第2章 第28話 回り始めた遊び
木工職人が指先を止めている間も、小さなコマは卓上で回り続けていた。
低い音を立てながら円を描き、少しずつ速度を落としていく。最後には大きく傾き、何度か卓を叩くように揺れた後、横倒しになった。
「思ったより長く回りましたね」
ユウトがコマを拾うと、職人は無言で手を差し出した。
掌へ載せ、胴体の丸みや軸の位置を確かめる。半信半疑だった目は、すでに新しい道具を前にした作り手のものへ変わっていた。
「まだ右側が重い。軸も完全な真っすぐじゃない。それでも、ここまで回るのか」
「重心を正確に合わせれば、もっと長く回ると思います」
「材質でも変わりそうだな。軽すぎれば勢いが足りず、重すぎれば子どもには回しにくい」
職人は作業場にある端材を二種類並べた。
ユウトが【鑑定】する。
【軟木の端材】
【加工適性:高】
【耐久性:低】
【推奨用途:試作品・軽量玩具】
【硬木の端材】
【加工適性:中】
【耐久性:高】
【推奨用途:長期使用する木製品】
「最初は軟木で形を試した方がよさそうです」
「ああ。いきなり硬木を何個も駄目にする必要はない」
職人は新しい端材を削り始めた。
ユウトも別の端材を受け取り、見よう見まねで小刀を入れる。
「そこは一度に削りすぎるな」
「はい」
「胴体を丸くすることばかり考えると、中心がずれる。軸の位置を基準に見ろ」
職人の手は迷いなく動いた。
刃を入れる前から木目の流れを読み、指先で触れただけで小さな凹凸を見つけている。
ユウトはその動きを観察し、中央へ付けた印を意識しながら少しずつ削った。【道具制作上達】によって、刃の角度や失敗の理由は理解しやすい。けれど、理解した通りに手を動かせるとは限らなかった。
職人が二個目と三個目を削り、ユウトは四個目に挑戦した。
ユウトが作ったコマは表面が粗く、回すとすぐに左へ傾いた。
【木製のコマ・試作品】
【加工品質:低】
【素材耐久性:低】
【重心:中心より左へ偏り】
【軸:正常】
【安全性:先端が鋭すぎる】
「左側が重いです。それと、先が尖りすぎています」
「回転だけを考えれば尖っている方が抵抗は少ない。だが、子どもへ渡すなら危ないな」
職人は先端を少し丸めた。
長く回ることだけを優先すればよいわけではない。投げたり、踏んだり、誰かへ向けたりする可能性もある。子どもが使うなら、耐久性と安全性も必要だった。
五個目は、職人が胴体を厚くした。
六個目では、ユウトが小さな手でもつまみやすいよう、上側の軸へ浅い溝を付ける案を出した。
職人が溝を刻み、指で回しやすい深さへ調整する。
途中には、先端を丸めすぎてほとんど回らない試作品もできた。
「これは失敗ですね」
「失敗じゃない。どこまで丸めると回らなくなるか分かった」
職人は倒れたコマを捨てず、作業台の端へ置いた。
うまくいかなかった結果も、次を作るための知識になる。
昼を過ぎる頃には、形の異なる六個のコマが並んでいた。
そのうち四個は職人が作り、二個はユウトが削ったものだった。ユウトの二個は表面が粗かったが、職人の手直しによって子どもが遊べる程度には整えられている。
最も安定していたのは、職人が三個目に作ったコマだった。
【木製のコマ】
【加工品質:並】
【素材耐久性:低】
【回転安定性:良好】
【安全性:良好】
【用途:軸を指でひねり、回転を楽しむ玩具】
「これなら渡せそうです」
「軟木だから、乱暴に使えば先が潰れるぞ」
「最初の試作品なら十分です。子どもたちがどう遊ぶかも見てみます」
職人は六個のコマを木箱へ入れ、その箱ごとユウトへ差し出した。
「持っていけ」
「六個ともですか?」
「ああ。代金はいらん」
「でも、材料も時間も使っています」
「今回は俺も楽しませてもらった。それに、実際に遊ばせなければ壊れ方も分からん」
職人の言葉に甘え、ユウトは木箱を受け取った。
ただし、これからも試作や改良を頼むなら、材料費や加工代を支払うべきだろう。今回は共同で試す最初の一度として、好意を受け取ることにした。
「壊れた場所や、使いにくかったところを確認して戻ります」
「細かく見てこい。それが次の材料になる」
広場へ戻ると、排水路の周囲はすっかり乾き始めていた。
