第2章 第23話 冒険者の役割
石畳の下から伝わる振動は、一体分ではなかった。
低い鳴き声が重なり、北西区の空き地にいた住民たちが不安そうに足を止める。
「止まるな! 南側広場まで移動しろ!」
バルガスの声が響き、ギルド職員たちが避難誘導を再開した。
ユウトは足元へ意識を向ける。
下水路で見た獣人族の女性の呼吸を思い出し、人の足音や荷車の音から、地下の振動だけを切り分けようとする。
【スキル:気配察知】
【習得状態:未完成】
【現在可能な範囲:意識を集中した一方向の大きな音・振動を判別可能】
完全には使えない。
それでも、鳴き声が同じ場所から返ってきているのではないことは分かった。
「地下の東側と北側からも振動があります」
ユウトが伝えると、バルガスが眉を寄せた。
「数は?」
「分かりません。石壁と水音に遮られています」
「それでいい。分からないことまで決めつけるな」
救援に集まった冒険者たちは、すでに討伐の準備を始めていた。
大盾を背負った男を先頭に、剣や弓を持つ者たちが並び、その後ろで杖を持つ魔導師と回復術師が携行品を確認している。
「二班に分かれる」
バルガスが簡易図を地面へ広げた。
「第一班は正面入口から入る。第二班は旧排水路と、途中の横穴を押さえろ。下水路内で火魔法は禁止だ」
「了解!」
冒険者たちの返事が重なる。
ユウトは一歩前へ出た。
「俺も行けませんか?」
バルガスが振り返る。
「理由は?」
「変異個体の状態を【鑑定】できます。途中までなら道も分かります」
「本当に必要だと思ったからか。それとも、逃げたまま終わるのが嫌だからか?」
すぐには答えられなかった。
撤退した判断は間違っていない。
それでも、地下に魔物が残っていると知れば、自分も戦いたいと思う。
「……両方です」
「なら、連れていけない」
バルガスは迷わず告げた。
「お前が戦えるかどうかだけの問題じゃない。Dランク以上で組む討伐班に、規定外の新人を入れれば、班長はお前の安全まで考えなければならなくなる」
自分なら戦える。
そう言いかけて、ユウトは口を閉じた。
下水路には変異個体だけでなく、通常個体も複数いる。崩れた通路や未確認の横穴もある。
一体を倒せることと、討伐作戦の一員として適切に動けることは別だった。
「俺にできることはありますか?」
「ある」
バルガスが地図を指す。
「見たものを、各班を率いる冒険者へ全部伝えろ。通路の幅、足場、横穴、変異個体の特徴、効いた攻撃、効かなかった攻撃。情報を整理するのも仕事だ」
「分かりました」
ユウトは地図の前へ膝をついた。
文字はまだ十分に読めないが、自分たちが通った経路の形と、書き込んだ印は覚えている。
「普通のジャイアントラットは四匹でした。そちらには変な魔力はありません。大きい個体は子牛くらいで、右前脚だけ成長の仕方が不自然でした」
「弱点は?」
「腹部と頭部です。ただ、頭は皮膚が硬くなっています。強い光と高い音には反応しました」
「魔法は効いたか?」
「ライトで動きが少し乱れました。ウォーターボールを足元へ当てると滑りました。火は使っていません。下水路に燃えやすい気体が溜まっている可能性を考えました」
杖を持つ冒険者が頷く。
「光と水を中心にする。風は換気の補助だけに使おう」
大盾の男が横穴を指した。
「この道は大型個体には狭いんだな?」
「すぐには通れません。でも、石を削っていました。時間をかければ壊されると思います」
「第二班は出口と横穴の両方を押さえる」
ユウトが持ち帰った情報が、作戦へ変わっていく。
自分が地下へ入らなくても、戦いへ参加する方法はあった。
討伐班が出発した後、ユウトたちは南側広場に設けられた臨時治療所へ移された。
回復術師が傷の有無を調べ、汚水を浴びた服や装備には消毒薬が使われる。
