第8章 第213話 世界を託して
六国対邪神協定によって発足した世界連合は、まだ生まれたばかりだった。
それでも、王都の冒険者ギルド本部には朝から休む間もなく報告が届いている。
「ルーンベルクより。主要都市への広域結界術師の配置、第一段階完了」
「エルフィナの治療班がアルテシア東部へ到着しました。精神干渉を受けた者への段階的な処置を開始しています」
「ガルディアより小規模救援隊が出発。国内防衛を優先するため人数は限定するとのことです」
「ドラグニア北部で高位魔物を確認。迎撃部隊が現地へ向かっています」
「グランバルドから補修用魔道具と武具が到着しました!」
次々と飛び交う声を聞きながら、ユウトは少しだけ肩の力を抜いた。
各国が同じ命令に従っているわけではない。
それぞれが、自分たちで考え、自分たちにできる方法を選んでいる。
それでいい。
「……ちゃんと動いてるんだな」
「ああ」
隣に立っていたグレイグが頷く。
「お前たち六人がいなくても、世界は止まらん。止めさせもしない」
その言葉は、ユウトが思っていた以上に心強かった。
最初は何も知らなかった。
知らないものを見つけるたびに【鑑定】し、分からないものを調べ、自分で試してきた。
けれど今は違う。
自分が知らないことを、仲間に聞ける。
自分たちだけで足りないことを、他国の研究者や職人へ頼める。
そして、自分がいない場所でも、渡した知識を誰かが使ってくれる。
「ユウト」
レティシアに呼ばれ、振り向く。
「最終確認だ。こっち来な」
ギルド本部の一室には、六人分の装備が並べられていた。
すべてを新しくしたわけではない。
これまで共に戦ってきた装備へ、六か国から集められた技術と素材を加えたものだ。
「まず、お前のだ」
レティシアがユウトの防具を叩く。
「グランバルドの鉱石で要所を補強。エルフィナの霊樹繊維を裏地に入れて、ルーンベルク式の魔力安定機構を仕込んだ。瘴気への耐性も上げてある」
「こんなに軽いのに?」
「重けりゃ強いってもんじゃないよ」
ユウトが【鑑定】を使う。
【複合耐瘴防具】
【品質:最高級】
【物理耐性:高】
【魔力耐性:高】
【瘴気耐性:高】
【精神干渉耐性:補助】
【注意:神格による直接干渉を完全に防ぐことはできません】
「……やっぱり完全には防げないか」
「神様相手の鎧なんて作ったことないからね」
レティシアは鼻を鳴らした。
「だから防具を信用しすぎるな。お前の頭と、あたしたちを使え」
「うん」
フィーナの装備には、視界の悪い場所でも扱いやすい短剣と鉤縄。
アイリスの刀には、刃そのものを変えず、封印領域の魔力へ対応するための新しい鞘と補助金具。
エリシアの杖には、結界術式を素早く展開するための魔力回路。
セレスの治療道具には、肉体だけでなく精神状態の変化まで見落としにくくする補助魔道具が追加されていた。
「これ、便利ですね」
セレスが小さな魔石の付いた器具を手に取る。
「患者さんの代わりに答えを出す道具ではありません。変化へ気付きやすくしてくれるだけです」
「その方がセレスらしいね」
「はい」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
最後にレティシアは自分の大盾を持ち上げる。
「こいつだけは、あたしが好きにやった」
「そこだけ自由なの?」
「鍛冶師の特権だよ」
フィーナが笑った。
「絶対すっごく硬いやつだ!」
「当然だろ」
短い笑いが部屋に広がる。
これから向かう場所を考えれば、不思議なくらい穏やかな時間だった。
だが、永遠には続かない。
装備を整えた六人が一階へ降りると、グレイグが待っていた。
「北方の古代大迷宮までの経路は確保した。途中の補給拠点も準備済みだ」
机の上には地図が広げられている。
アルテシア王国北部。
そのさらに先。
人の居住地がほとんど存在しない山岳地帯に、目的の古代大迷宮はあった。
「軍を付けることもできる」
グレイグが言う。
「でも、付けない方がいいんですよね」
「ああ。古い記録じゃ、人数が多いほど迷宮内部の封印機構が不安定になる可能性がある。それに兵を地下へ送れば、地上が薄くなる」
