第10章 第228話 自分で選ぶ未来
黒い光が、六人へ降り注いだ。
「散開!」
俺の声と同時に、全員が動く。
だが、黒い光は空中で無数に枝分かれし、一人ひとりを追尾した。
「【多重結界】!」
エリシアの障壁が三重に展開する。
一枚目が砕けた。
二枚目に亀裂。
三枚目まで黒く侵食されていく。
「長くは保ちません!」
「だったら、保つ形に直す!」
レティシアが封神銀の残片を結界装置へ叩き込み、焼けた接続部を繋ぎ直す。
「ユウト! 今のうちだ!」
「ああ!」
俺は【鑑定】を発動した。
【対象:権能核】
【神格接続:継続中】
【相互維持:あり】
【権能核破壊のみ:再接続の可能性あり】
【神格接続のみ切断:権能核から再侵食の可能性あり】
やっぱり。
片方だけでは駄目だ。
権能核とヴォイドの崩壊した神格は、お互いを支え合っている。
同時に断ち切る必要がある。
けれど、【鑑定】が答えを全部教えてくれるわけじゃない。
なら――俺が作る。
【解析上達】
これまで得た情報を繋ぐ。
【探索上達】
フィーナが見つけた、神力が避けて流れる一点を経路として読む。
【武技上達】
神力攻撃の間を抜ける身体操作を組み立てる。
【スキル上達】
危険察知、魔力感知、剣術を途切れなく繋ぐ。
【魔法上達】
術式を一つへ統合する。
【医療上達】
五人へ入り込む神力汚染の進行を見極める。
【道具制作上達】
封印施設の中継構造を魔法術式へ応用する。
【武具制作上達】
レティシアが補修した対神格装備の耐久限界を読む。
八つ。
全部、今まで使ってきた力だ。
何かを無条件で与えてくれた力じゃない。
俺が見て、覚えて、失敗して、積み重ねてきたものを繋ぐための力。
「まだだよ」
ヴォイドが手を上げる。
「君が完成させれば、また世界は迷う」
神域の床から黒い槍が噴き出した。
「ユウトお兄ちゃん、右!」
フィーナの声に従って踏み込む。
一本を剣で逸らす。
二本目を回避。
三本目。
「拙者が!」
アイリスが斬り込んだ。
「この剣を振るう理由は――拙者が決める!」
神力の槍が一閃で砕ける。
「道は開いた!」
「ありがとう!」
術式を組み続ける。
ヴォイドの神力が、今度はフィーナへ集中した。
「君は自由で傷ついた。なら、もう選ばなくていい」
「嫌!」
フィーナは迷わなかった。
「フィーナのことは、フィーナが決める!」
短剣を投げる。
神力の薄い一点。
そこだけが裂けた。
「そこ!」
俺にも見えた。
権能核へ繋がる、本当の経路。
「エリシア!」
「固定します」
無数の術式が伸びる。
答えを直接求めない。
流れだけを捉え、分岐だけを絞り込む。
「完全な答えは要りません」
エリシアが微笑む。
「今、何を調べるかは私が決めます」
神力経路が拘束された。
「五秒!」
「十分!」
その瞬間、セレスの腕へ黒い紋様が走った。
「セレス!」
「まだ動けます!」
セレスは自分の汚染進行を最小限に抑える回復をかけながら、残りの魔力を俺たちへ広げる。
「外部神力だけを分離します!」
正常時の魔力波形。
それと今を比較し、入り込んだ神力だけを押し出す。
「治療は、その人の人生を決めることじゃありません!」
白い光が弾ける。
「自分で生きられるところまで戻すことです!」
頭の中の霧が晴れる。
「だからユウトさん!」
セレスが笑った。
「最後は、自分で決めてください!」
「ああ!」
胸元で金属音。
「動くんじゃないよ!」
レティシアが俺の防具へ工具を突き立てた。
「また壊れてる!」
「今!?」
「今だから直すんだろ!」
封神銀を追加。
回路を再接続。
「壊れない方がいいに決まってる!」
金槌が鳴る。
「でも壊れたなら、どう直すかはあたしが決める!」
【対神格干渉補助装備】
【耐久:限界域】
【推定維持時間:短時間】
「それでいい!」
俺は術式の最後の三箇所を繋ぐ。
一つ目。
「【スパーク】」
【現在MP:3】
二つ目。
「【ライト・ライン】」
【現在MP:2】
神格と権能核の境界が浮かび上がる。
最後。
「【シール・ポイント】」
【現在MP:1】
接続点を固定する。
これで。
もう一度【鑑定】。
