第9章 第222話 最深部の扉
守護兵の群れが、一斉に踏み込んできた。
「前は拙者が引き受ける!」
アイリスが床を蹴る。
最初の槍を剣で逸らし、そのまま二体目の胴へ斬撃を叩き込む。
だが敵は止まらない。
「右から六! その後ろに大きいの!」
フィーナが叫ぶ。
「承知!」
アイリスが半歩下がった瞬間、その横を雷撃が貫いた。
「【ライトニング・レイン】」
エリシアの雷が守護兵だけを撃ち抜く。
俺は壁際へ座ったまま、霞む視界で戦場を見る。
【現在MP:-1611】
【魔法使用不能】
【集中力:大幅低下】
【鑑定】は使える。
けれど、表示された文字が一度では読めない。
焦点を合わせる。
二度。
三度。
【古代封印重装兵】
【右肩部:魔力負荷異常】
「レティシア……右肩」
「十分だ!」
巨大な斧が振り下ろされる。
レティシアが盾で受けた。
「ぐっ……!」
石床が割れる。
「フィーナ!」
「こっち!」
フィーナは正面から戦わない。
床の微かな音を拾い、古代の罠を見つけていた。
重装兵が踏み込む。
ガシャン!
拘束鎖が床から飛び出し、その脚へ絡みつく。
「今!」
「はああっ!」
アイリスの剣が右肩の継ぎ目を断った。
「お返しだよ!」
レティシアの戦鎚が胸部へ叩き込まれる。
巨体が沈む。
その時。
俺たち全員の胸元で、心律晶が鋭く震えた。
「来ます!」
セレスが真っ先に声を上げる。
「精神干渉です!」
全員が即座に意識を内側へ固める。
三秒後。
ぞわり、と。
冷たい何かが頭の中を撫でていった。
『もう戦わなくていい』
『傷つく必要もない』
『私に任せればいい』
だが、誰も止まらない。
フィーナが耳を伏せながら笑った。
「本当に三秒あった!」
「後で褒めてください!」
セレスはそう返しながら、俺の手首を取る。
「ユウト、こちらも続けます」
「……うん」
セレスは魔力回復薬を一気に飲ませない。
少量ずつ。
脈拍。
呼吸。
魔力循環。
身体の反応を確かめながら調整していく。
「魔力だけ急に戻すと、弱った回路が耐えません」
回復魔法ではなく、魔力の流れを整える補助術式を使う。
「今は身体の回復と一緒に戻します」
「時間……かかる?」
「だから皆さんが稼いでくださっているんです」
前を見る。
アイリスが斬る。
レティシアが受ける。
エリシアが撃つ。
フィーナが敵の進路を読み、罠へ誘導する。
一人で五人分のことはできない。
でも。
五人なら、俺が動けなくても前線を維持できる。
『見ただろう、ユウト』
ヴォイドの声が、今度は俺だけへ囁く。
『お前が力を使えば、仲間が代わりに傷つく』
『強い者の選択を、弱い者が背負う』
答える前に。
フィーナが叫んだ。
「違うよ!」
どうやら皆にも聞こえていたらしい。
「ユウトお兄ちゃんが無理やり連れてきたんじゃない!」
短剣で守護兵の膝裏を切る。
「フィーナたちは、自分でここまで来たの!」
『その選択で傷ついても?』
「それも勝手に決めないで!」
フィーナが歯を見せた。
「帰れば幸せだなんて、ヴォイドが決めることじゃないもん!」
その言葉と同時に。
最後の守護兵が倒れた。
◇
「奥です!」
フィーナが黒い壁へ駆け寄る。
「ここ、風が抜けてる!」
エリシアが触れる。
「扉ですね」
俺も何度か焦点を合わせる。
【名称:最深封印門】
【用途:主神級存在封印】
【状態:閉鎖】
【封印機構:一部損傷】
【外部干渉:強】
四つの紋様が刻まれている。
盤。
本。
仮面。
灯火。
「遊戯、物語、芸能、祝祭……」
その下には、さらに古い装置があった。
レティシアが膝をつく。
