車輪跡と折れた草を頼りに進む。


 ユウトも【気配察知】を使ったが、木々や茂みに遮られ、遠くの細かな気配までは分からない。視界に入る足跡や血痕を【鑑定】し、進んだ方向を一つずつ確かめた。


 枝をかき分けた先に、横倒しになった荷馬車が見えた。


 馬は木へ手綱を絡ませ、泡を吹きながら暴れている。


 地面には、革鎧を着た男たちが倒れていた。


 リーダーが一人ずつ首元へ触れたが、護衛らしい男たちはすでに息をしていない。


 少し離れた場所には、上質な上着を血で濡らした男が倒れていた。胸がかすかに上下している。


「生存者だ!」


 リーダーが駆け寄る。


 弓使いは周囲へ弓を向け、ユウトも【気配察知】で近くの茂みや木の陰を探った。


 動物の小さな気配はいくつかあるが、こちらを狙う人間や魔物の気配は感じない。ユウトは目に入る足跡や草の倒れ方も【鑑定】し、襲撃者がすでに林の奥へ立ち去っている可能性が高いと判断した。


 その時、横倒しになった荷車の奥から、金属の擦れる音が聞こえた。


 小さな鎖の音だった。


 ユウトは武器へ触れず、荷車の壊れかけた扉へ近づく。


「中に誰かいますか?」


 返事はない。


 代わりに、鎖が短く鳴った。


 扉の隙間から暗い荷台の中へ目を凝らし、その内側を対象に【鑑定】する。


【荷車内部】


【積載物:衣類・食料・拘束具】


【生命体:一名】


【状態:衰弱】


「中に一人います」


 ユウトは剣を腰から外し、荷車から離れた地面へ置いた。両手が見えるようにしてから、扉の前でゆっくり腰を落とす。


「俺は冒険者です。襲ってきた人間ではありません。今から扉を開けます」


 できるだけ静かな声で伝え、壊れた留め具を外した。


 暗い荷台の奥で、何かが身を縮める。


 白い髪。


 頭の上で震える、狼の耳。


 細い手足には鎖が巻かれ、首元には黒い紋様が刻まれていた。


 少女へ【鑑定】を使う。


【名前:フィーナ】


【種族:獣人族・白狼族】


【年齢:十五歳】


【職業:シーフ】


【レベル:3】


【HP:18/52】


【MP:7/14】


【状態:衰弱・脱水・恐怖・拘束】


【特殊状態:隷属契約】


【契約効果:

 契約者の命令に対する抵抗行動を制限

 命令違反時に苦痛を付与

 契約者への攻撃行動を禁止】


【警告:契約術式が対象の行動選択を強制的に制限しています】


 少女は、何をするか自分で選ぶことさえ奪われている。


 ユウトが一歩も近づかずにいると、フィーナは怯えた目で彼を見上げた。逃げる場所など残されていないのに、鎖を鳴らしながら、さらに荷車の奥へ身を押し込もうとした。

お読みいただきありがとうございます。

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