第9章 第214話 見えない答え
石門の外から差し込んでいた光が、六人の背後でゆっくりと細くなっていった。
やがて。
ゴゴゴゴゴ――。
重い音とともに、巨大な門が閉じる。
最後の光が消えた。
「……暗いね」
フィーナの声が響く。
「ライト」
ユウトが初級光魔法を使う。
白い光球が浮かび、石造りの通路を照らした。
幅は六人が横に並べるほど。
壁も床も黒灰色の石で組まれている。
装飾はほとんどなく、ただ地下へ向かって緩やかに傾斜していた。
ユウトは正面を見る。
【鑑定】。
【名称:――――】
【用途:封印施設】
【構造:一部取得不能】
【現在位置:――】
【危険度:解析不能】
【警告:取得情報に外部干渉を確認】
文字の一部が、黒い染みで塗り潰されたように欠けている。
「さっきよりひどくなってる」
「完全に使えないわけではないのでござるな?」
アイリスが尋ねる。
「うん。でも……どこにいるかも分からない」
今までなら、遺跡でもダンジョンでも、対象を見れば何かしらの答えが返ってきた。
ここでは違う。
答えそのものを隠されている。
「ユウトお兄ちゃん」
先頭にいたフィーナが振り返った。
「ゆっくり行こ?」
「……そうだね」
六人は進み始めた。
しばらくして、通路が二つに分かれる。
右。
左。
見た目にはまったく同じだった。
ユウトは右側を【鑑定】する。
【名称:通路】
【状態:正常】
【危険要素:確認されません】
続いて左。
【名称:通路】
【状態:正常】
【危険要素:――――】
「右は問題なさそうだ」
そう言って、一歩踏み出しかける。
「待って!」
フィーナがユウトの腕をつかんだ。
「どうした?」
「右……変な音する」
「音?」
フィーナの耳が小刻みに動く。
「カチ……カチ……って。すっごく小さいけど」
ユウトには聞こえない。
アイリスも首を横へ振った。
「拙者にも分からぬ」
フィーナは四つん這いに近い姿勢になり、床へ顔を近づける。
「あと、鉄の匂い」
ユウトは足元を見る。
もう一度【鑑定】。
【名称:床石】
【状態:正常】
【危険要素:確認されません】
「……正常」
そう呟いた直後。
エリシアがしゃがみ込んだ。
「床石そのものは、でしょうね」
「え?」
「少し下がってください」
杖の先を床へ近づけ、微弱な魔力を流す。
薄い光が石の隙間を走った。
「床の下に別の魔力回路があります」
レティシアも槌の柄で床を軽く叩く。
コン。
コン。
カン。
「……空洞がある」
ユウトは息を止めた。
【鑑定】は間違っていない。
床石は正常だ。
ただし。
その下については、何も教えてくれなかった。
「危なかった……」
あと一歩。
踏み込んでいたかもしれない。
「ユウトお兄ちゃんでも分かんないこと、あるんだね」
フィーナは責めるでもなく、少し嬉しそうに言った。
「あるみたい」
「じゃあ、フィーナもいっぱい見る!」
尻尾が立つ。
「お願い」
「うん!」
フィーナは右通路の入口を丹念に調べていく。
やがて壁際の細い隙間を指差した。
「ここ。風が出てる」
エリシアが確認する。
「奥に空間がありますね」
レティシアが壁の継ぎ目へ指を滑らせる。
「隠し扉だ。かなり古いけど、まだ生きてる」
ユウトも【鑑定】する。
【名称:隔壁】
【開閉機構:取得不能】
【解除方法:――――】
答えは出ない。
フィーナが微かな空気の流れを追う。
エリシアが内部の魔力回路を見る。
レティシアが石組みと金具の位置を探る。
やがて。
「フィーナ、その上の溝にある金具。少しだけ押せる?」
「これ?」
「そう。ゆっくりだ」
「うん」
カチ。
続いてエリシアが少量の魔力を流す。
レティシアが横へ力をかけた。
石壁が、ゆっくりと開いた。
「えへへ!」
フィーナが得意げに笑う。
「開いた!」
「助かったよ」
ユウトは素直に言った。
もし一人だったなら。
右の通路へ進んでいた。
その事実だけを胸に置き、六人は隠し通路へ入った。
通路の先には、巨大な円形広間があった。
中央に立っていたのは、人の形をした何か。
高さは三メートルほど。
白い石で作られた身体。
だが顔には目も鼻も口もない。
胸には丸い空洞。
肩から垂れる石の布には、薄れてはいるものの、人々が輪になって踊る姿が刻まれていた。
「……神像?」
セレスが呟く。
「昔の祭礼用かもしれません」
エリシアが目を細める。
ユウトが【鑑定】する。
【名称:――――】
【種別:――――】
【危険度:解析不能】
【構造:外部干渉により欠損】
【――――】
ほとんど分からない。
次の瞬間。
胸の空洞へ黒い光が灯った。
「動く!」
石像の腕が持ち上がる。
手には何もなかった。
それなのに。
空中へ魔法陣が出現する。
「魔法!」
ユウトが反射的に【鑑定】した。
【発動魔法:ストーンランス】
【属性:土】
【階級:上級】
【発動点:前方三点】
「散って!」
三本の石槍が床を突き破る。
六人が左右へ飛ぶ。
轟音。
石片が飛び散った。
「今のは見えた!」
ユウトが叫ぶ。
「対象そのものは隠されても、実際に発動した魔法までは完全には隠せない!」
「興味深いですね!」
エリシアの目が輝く。
「喜んでる場合じゃないよ!」
レティシアが大盾を構えた。
石像が床を蹴る。
速い。
「来る!」
大盾と石の拳がぶつかった。
ドォン!
