第2章 第25話 光る積み荷
西門へ続く大通りには、車輪の壊れた荷車を避ける人々の列ができていた。
荷車は道の端へ寄せられているものの、片側の車軸が沈み、荷台を覆う布の隙間から淡い青白い光が漏れている。周囲では門衛が見物人を遠ざけ、苛立った商人や荷運び人たちが足止めされていた。
「近づかないでください。通行は反対側を一列でお願いします!」
同行したギルド職員が声を張る。
厚い革手袋と薬品用の鞄を持つ職員は、まず荷車の御者から事情を聞いた。
「光り始めたのはいつですか?」
「車輪が割れた直後です。荷台が傾いた時、中で瓶の割れる音がしました」
「積み荷の内容は?」
「冷却用の魔道具と、薬師組合へ届ける薬品です。俺は運ぶだけで、詳しい中身までは……」
御者は申し訳なさそうに目を伏せた。
本来は荷札を読める商会員が同行する予定だったが、急な発熱で休み、積み込み時の説明だけを受けて出発したらしい。
「薬師組合では、この荷物を待っている患者がいるそうです。夕方までに届けられなければ、治療薬を作れないと聞いています」
だからといって、危険なまま運ぶことはできない。
職員が布の内側にある荷札を確認し、内容を読み上げた。
「冷却箱三個、治療用薬草液十二本、魔力保存液四本、予備魔石二個です」
「危険物なんですか?」
御者が青ざめる。
「魔力保存液は法で定められた危険物ではありません。密閉されていれば安定しています。ただし、容器が割れると周囲の魔力へ反応し、火や強い熱を受ければ膨張することがあります」
地下の魔石と同じ異変だと決めつける理由はなかった。
「どこまで確認していいですか?」
「まず荷車と地面だけを見てください。積み荷には触れないように」
ユウトは壊れた車輪へ【鑑定】を使った。
【木製荷車】
【品質:並】
【状態:左後輪破損・車軸傾斜】
【破損原因:車輪留め具の摩耗・石畳の段差による衝撃】
【修理方法:荷重を除いた後、車輪と留め具を交換】
魔力による損傷ではない。
「車輪は普通の破損です。留め具が摩耗していて、段差の衝撃に耐えられなかったみたいです」
続いて、布の隙間から漏れ出している青白い魔力へ意識を向ける。
【漏出魔力】
【発生源:荷台内部】
【推定原因:破損した容器から漏れた魔力保存液】
【接触対象:冷却用魔道具の魔石】
【危険性:低】
【注意:急激な加熱により膨張する可能性あり】
荷台内部を直接見通したわけではない。
外へ漏れた液体と魔力の性質から、発生源を推定した表示だった。
「魔力保存液が漏れて、冷却用の魔石へ触れている可能性が高いです。今の危険性は低いですが、火は近づけない方がいいです」
職員は門衛へ火気禁止を伝えた後、依頼票へ追記する。
「通常の荷車補助依頼から、薬品事故の緊急安全対応へ変更します。ここからは私の指示に従ってください」
ユウトは改めて荷台の傾きと、外から確認できる箱の位置を調べた。
【積載状態:左側へ偏りあり】
【安全確保手順:
一、荷台の傾斜を緩和
二、周囲の積み荷を先に除去
三、温度上昇時のみ冷却
四、漏出液を専用吸収材で回収
五、魔石と液体を分離】
「まず荷台を少しだけ戻す必要があります。ただし、一気に持ち上げるのは危険です」
ユウトは訓練場で覚えた【身体強化】を思い出した。
使えば、一人で持ち上げられるかもしれない。
しかし、初歩の技術を、薬品と壊れやすい容器のそばで試すべきではない。
「角材を使って、てこで少しずつ上げた方が安全です」
近くの工房から頑丈な角材と木台を借り、それぞれの耐久性を【鑑定】する。
木台の下には滑り止めとして粗い麻布を敷き、荷車の前後には石と木材で車止めを作った。
門衛二人、御者、荷運び人二人が角材を押す位置につく。