【新規魔法術式構築完了】
【対象:ヴォイド神格接続/自由意思干渉権能核】
【作用:権能分離/神格接続断絶/神力汚染除去/崩壊神格構造破砕】
【推定階級:伝説級】
【必要MP:2876】
【現在MP:1】
【発動可能】
伝説級。
世界法則そのものを塗り替える神級ではない。
だから世界全体へは届かない。
だが、対象をヴォイドの神格接続と権能核、その一点だけへ絞れば――届く。
「……完成したんだね」
ヴォイドが静かに言った。
怒ってはいない。
ただ、ひどく悲しそうだった。
「それを壊せば、人々はまた間違える」
「うん」
「争う」
「止める」
「傷つく」
「助ける」
「救えない者も出る」
俺は一瞬だけ黙った。
「それでも、全部をお前一人が決めていい理由にはならない」
「どうして……」
「俺は、苦しみを残したいんじゃない」
ヴォイドを見る。
「病気も、飢えも、奴隷も、争いも。なくせるなら、なくしたい」
前の世界で。
初めて自分で選んだ、狭くて古い部屋。
あれが嬉しかった。
自分で選んだからだ。
「死ななくていい方法を探す」
「傷つかなくていい方法を考える」
「知識を使って、失敗を減らす」
足元の魔法陣が輝く。
「でも、そのために人生そのものを奪わない」
後ろには五人。
誰も、俺が無理やり連れてきたんじゃない。
「それが、俺たちの選んだ答えだ」
その時。
神域の外から、微かな光が届いた。
遊戯。
物語。
芸能。
祝祭。
四柱の神力。
ヴォイドを倒せるほど強くはない。
けれど、一瞬だけ。
世界へ広がる黒い干渉が鈍る。
同じ頃。
地上では。
避難所で座り込んでいた男が、ふらりと立ち上がった。
「……怖い」
その声に隣の女が頷く。
「私も。でも、行こう」
壁の避難表示を読む。
カルタで文字を覚えた子どもが、母親の手を引いた。
木片芝居の語り手が大声で避難路を伝える。
世界連合の兵士たちが、互いの判断を確認し合いながら動き始める。
完全には戻っていない。
それでも。
世界は、自分で動こうとしていた。
「ヴォイド」
俺は両手を前へ出す。
「ごめん」
元の娯楽神へは戻せない。
もう神格は崩れすぎている。
救う方法はない。
だから。
「もう、終わらせる」
「私は……ただ」
ヴォイドの声が震える。
「誰にも、泣いてほしくなかった」
「その願いは間違ってない」
魔法陣が白く燃える。
「でも、そのために選ぶ権利を奪った。それが間違いだった」
ヴォイドは長く黙った。
そして。
「……私には、まだ分からない」
小さく笑った。
「でも」
初めて。
俺ではなく、俺の選択を見た。
「君は、それを選んだんだね」
「ああ」
「なら――」
ヴォイドは目を閉じた。
「最後まで、君の選択を見よう」
俺は術式を解放する。
「【アカシック・リベレーション】!」
《アカシックレコード》として積み上げた知識を。
誰かを縛るためではなく。
支配から解き放つために使う。
白い光が走った。
権能核。
神格接続。
二つを同時に貫く。
接続が切れる。
権能核が砕ける。
同時に、互いを支え合っていたヴォイドの崩壊神格へ術式が流れ込む。
自己維持を失った神格へ、無数の亀裂。
「……そうか」
最後まで。
ヴォイドは穏やかだった。
そして。
砕けた。
【対象:ヴォイド】
【神格構造:完全崩壊】
【自由意思干渉権能:消滅】
【再生可能性:なし】
【再接続可能性:なし】
【現在MP:-2875】
【魔法使用不能】
【重度魔力欠乏】
視界が傾く。
「ユウトお兄ちゃん!」
フィーナに腕を掴まれた。
反対側からセレスが支える。
けれど。
誰もすぐには喋らなかった。
黒い神域が、静かにほどけていく。
世界へ伸びていた無数の糸も。
一つ。
また一つ。
光へ溶ける。
長い静寂のあと。
フィーナが鼻をひくつかせた。
白い耳が動く。
そして、尻尾が大きく振られた。
「ユウトお兄ちゃん」
「……うん?」
フィーナが笑う。
「ヴォイドの匂い――消えたよ」
その言葉を聞いて。
俺はようやく。
目を閉じた。
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