槍使いの青年は、亀裂の入った槍を見て肩を落とした。
「買い替えだろうな。まだ三か月しか使っていないのに」
「見てもいいですか?」
許可を得て、ユウトは槍へ【鑑定】を使った。
【鉄穂の短槍】
【品質:並】
【状態:柄に亀裂】
【破損原因:過大な横方向の負荷】
【修理方法:亀裂部分の切除・柄の継ぎ直し・補強金具の追加】
「穂先は使えます。柄も全部交換しなくていいと思います」
「直せるのか?」
「方法は分かります。でも武器なので、俺だけで直すのは危険です。鍛冶屋に任せた方がいいです」
修理方法を知っていることと、安全に直せることは同じではない。
青年は槍を抱え直した。
「全部買い直さずに済むなら助かる」
獣人族の女性は椅子へ座り、耳を伏せていた。
「大丈夫ですか?」
「地下の音が耳に残ってるだけ」
彼女はユウトを見る。
「怖くなかった?」
「怖かったです」
「平気そうに見えたけど」
「何をするべきか考えている間は、怖がる余裕がなかっただけです」
「それは平気とは言わないよ」
二人は小さく笑った。
地下から時折、鈍い衝撃が伝わってくる。
ユウトは何度か立ち上がりそうになり、そのたびに座り直した。
今、自分に求められているのは地下へ戻ることではない。
待つことだ。
何もできないのではない。
託した相手を信じると決めたのだ。
日が傾き始めた頃、討伐終了を知らせる鐘が鳴った。
しばらくして、封鎖線の向こうから討伐班が戻ってくる。
避難していた住民たちの間から、安堵の声が広がった。
防水布で覆われた専用の荷車には、薬液処理された通常個体の死骸が収容されている。変異個体の遺体と魔石は、別の密閉容器へ入れられていた。
バルガスが臨時治療所へ立ち寄る。
「変異個体は二体。通常個体は十七体。確認できた巣は潰した」
「全部終わったんですか?」
「未調査の枝道がある。入口と排水口の封鎖は続ける。明日以降、追加調査を行う」
安全が確認されるまで、住民を戻さないらしい。
三人はギルドへ戻り、依頼達成の処理を受けた。
受付職員が冒険者カードを魔導具へ置き、表示された内容を一つずつ読み上げる。
「ユウトさん。冒険者ランクはF。達成依頼数は二件です。今回の記録は、ジャイアントラット四体の共同討伐参加となっています」
個人が四体すべてを倒した扱いではなく、四体の討伐に参加した記録らしい。
「預金残高は大鉄貨九枚です。倉庫整理の報酬が大鉄貨五枚、今回の調査報酬が大鉄貨四枚になります」
「ありがとうございます」
「変異個体の情報提供報酬は、調査が完了してから追加されます」
処理が終わると、バルガスと記録係がユウトを奥の部屋へ案内した。
金属製の机には、封印具の付いた容器が置かれている。職員が長い金属挟みを使い、黒く濁った魔石を小さな受け皿へ移した。
「直接触れないでください。立ち会いの記録を残します」
「分かりました」
ユウトは許可を得て【鑑定】を使った。
【変質したジャイアントラットの魔石】
【魔力残量:少量】
【状態:異常変質】
【異常要因:外部からの魔力干渉】
【残留魔力:一方向への偏りあり】
【干渉方向:北西地下深部】
【推定距離:解析不能】
【詳細:解析不能】
以前見た劣化した魔石と、今回の変異個体の魔石。
複数の異常例を比較したことで、【解析上達】がそれぞれに残る魔力の偏りを結びつけたのだ。
「発生場所そのものは分かりません。でも、干渉を受けた方向は北西の地下深部です」
記録係の手が止まった。
バルガスが魔石を見下ろす。
「下水路の巣が原因ではないということか」
「はい。もっと奥に、別の何かがあります」
討伐は終わった。
だが、城壁都市の地下に潜む異変は、まだ入口を見せただけだった。
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