「一度に上げず、俺の合図で少しずつお願いします」
五人が力を加えると、沈んだ車軸がゆっくり浮いた。
ユウトは厚い板を差し込み、荷台の傾斜を固定する。
【積載状態:傾斜軽減】
【内部圧力:安定】
「温度も上がっていません。今は水魔法で冷やす必要はありません」
光っていない箱から順に積み荷を下ろしていく。
問題の冷却箱が露出すると、亀裂から青白い液体がにじんでいた。
職員が薬品用鞄から灰色の粉を取り出す。
「専用の吸収材です。処理中は箱へ触れないでください」
粉を振りかけると、液体は泥のように固まり始める。
ユウトは箱の温度と内部圧力を確認し続けた。
「変化はありません。安定しています」
漏出が止まり、周囲の危険が落ち着いたところで、ユウトは職員へ尋ねた。
「今の処理技術を【鑑定】してもいいですか?」
「構いません。ただし、危険物を扱うなら正式な講習も受けてください」
【スキル:薬品取扱】
【習得条件:薬品の性質・保護具・処理手順の理解と実地経験】
【現在状態:条件不足】
【不足条件:複数種の薬品知識・安全講習・反復経験】
一度見ただけでは習得できない。
職員は固めた薬品を耐魔力加工された回収容器へ入れ、割れた瓶も別の金属容器へ収めた。後で薬師組合へ引き渡し、適切に処理するという。
箱を開けると、中では一本のガラス容器が割れ、液体に触れた魔石が淡く光っていた。
【冷却用魔石】
【品質:並】
【状態:魔力保存液との接触による過剰発光】
【異常変質:なし】
【外部からの魔力干渉:なし】
「地下で見つかった魔石とは関係ありません。異常な変質もないです」
職員が金属挟みで魔石を取り出すと、光はゆっくり弱まり、やがて消えた。
御者が大きく息を吐いた。
「これで薬を届けられますか?」
「まだ他の荷物も確認します」
ユウトは残った容器を一つずつ調べた。
薬草液は無事だったが、別の魔力保存液の瓶に微細な亀裂が入っている。
【魔力保存液】
【状態:容器表面に微細な亀裂】
【危険性:運搬継続により破損する可能性あり】
「この一本は移し替えた方がいいです」
職員が予備容器へ移し替え、残りの荷物も安全を確認した。
光る箱だけに気を取られていれば、次の事故を見落としていたかもしれない。
荷物は別の荷車へ移され、薬師組合へ向かって再び出発した。御者は何度も頭を下げてから手綱を握る。
「患者さんたちに間に合うといいですね」
「この時間なら間に合います」
同行した職員が答えた。
ギルドへ戻る途中、職員がユウトへ尋ねる。
「異常魔石と関係がなくて、残念でしたか?」
「少し気にはなっていました。でも、関係がないと分かったのも大事な情報だと思います」
「その通りです。調査では、怪しいものを見つけるだけでなく、違う可能性を除くことにも意味があります」
知識は、正解を当てた時だけ価値を持つわけではない。
確認し、違うと分かった結果も、次の判断を支える。
受付では、通常依頼から緊急対応へ変更された記録が処理された。
「荷車補助の基本報酬と、薬品事故への危険対応加算を合わせて、大鉄貨三枚です。預金残高は銅貨一枚、大鉄貨五枚になります」
その日の夕方、ユウトが宿屋へ戻ると、窓を激しい雨が叩き始めた。
外へ出られない宿泊客たちは、食事を終えた後も退屈そうに卓上を眺めている。
ユウトも空いた席へ腰を下ろした。
指先で卓上の木目をなぞっているうちに、縦と横へ区切られた盤面と、表裏を塗り分けた木片が脳裏に浮かんだ。
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そして本日はここまで。
明日も5話投稿します。
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