「ぐっ……!」
レティシアの靴が床を滑る。
「重いよ、こいつ!」
アイリスが横から斬り込む。
「はあっ!」
刀が肩口へ食い込む。
だが。
石像の胸にある黒い光が強まった。
切断しかけた傷が、黒い筋に覆われる。
欠けた石が引き寄せられた。
「再生した?」
「違う!」
ユウトが見る。
完全に修復したわけではない。
黒い力で無理やり形を保っている。
「じゃあ、あの胸が――」
ユウトは反射的に雷魔法を構えた。
弱点かもしれない。
だが。
「ユウトお兄ちゃん、待って!」
フィーナの叫びで止まる。
「胸じゃない!」
「え?」
「黒い匂い、胸からじゃないよ!」
フィーナは石像の周囲を走っていた。
攻撃を避けながら、鼻と耳で何かを探している。
「後ろ!」
石像の背後。
腰の少し上。
石の合わせ目に、小さな黒い結晶が半ば埋め込まれていた。
「そっちから胸に流れてる!」
ユウトが視線を向ける。
【鑑定】。
【名称:――――】
【状態:異常】
【外部神力:検知】
【接続先:取得不能】
それだけで十分だった。
「胸は核じゃない。あそこから力を送ってる!」
「承知いたした!」
アイリスが走る。
石像が振り返ろうとする。
「させるか!」
レティシアが盾で体当たりした。
巨体がわずかに傾く。
エリシアが杖を掲げる。
「バインド・ウォール」
床から伸びた石壁が両脚を挟み込む。
「ユウト!」
「分かってる!」
迷宮そのものの耐久力は読めない。
だから広範囲魔法は使わない。
ユウトは雷の上級術式を極限まで絞る。
威力を落とすのではない。
当てる場所だけを狭める。
「ライトニング・ピアース!」
一本の細い雷光が黒い結晶へ突き刺さった。
バチィッ!
黒い神力が一瞬だけ乱れる。
「今!」
「いざ!」
アイリスの刀が閃いた。
黒い結晶だけが切り飛ばされる。
石像の動きが止まった。
胸の光が消える。
巨体が前へ倒れ――。
ズゥン。
広間へ重い音が響いた。
しばらく誰も動かなかった。
「……終わった?」
フィーナが慎重に近づく。
「待ってください」
セレスが全員を止めた。
「どうした?」
「皆さん、そのままで」
セレスはユウトの手首を取る。
次にアイリス。
エリシア。
レティシア。
最後にフィーナ。
表情が少しずつ険しくなる。
「身体の怪我はほとんどありません。でも……」
「でも?」
「全員、魔力の流れが少し乱れています」
エリシアが自分の手を見る。
「戦闘による消耗とは違いますね」
「はい。それと……」
セレスは自分の胸へ手を当てた。
「理由もないのに、少しだけ気持ちが落ち着きすぎています」
ユウトは言葉を失う。
恐怖がないわけではない。
だが。
確かに。
さっき罠へ踏み込みかけた時も。
石像に襲われた時も。
本来ならもっと緊張していていい。
「……もう影響が始まってる?」
「おそらく、ごく微弱ですが」
セレスが革袋から、出発前に用意した精神干渉対策の補助具を取り出す。
「今のうちに使いましょう」
苦みのある香草の匂いが広がる。
ユウトの頭が少しだけ冴えた。
その時。
広間の奥にある扉が、勝手に開いた。
その向こう。
さらに深い闇から。
優しい声が届いた。
『怖いだろう』
誰も答えない。
『知らないものへ進む』
『間違えるかもしれない』
『傷つくかもしれない』
穏やかな声だった。
責めていない。
脅してもいない。
むしろ、本気で心配しているように聞こえる。
『もう、そんな思いをしなくていい』
『道なら、私が用意しよう』
フィーナの耳が伏せる。
ユウトは暗闇を見つめた。
「……頼んでない」
返事はなかった。
代わりに。
ユウトの視界へ【鑑定】の文字が浮かぶ。
【現在位置:取得不能】
【進行経路:取得不能】
【帰還経路:――――】
最後の一行が。
ゆっくり黒く潰れていった。
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