ユウトは地図を見た。
少し前なら、迷ったかもしれない。
自分たちがいなくなった場所で何か起きたらどうするのか。
全部、自分で何とかしなければならないのではないか。
けれど今は。
「地上を、お願いします」
「ああ」
グレイグは即答した。
「帰ってきた時に世界がなくなってた、なんて間抜けなことにはさせん」
「頼もしいですね」
エリシアが眠そうな顔のまま笑う。
「お前らも間抜けな死に方はするなよ」
「承知いたした」
アイリスが深く頭を下げた。
王都北門で、派手な式典は行われなかった。
世界が危機にある中で、英雄を送り出すためだけに人を集める余裕などない。
それでも、数人だけが待っていた。
商業ギルドの職員。
ギルド本部の職員。
以前、木片芝居を上演していた語り手。
そして、その隣には一人の少年がいた。
「ユウト兄ちゃん!」
「あれ?」
見覚えがある。
カルタを広め始めた頃、文字をほとんど読めなかった子だ。
少年は一枚の木札を胸の前へ掲げた。
そこには、自分で書いた文字がある。
『かえってきて』
「……読めるようになったんだ」
「うん!」
誇らしげに答えた少年は、そのまま続ける。
「帰ってきたら、また新しい遊び教えて!」
ユウトは少し考えてから笑った。
「分かった。帰ってきたら、一緒に考えよう」
「約束な!」
「約束」
フィーナが横で尻尾を大きく振った。
「フィーナも混ざる!」
「拙者も、勝負事であればぜひ」
「アイリス、まだ何を作るかも決まってないよ」
「む……確かに」
皆が笑う。
そして六人は、王都を後にした。
北へ進むにつれ、道は細くなった。
町が村になり、村が小さな集落になり、やがて人家そのものが消えていく。
緑は減り、灰色の岩肌が増えた。
不思議なことに、魔物の気配さえ少なくなっていった。
「……静かすぎるね」
フィーナの耳が落ち着かなく動く。
「うん。鳥も少ない」
ユウトが答える。
何もいないのではない。
何かがいるから、近づかない。
そんな静けさだった。
山岳地帯へ入ってさらに進み、六人はついに巨大な石門の前へたどり着いた。
半ば山そのものへ埋もれた、古代の入口。
ユウトは石門へ【鑑定】を使う。
【名称:古代大迷宮・――――】
【用途:封印施設】
【内部構造:解析妨害】
【危険度:判定不能】
【警告:解析結果に外部干渉を検知】
【以降の情報の完全性を保証できません】
「……来たな」
今までとは違う。
見えないのではない。
見えるはずの情報が、何者かによって隠されている。
「ユウトお兄ちゃん」
フィーナが一歩近づいた。
「怖い?」
「……少し」
正直に答える。
「でも、【鑑定】で見えないからって、今まで覚えたことまでなくなるわけじゃない」
それ以上は言わなかった。
本当にできるかどうかは、この先で確かめるしかない。
アイリスが刀の柄へ手を置く。
「ならば、見えぬ先は拙者たちで切り開くのみでござる」
「そうですね。見えないものは、少しずつ調べましょう」
エリシアが石門を見上げる。
「無茶だけは駄目ですよ」
セレスが念を押した。
「壊れた物はあたしが直す。だから生き物の方は壊れる前に言いな」
レティシアが続ける。
ユウトは五人を見る。
そして、頷いた。
「行こう」
古代の鍵が起動する。
重い石音とともに、巨大な門がゆっくり左右へ開いていく。
その向こうには、地下深くへ続く長い階段。
一歩。
ユウトが境界を越える。
続いて五人も石門の内側へ入った。
その瞬間。
視界の端に浮かんでいた【鑑定】の文字が、初めて大きく揺らいだ。
【警――】
【――析不能】
【情報――損】
表示が崩れる。
後ろでは、まだ外の光が差し込んでいる。
けれど前には、どこまでも続く暗闇しかなかった。
地上は、もう自分たちだけで守る世界ではない。
だからこそ六人は、その世界を仲間たちへ託した。
そして《アカシックレコード》は――
神さえ完全には見通せない領域へ、足を踏み入れた。
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