「こっちは扉じゃないね」
エリシアと二人で調べる。
「古代の補給機構です」
【名称:封印従事者用魔力補給陣】
【用途:長期封印戦闘支援】
【状態:休眠】
【損傷率:41%】
「これなら……」
セレスの目が変わる。
「使えます。ただし、そのままでは危険です」
「直すよ!」
レティシアが迷わず工具を取り出す。
エリシアが回路を読み。
レティシアが割れた導線を繋ぐ。
フィーナが壁の奥の魔力振動を聞き分ける。
「左側、まだ生きてる!」
「そっちを使います」
俺は座ったまま、読める情報だけを渡した。
「中央……過負荷」
「では切ります」
数分後。
補給陣が淡く光った。
「ユウト」
セレスが俺の肩へ手を置く。
「一気には戻しません。1を超えれば十分ですね?」
「うん」
俺の場合。
MPが1以上あれば、魔法は使える。
補給陣の魔力が、セレスの制御を通して少しずつ流れ込む。
【現在MP:-43】
【現在MP:-11】
【現在MP:0】
そして。
【現在MP:3】
【魔法使用可能】
「……戻った」
「三しかありませんからね」
「三もある」
「そういうところです」
セレスに睨まれた。
身体の重さはまだ残る。
完全回復じゃない。
でも。
戦える。
◇
その時だった。
四つの古代神紋が、ごく微かに光った。
盤。
本。
仮面。
灯火。
姿も。
声もない。
ただ、四つの小さな神力だけが迷宮へ届いた。
同時に。
扉へまとわりついていた黒い靄が、一瞬だけ薄れる。
【外部神力干渉:低下】
「今です!」
エリシアが叫んだ。
神々が扉を開けてくれるわけじゃない。
ヴォイドの妨害が、ほんの少し弱まっただけだ。
その隙を使う。
「認証術式、通します!」
エリシアが古代式を繋ぐ。
「右下が噛んでる!」
フィーナが音で場所を特定する。
「そこか!」
レティシアが歯車を修理する。
俺は【鑑定】で、途切れ途切れの情報を拾う。
「第三回路……逆流」
「切り替えました!」
ゴゴゴゴゴ――。
巨大な封印門が。
動き始めた。
地上では今も。
避難所で子どもへ物語を読む人がいる。
不安を紛らわせるため、リバーシを囲む家族がいる。
誰かを励ますため歌う人がいる。
祭りで培った繋がりを使い、避難民を支える人がいる。
その積み重ねが。
ほんの少しだけ、ここまで届いた。
扉が開く。
その先は。
巨大な円形空間だった。
壁面には八柱の神紋。
中央には、本来九つ目があったと思われる砕けた紋章。
床から天井へ伸びる無数の封印鎖。
その中心に。
一人の男がいた。
白い衣。
穏やかな顔。
無数の鎖に繋がれている。
だが、その半分近くは黒く腐食し。
何本かは、すでに切れていた。
【名称:ヴォイド】
【神格:主神級】
【状態:封印崩壊進行中】
【権能:――――】
邪神には。
到底見えなかった。
敵意すらない。
むしろ。
傷だらけで辿り着いた俺たちを心配するような、慈しみすら浮かべていた。
俺は立ち上がる。
まだ脚は重い。
それでも。
フィーナが道を見つけた。
アイリスが敵を切り払った。
エリシアが術式を解いた。
セレスが俺を戦線へ戻した。
レティシアが壊れた機構を直した。
俺一人では。
この扉まで来られなかった。
六人で、来た。
ヴォイドが微笑む。
「ようこそ、ユウト」
優しい声だった。
「よく頑張ったね」
鎖が。
一本。
音もなく、砕けた。
「だから、もう頑張らなくていい」
男は両腕を広げる。
「今度こそ――君たち全員を、幸福にしよう」
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