第10章 第226話 消せない声
「選ぶための声を、一人ずつ静かにしてあげよう」
ヴォイドが伸ばした手から、黒い神力が広がった。
避ける。
そう判断したはずなのに、身体が動くまでが遅い。
右か。
左か。
下がるか。
選択肢を思い浮かべるたび、思考へ薄い霧がかかる。
「ユウトお兄ちゃん、こっち!」
「っ!」
袖を引かれ、俺は横へ跳んだ。
直後、さっきまで立っていた場所を黒い光が貫く。
「助かった!」
「えへへ……フィーナが決めたからね!」
フィーナは苦しそうに息をしながら、それでも笑った。
ヴォイドの視線が彼女へ向く。
「なら、まず君から休ませよう」
「……やだ!」
黒い糸のような神力が伸びる。
フィーナへ届くまで、数瞬もない。
【鑑定】で全部を確認してから動く余裕はなかった。
「フィーナ!」
俺は剣を抜き、間へ入る。
黒い糸を斬る。
だが、刃は何の抵抗もなくすり抜けた。
「物質じゃない!」
エリシアが杖を振る。
「魔力でもありません。神力だけで繋がっています!」
同時に、床へ複数の解析術式を展開した。
「直接見えないなら――反応から逆算します」
黒い糸が脈打つ。
床の魔法陣、その一角が光った。
「右前方。床下です!」
「フィーナ、分かる?」
「……うん!」
フィーナが鼻をひくつかせる。
「黒い匂いが、そこだけ濃い!」
短剣を床の隙間へ差し込み、石板を跳ね上げた。
中から黒い結晶が現れる。
【名称:――――】
【分類:神力中継結晶】
【機能:個体意思への干渉補助】
【本体接続:あり】
【破壊時:局所干渉低下】
「アイリス!」
「承知!」
一閃。
結晶が砕けた。
フィーナへ伸びていた黒い糸が消える。
「……っ」
膝をつきかけたフィーナが踏みとどまった。
「大丈夫?」
「お腹すいた!」
「え?」
「それと……あっちには行きたくない!」
フィーナが即答する。
まだ自分で選べている。
「十分!」
ヴォイドが悲しそうに目を細めた。
「どうして、そこまでして迷いを取り戻すんだい?」
「迷いたいんじゃないよ!」
フィーナが言い返す。
「食べたいものも、行きたい場所も、フィーナが決めたいの!」
ヴォイドの周囲が揺れた。
今度は三つの姿へ分かれる。
「アイリス」
三人のヴォイドが同時に語る。
「正しい一人を選ばなければならない」
黒い刃が三方向から降る。
アイリスは剣で受け流しながら踏み込んだ。
だが、一瞬だけ足が止まる。
「……どれが本体でござる」
俺も【鑑定】する。
【本体判定:取得不能】
三体とも同じ。
「間違えるかもしれない」
ヴォイドの声が重なる。
「なら、剣を振らなくていい」
アイリスの剣先が僅かに落ちた。
その直後。
「――否」
再び構える。
「正解が見えぬなら」
一歩。
「己の剣で、確かめるまで!」
最初の一体へ斬撃。
消える。
二体目。
これも幻。
三体目が神力の刃を放つ。
「そこか!」
アイリスの剣が弾き返す。
「見事です!」
エリシアが声を上げる。
「答えを与えられずとも、確かめればよい。それが拙者の剣でござる!」
◇
黒い神力は止まらない。
次にエリシアの解析術式へ直接侵入した。
魔法陣の文字が黒く塗り替えられる。
「解析をやめれば、間違った答えに傷つかなくて済む」
「嫌です」
エリシアは即答した。
「分からないから調べるんです」
一度術式を消し、別構造で再展開する。
「答えを隠されるのは腹が立ちますが――それなら別の方法を試します」
セレスの身体にも黒い光が絡む。
「治療した相手が、また苦しむかもしれない」
「それでも治します」
セレスは自分の胸へ精神安定魔法を重ねた。
「治った後をどう生きるかは、その人が決めることですから」
そして、五人の正常時の魔力波形を照合する。
「外部神力の混入を確認! 本人の魔力と分離します!」
干渉を消すのではない。
本人が自分で判断できる状態へ戻す。
それがセレスの治療だった。
「レティシア!」
「分かってる!」
レティシアは砕けた心律晶の欠片を拾っていた。
「元通りにはできない!」
装備の補助回路へ、破片を一つずつ組み込む。
「でも、警報だけなら生かせる!」
小さな光が灯った。
【精神干渉兆候検知:簡易】
【使用可能回数:不定】
【精度:低下】
「上等!」
俺が叫ぶ。
「壊れたなら直す! 完全じゃなくても使える形にする!」
レティシアが笑う。
「それを決めるのは、あたしだ!」
◇
俺は戦いながら何度も【鑑定】を使った。
ヴォイド。
神力中継結晶。
床。
封印の残骸。
表示は欠ける。
肝心な場所ほど黒く潰れる。
それでも。
同じ情報が何度も隠される。
同じ方向へ神力が流れる。
そこには意味がある。
「……エリシア」
「はい」
「中継結晶が、神力を受け取るだけじゃない」
「返しています」
エリシアが空中へ流れを描く。
無数の細い線。
それぞれが別の位置から伸び。
神域の奥へ向かっていた。
「同じ方向ですね」
「ああ」
まだ場所までは分からない。
何があるかも見えない。
でも。
「中心になる構造がある」
その瞬間。
ヴォイドの神力の流れが僅かに変わった。
奥へ向かっていた線が、一斉に別方向へ曲げられる。
「……隠した」
「どうやら正解に近いようですね」
エリシアが呟く。
ヴォイドは答えない。
代わりに、解析魔法へ逆向きの神力を叩き込んだ。
「っ!」
魔法陣が砕ける。
「同じ方法は使わせてくれないみたいです」
「なら次を探す!」
フィーナが耳を立てる。
「さっきと匂いの流れも変わった!」
ヴォイドも学んでいる。
こちらが一つ見抜けば、一つ隠す。
だから。
俺たちも止まれない。
自分の状態を【鑑定】する。
【現在MP:3】
魔法は使える。
けれど、大きな一発を撃てばまたマイナスへ落ちる。
今は撃たない。
最後に必要な瞬間まで残す。
俺には剣がある。
習得した武技がある。
探索の知識がある。
仲間がいる。
そして。
見えている情報がある。
【解析上達】
答えを与える力じゃない。
集めた知識を整理し。
理解し。
繋ぐための力。
神力中継結晶の配置。
封印施設の構造。
迷宮で見た古代記録。
ヴォイドの反応。
エリシアの解析結果。
フィーナが感じ取る匂いの変化。
全部を重ねる。
「……まだ位置は分からない」
「ユウトお兄ちゃん?」
「でも、確実にある」
俺は神域の奥を見る。
「この権能を世界中へ広げるための――中心が」
ヴォイドは何も言わない。
ただ。
神域の奥で。
一度だけ。
何かが脈打った。
次の瞬間には、もう何も見えなかった。
けれど。
フィーナの耳が、ぴくりと動く。
「……今の」
「分かった?」
「ううん」
フィーナは首を振る。
それから、神域の奥をじっと見つめた。
「でも――変なところ、あったよ」
まだ場所は分からない。
まだ正体も見えない。
それでも。
初めて。
ヴォイドが隠したがったものへ、俺たちは手を掛けた。
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