昨日の子どもたちは、地面へ線を引いて片足で跳んでいる。ユウトの姿と木箱に気付くと、すぐに駆け寄ってきた。
「回るやつは?」
「できた?」
「作ってもらったよ。これはコマという玩具なんだ」
ユウトは一個を取り出し、平らな石板の上へ置いた。
「上の軸を指でつまんで、こうやって回す」
指先をひねる。
コマは軽く揺れた後、石板の上で真っすぐ回り始めた。
「回ってる!」
「倒れない!」
「触ってないのに!」
子どもたちは歓声を上げた。
ユウトは人通りの少ない広場の端へ移動し、六個のコマを並べる。
「投げないこと。人や動物へ向けないこと。回っている時に手を出す場合も気をつけて」
「分かった!」
「俺からやる!」
最初の子どもが軸をひねったが、力が横へ逃げ、コマはほとんど回らず倒れた。
「あれ?」
「下へ押しつけるんじゃなくて、軸だけをひねる感じだよ」
二度目は少し回った。
三度目には数呼吸分だけ姿勢を保ち、子どもは飛び上がって喜んだ。
ほかの子どもたちも夢中になって練習を始める。
強くひねりすぎて横へ飛ばす者。指を離すのが遅く、すぐ倒してしまう者。両手で軸を挟み、慎重に回す者。
ユウトは危険がない限り、全員へ同じ方法を押しつけなかった。自分で試し、うまくいく方法を見つけることも遊びの一部だ。
やがて、一人の子どもが地面へ円を描いた。
「この中から出なかった方が勝ちにしよう!」
「最後まで回っていた方も勝ち!」
コマという仕組みを教えられた後、その遊び方を選ぶのは子どもたち自身だった。
最初の勝負では、二個がすぐ円の外へ飛び出した。
残った一個も大きく揺れ、隣のコマへぶつかって両方倒れる。
「もう一回!」
「次は真ん中で回す!」
勝っても負けても、子どもたちは笑っていた。
通りかかった大人まで足を止め、子どもから回し方を教わる。試しに回して失敗し、周囲から笑われる者もいた。
しばらくすると、一個のコマの先端が潰れ始めた。石板の隙間へ何度もぶつかったためだ。別のコマは軸の溝が浅く、汗ばんだ指では滑りやすい。
ユウトは遊ぶ様子を見ながら、傷や使いにくさを確かめた。
「石の上だと先が傷みやすいな……」
平らな木板があれば、先端への負担を減らし、遊ぶ範囲も分かりやすくできるかもしれない。
コマだけでなく、回す場所も必要なのだ。
夕方、ユウトが木工店へ戻ると、職人は作業台を片づけていた。
「どうだった?」
「みんな夢中でした。ただ、石の上だと先端が潰れます。軸の溝も、もう少し深い方が回しやすそうです」
ユウトは傷んだコマを布の上へ並べる。
「それと、平らな木板の上で遊べば、コマも長持ちすると思います」
「なるほど。回す場所まで道具にするわけか」
職人は潰れた先端を指でなぞった。
「軸と先端だけ硬い木にできませんか?」
ユウトが尋ねると、職人は少し考えて首を横へ振った。
「作れなくはないが、胴体との継ぎ目が緩めば回転中に外れる。子どもの玩具には危ない」
「それなら、一個の硬木から削った方が安全ですか?」
「ああ。ただし加工に時間がかかる。まずは硬木で一個だけ試そう」
職人はすでに次の端材を選び始めていた。
「また作るんですか?」
「当たり前だ。子どもがあれだけ遊ぶなら、今度は壊れにくいものを作る」
その表情は、初めてコマを見た時よりも楽しそうだった。
ユウトが知っていた遊びは、もうユウト一人の記憶ではない。
子どもたちが回し、遊び方を選び、職人がより良い形へ変えようとしている。
誰かへ渡した知識が、その人の経験と技術を得て、次の形へ進み始めていた。
店を出たユウトが冒険者ギルドへ立ち寄ると、受付職員が一枚の依頼票を持って呼び止めた。
「ちょうどよかったです。街道を進む荷車の護衛に、一人だけ欠員が出ました」
「護衛依頼ですか?」
「町から半日ほどの集落までです。三人組の冒険者へ臨時で加わってもらいます。街道沿いで小型魔物の目撃が増えているため、Fランク一人で受けることはできません」
依頼票には、出発は明朝と記されていた。
村を離れてから初めてとなる、町の外での依頼。
ユウトは依頼票を受け取り、初めて顔を合わせる同行者たちのもとへ向かった。
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