第9章 第221話 伝説級の一撃
二つの帝級魔法が、正面から激突した。
「――っ!」
轟音とともに、回廊全体が震える。
守護獣が放った【アースジャッジメント】は、前方だけを押し潰すように大地の力を一点へ収束させる帝級魔法。
対する俺が放ったのは――。
「【フローズン・カラミティ】!」
氷属性帝級魔法。
本来なら広範囲を凍結させる術式を、一本の巨大な氷槍へ変えて撃ち出している。
それでも威力が強すぎる。
両者の魔力がぶつかった瞬間、エリシアの結界が軋み、天井から砂埃が降った。
「ユウト! 正面衝突を続ければ、この区画が持ちません!」
「分かってる!」
力で押し切るのは駄目だ。
俺は守護獣の魔法へ【鑑定】を重ねる。
【アースジャッジメント】
【属性:土】
【階級:帝級】
【作用:局所圧壊】
【魔力圧縮点:三箇所】
【術式中枢:――――】
【情報完全性:保証不能】
全部は見えない。
だが、それで十分だ。
「エリシア! 右側の魔力を外へ逃がせる?」
「二秒なら!」
「頼む!」
エリシアが杖を振る。
結界の一部が変形し、ぶつかり合う帝級魔法の余剰魔力を側方へ流した。
衝撃で壁面が砕ける。
「レティシア!」
「補強は持ってる! 今ならやれるよ!」
俺は【フローズン・カラミティ】の形を変える。
巨大な一本の槍が三つへ分かれた。
威力そのものを増やすんじゃない。
相手の術式を支える三箇所へ、それぞれ突き刺す。
「砕けろ!」
三本の氷槍が魔力圧縮点を貫いた。
均衡が崩れる。
「アイリス!」
「承知いたした!」
アイリスが飛び込んだ。
崩壊しかけた【アースジャッジメント】の余波を剣で切り払い、そのまま守護獣の前脚へ刃を振り下ろす。
「はあああっ!」
轟音。
前脚が断たれ、巨体が傾いた。
「フィーナ!」
「分かってる!」
フィーナはすでに走っていた。
白狼族の鼻をひくつかせ、守護獣ではなく壁際へ向かう。
「こっち! あいつの黒い匂い、身体じゃなくて壁の中につながってる!」
短剣を隙間へ差し込み、石板を剥がす。
中にあったのは、拳ほどの黒い結晶だった。
【用途:守護機構補助核】
【状態:神力汚染】
【接続対象:守護獣】
「これだ!」
「えいっ!」
フィーナが短剣を突き立てる。
結晶が砕けた瞬間、守護獣を包んでいた黒い光が消えた。
「迷宮からの神力供給が切れたよ!」
レティシアが叫ぶ。
「アイリス!」
「これにて!」
一閃。
守護獣の首が落ちる。
巨大な石の身体が、轟音を立てて崩れた。
勝った。
そう思った直後だった。
ゴォン――。
迷宮の奥で、何かが鳴った。
床。
壁。
天井。
無数の古代術式が黒く染まり、一斉に瘴気を吐き出す。
「結界!」
エリシアが障壁を展開する。
だが、黒い霧が触れただけで表面が削られていく。
「ただの瘴気ではありません!」
セレスが声を上げる。
「神力が混ざっています!」
俺も確認する。
【性質:瘴気/神力混合】
【作用:魔力侵食/精神干渉/生命力低下】
【発生源:複数】
【停止方法:取得不能】
フィーナが周囲を嗅ぐ。
「前も後ろも駄目! でも……右奥!」
「何かある?」
「風が戻ってくる! 黒い匂いも、そこだけ流れが違う!」
俺たちは右奥を見る。
一見すると壁。
だが、その奥には古代の排気路が残っていた。
「使える」
黒い霧を消すだけじゃ駄目だ。
浄化した魔力の逃げ場が必要になる。
「レティシア、守護獣の石材を見て!」
「もう見てるよ!」
【古代封印石】
【性質:神力遮断】
【加工適性:高】
レティシアが笑う。
「こいつで壁と床を補強する!」
「エリシアは外周結界!」
「了解です」
「フィーナは排気路を開けて、神力の濃い流れを教えて!」
「任せて!」
「セレス、全員の魔力波形を!」
「心律晶の記録を使います!」
セレスが六人分の基準波形を展開する。
これなら、浄化対象から仲間を外せる。
