第2章 第24話 強さを支える基礎
城壁都市の地下に潜む異変は、まだ入口を見せただけだった。
ユウトは封印容器へ戻された魔石を見つめながら、今すぐ北西へ向かいたい気持ちを抑えていた。
【干渉方向:北西地下深部】
【推定距離:解析不能】
分かったのは方向だけだ。町の地下なのか、城壁の外まで続いているのかも判断できない。
「この情報は支部長と調査部門へ上げる」
バルガスが容器の留め具を確認した。
「下水路の未調査区画に加え、北西側の井戸や古い排水設備も調べる。ただし、お前は参加させない」
「やっぱり、Fランクだからですか?」
「それだけじゃない」
バルガスは机に広げた地下図を指した。
「地下調査では、文字だけでなく、方角、縮尺、通路の高低差、現在位置を把握する必要がある。指示を理解し、自分の身を守り、班の動きを乱さないことも重要だ」
ユウトは図に描かれた記号を見た。自分が通った経路の形は分かるが、細かな注記までは読めない。
「お前の【鑑定】は役に立つ。だが、原因は魔物とは限らない。古い施設や壊れた魔道具、人為的な何かまで考える必要がある。今は推測で動く段階じゃない」
魔物の弱点は見える。魔法やスキルの構造も解析できる。
それでも、地図を扱う技術も、集団調査の経験も、異世界の常識も足りない。
能力が高いことと、経験があることは同じではなかった。
「分かりました。参加できるようになるために、必要なことを覚えます」
「それでいい」
部屋を出る前に、記録係がユウトを呼び止めた。
「今回、暫定報奨金が認められました。危険情報の早期報告、変異個体の発見、住民避難への協力、残留魔力の方向特定を合わせて、大鉄貨三枚です」
単に魔石を見ただけの報酬ではないらしい。
受付へ戻ると、職員が預金処理を行い、表示を読み上げてくれた。
「これまでの残高が大鉄貨九枚。今回の大鉄貨三枚を加え、銅貨一枚、大鉄貨二枚になります。大鉄貨十枚分が銅貨一枚です」
カードの預金表示は、十枚に達すると自動的に上位貨幣へまとめられる仕組みだという。
現物の硬貨を交換したわけではないが、預けている価値は変わらない。
ユウトはカードを受け取った。
倉庫で働き、下水路を調べ、持ち帰った情報が報酬になった。
誰かから渡された生活費ではない。自分で選び、働いて得た金だ。
前世では、ようやく自分の人生を始めたばかりだった。
今度こそ、その続きを自分の足で進んでいる。
翌朝、ユウトは冒険者ギルドの訓練場を訪れた。
午前中は、Fランク冒険者向けの基礎訓練が行われる時間だった。ギルドから手当を受けた経験者が交代で指導を担当しており、登録者なら無料で参加できる。
今日の指導役は、大盾を背負った中年の冒険者だった。
「昨日、下水路から戻った新人だな」
「はい。盾術を教えてもらえますか?」
「基礎だけだ。怪我をしない程度にやるぞ」
許可を得て、ユウトは指導役の動きへ【鑑定】を使った。
【スキル:盾術】
【習得条件:盾を用いた防御動作の理解と反復】
【基本構造:姿勢固定・衝撃分散・攻撃方向の誘導】
【未達成条件:実際の防御経験】
情報を見ただけでは習得できない。
ユウトは貸し出し用の木盾を構えた。
「腕を伸ばし切るな。盾を体から離しすぎると、押された時に支えられない」
「はい」
「足をそろえるな。片足を後ろへ置け」
最初の打撃で、腕だけに力を入れて肩が崩れた。
二度目は盾を傾けすぎ、木剣が縁を滑った。
三度目は足元ばかり意識し、反応が遅れた。
【武技上達】と【スキル上達】が、失敗した理由の理解を助ける。
だが、姿勢を直し、次の打撃へ備えるのはユウト自身だ。
同じ失敗を繰り返さないよう、一度ごとに足幅、腕の角度、腰の位置を修正する。
弱い打撃を二十回ほど受けた頃には、衝撃を腕から肩、腰、後ろ足へ流せるようになっていた。
【盾術】
【習得状態:初歩】
表示が変わった。
「本当に初めてか?」
「はい。でも、失敗した理由が分かりやすかったので」
「理由が分かっても、一朝で直せる奴はほとんどいない」
指導役は呆れたように息を吐いた。
「ただし、覚えたのは構えの初歩だけだ。実戦で立ち続けられるかは別の話だからな」
「分かりました」
短い休憩を挟んだ後、次は身体強化の基礎訓練が始まった。
別の指導役が全身へ薄く魔力を巡らせ、ゆっくり歩いてみせる。
「身体強化は、魔力を体内で循環させて動きを補助する既存スキルだ。通常はMPを消費しない。ただし、長く使えば筋肉と集中力が疲れる」
ユウトは許可を得て発動を【鑑定】した。
【スキル:身体強化】
【効果:筋力・敏捷・耐久力の一時的上昇】
【発動条件:全身への均等な魔力循環】
【失敗要因:局所集中・過剰出力・呼吸の乱れ】
【習得条件:魔力循環の反復練習】
魔法の術式は存在しない。
体内の魔力を偏りなく巡らせる身体技術だった。
午前の残りを使い、ユウトは何度も魔力を循環させた。
右腕へ集まりすぎれば止め、膝で滞れば流し直す。呼吸が乱れれば、最初からやり直した。
【魔法上達】は魔法そのものではなく、基礎となる魔力操作の理解を助ける。【スキル上達】は、身体強化として成立させるための条件と身体感覚の定着を補助していた。
数十回の失敗を重ねた末、薄い魔力が全身を均等に巡る。
【身体強化】
【習得状態:初歩】
試しに歩くと、普段よりも体が軽い。
だが一歩目で勢いがつきすぎ、危うく前へ倒れそうになった。
「出力を下げろ!」
指導役の声に従い、すぐ魔力を絞る。
「力が増えても、扱えなければ転ぶだけだ。歩く、止まる、曲がる。それを崩さずできるようになってから戦闘で使え」
「はい」
ユウトは盾を構えたまま、身体強化を保って歩く練習を続けた。
強力な魔法と比べれば、地味な訓練だ。
それでも、魔物の弱点が分かっても攻撃が届かなければ意味がない。危険を察知しても、守るべき場所へ動けなければ役に立てない。
知識を力へ変えるには、それを支える体と技術が必要だった。
昼を過ぎ、訓練を終えて休んでいると、受付職員が指導役とともに近づいてきた。
「ユウトさん。体調は大丈夫ですか?」
ユウトは自分へ【鑑定】を使う。
【状態:軽度疲労】
【行動への影響:軽微】
「少し疲れていますが、町中を歩く程度なら問題ありません」
「では、無理だと感じたら断ってください。西門近くで荷車が動けなくなり、積み荷の一部が光っているそうです」
「どうして俺に?」
「倉庫で箱の破損を発見し、応急処置へ協力した記録があるためです。ただし薬品が含まれているので、あなた一人には任せません」
受付職員の隣には、厚い革手袋と薬品用の鞄を持ったギルド職員が立っていた。
「私が同行します。現場の安全確認と依頼人への聞き取りは私が担当します。危険だと判断した場合は、荷車へ近づかず応援を呼びます」
「分かりました」
単なる荷車修理かもしれない。
薬品が漏れ、光っているだけの可能性もある。地下の異変と関係があると決めつける理由はなかった。
ユウトは木盾を返し、汗を拭って立ち上がった。
「行きます」
新しく覚えた力を試すためではない。
困っている人を、安全に助けるためだった。
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