俺は頭の中で、何度も組んできた術式を呼び起こした。
帝級光風魔法【セイクリッドストーム】。
その進化先。
俺は以前から【鑑定】で構造を読み、エリシアと何度も机上で再現していた。
ただ。
国家級の影響を持つ魔法を、実戦で使う場所がなかった。
【伝説級魔法】
【セレスティアルテンペスト】
【用途:大規模瘴気/呪域/魔力汚染浄化】
このまま撃てば迷宮ごと危ない。
だから、国家全域へ広げる拡散術式は使わない。
伝説級の浄化核だけを残す。
総出力を落とし、対象を瘴気と外部神力へ限定する。
その代わり。
制御の負担は、普通に撃つより遥かに大きい。
「ユウト」
エリシアが俺を見る。
「理論上は可能です。ですが、発動まで六秒は必要です」
「六秒か」
その時。
瘴気の中から石像兵が飛び出した。
「拙者が稼ぐ!」
アイリスが前へ出る。
一体。
二体。
三体。
斬る。
弾く。
踏み込ませない。
「六秒程度でござろう!」
さらに二体が左右から迫る。
「五!」
フィーナが排気路の蓋を蹴り開けた。
「開いた!」
「四!」
レティシアが封印石を床へ叩き込む。
「補強完了!」
「三!」
エリシアが結界を閉じる。
「外周固定!」
「二!」
セレスが六人の魔力波形を俺へ送る。
「対象除外、できます!」
「一!」
アイリスの剣が、最後の石像兵を斬り伏せた。
「今でござる!」
魔法を撃つのは俺だ。
でも。
この魔法を安全に撃てる場所を作ったのは、俺一人じゃない。
「――【セレスティアルテンペスト】!」
白い光が爆発した。
暴風ではない。
光そのものが渦となり、フィーナが見つけた神力の流路へ沿って走る。
セレスが示した仲間の魔力を避け。
エリシアの結界から外へ漏れず。
レティシアの補強した床と壁を壊さず。
黒い瘴気とヴォイドの神力だけを巻き込んでいく。
白。
白。
白。
迷宮を埋め尽くしていた黒が、消える。
そして。
静寂が戻った。
「……成功した」
そう口にした直後。
頭蓋の内側を殴られたような痛みが走った。
【現在MP:-1842】
【魔法使用不能】
【身体能力:大幅低下】
【集中力:大幅低下】
【反応速度:大幅低下】
【警告:重度魔力欠乏】
「……っ」
足が動かない。
倒れないよう踏ん張ったつもりなのに、身体が命令についてこない。
音まで遠くなる。
「ユウト!」
フィーナが咄嗟に身体を差し込んだ。
俺の勢いを受け止め、セレスが反対側から支える。
「……魔法、使えない」
それだけは伝えないと。
「少し……任せる」
「はい」
セレスが即答した。
その時。
浄化された回廊の奥で、古代文字が青白く点灯した。
【封印防衛機構:再起動】
【認証機構:損傷】
【判定方式:未登録存在を侵入者として処理】
【排除対象:現在区画内の六名】
「……なるほどね」
レティシアが盾を構える。
黒い神力で眠っていた、本来の守護兵たち。
十。
二十。
さらに奥から。
何十体もの鎧兵が起き上がる。
俺にはもう魔法が使えない。
立つことさえ難しい。
それでも。
アイリスが一歩前へ出た。
「ユウト殿は、そこでお休みくだされ」
エリシアがその隣へ並ぶ。
「今まで十分すぎるほど働きました」
レティシアが盾を床へ打ち付ける。
「ここからは、あたしたちの仕事さ」
セレスは俺を壁際へ座らせ、回復処置を始める。
「絶対に立たないでください。命令です」
最後に。
フィーナが短剣を抜いた。
「ユウトお兄ちゃん」
振り返って、にっと笑う。
「フィーナたちがいるから、大丈夫だよ」
昔。
俺が守ることしかできなかった少女が。
今は俺を守る側に立っている。
守護兵の群れが、一斉に動いた。
俺は初めて。
魔法を一つも使えないまま。
五人の背中へ、すべてを預けた。
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