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一度見た魔法とスキルを【鑑定】したら、すべて習得できました  作者: 阿鼻恭介
第8章

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第8章 第212話 託すという強さ

 会議室の中央に広げられた巨大な地図には、アルテシア王国北方の山岳地帯が描かれていた。


 その一角。


 古代大迷宮。


 さらに、その最深部へ続くと記された封印地。


 邪神ヴォイドが眠る場所だった。


「問題は、誰を行かせるかだ」


 冒険者ギルド本部長グレイグの言葉で、室内の空気が変わった。


 六か国の代表。


 軍人。


 神官。


 魔導師。


 冒険者ギルドと商業ギルド。


 それぞれの視線が、地図の一点へ集まっている。


 アルテシア王国の将軍が口を開いた。


「我が国から精鋭三百。加えて各国から選抜兵を出せば、千に近い戦力を用意できる」


「冒険者も百名程度なら集められる」


「大神殿からも神官を派遣できます」


 次々と数字が積み上がっていく。


 ユウトは地図を見つめたまま、眉を寄せた。


「……多すぎます」


 静寂が落ちた。


 将軍が険しい顔を向ける。


「多い?」


「はい」


 ユウトは顔を上げた。


「相手は、魔物だけじゃありません。人の判断そのものへ干渉してくる神です」


 町で見た光景が脳裏によみがえる。


 炎から逃げようとしなかった人。


 悲しむことさえできなくなった人。


 自分の意思で笑っているのか、それすら分からなくなった人々。


「百人連れて行って、その半分が操られたら、残りの半分は仲間とも戦わなきゃいけなくなる」


「……」


「千人なら、もっと危険です」


 獣王国ガルディアの代表が腕を組む。


「だが、少人数なら全滅した時点で終わりだ」


「そうですな」


 ドラグニアの老将も続いた。


「封印そのものを扱うなら神官も必要となるやもしれぬ。負傷者が出た場合、撤退すら困難になろう」


「先に調査隊を送るべきでは?」


 もっともな意見だった。


 ユウトも否定しない。


「俺も、一人で行くつもりはありません」


 そう言ってから。


 一度、言葉を止めた。


 危うく、自分で決めるところだった。


 誰を連れていくか。


 誰が危険な場所へ行くか。


 それは、ユウトが決めていいことではない。


「俺は行きます」


 ユウトは五人を見る。


「でも、みんなが行くかどうかは、俺が決めることじゃない」


 最初に立ち上がったのはフィーナだった。


 白い耳がぴんと立つ。


「行くよ」


「フィーナ」


「ユウトお兄ちゃんが行くからじゃないよ」


 少しだけ胸を張る。


「フィーナが行くって決めたの」


 そして、いつもの笑顔。


「一番下まで道を見つけるの、フィーナの仕事だもん!」


 次にアイリスが立つ。


「無論、拙者も参る」


「危険だよ」


「承知の上でござる」


 腰の刀へ手を置いた。


「ここまで共に歩んできて、最後だけ背を向ける道理はござらぬ。それに――」


 まっすぐな瞳がユウトを見る。


「道を阻む者がおるなら、拙者が斬り開く」


 エリシアは椅子に座ったまま、小さく息を吐いた。


「私も行きます」


「エリシアも?」


「神が用意した答えを受け取るだけ、というのは趣味ではありませんから」


 眠そうな目が、少しだけ鋭くなる。


「自分で調べて、自分で確かめたいです。古代術式と封印構造の解析も必要でしょうし」


 セレスも立ち上がった。


「私もです」


「セレス」


「誰も苦しまない世界を作る、というヴォイドの言葉……全部が間違っているとは思いません」


 優しい声だった。


「苦しみは、少ない方がいいです。病気も怪我も、本当ならない方がいい」


 そこで、きっぱり続ける。


「でも、だからといって人そのものを変えていい理由にはなりません」


 胸の前で手を握る。


「救うという言葉を、ヴォイドだけのものにはしたくありません」


 最後にレティシアが豪快に笑った。


「ここまで来て工房で留守番しろって言われた方が怒るよ」


「言わないよ」


「なら決まりだ」


 小柄な身体で腕を組む。


「壊れた封印だろうが武器だろうが、その場で直してやる。それにさ」


 にやりと笑った。


「世界を壊しかけてる神様より、壊れたもんを直し続けてきた鍛冶師の方がしぶといって教えてやろうじゃないか」


 グレイグが深く息を吐いた。


「……つまり六人か」


「はい」


 ユウトは今度こそ、迷わず答えた。


「《アカシックレコード》で行きます」


 将軍はまだ納得していない顔だった。


「六人でなければならない理由は?」


「一人欠けたら、できなくなることがあるからです」


 ユウトは順番に仲間を見る。


「フィーナは、俺の【鑑定】でも拾えない微かな違和感や道を見つけられる」


 白い耳が嬉しそうに揺れる。


「アイリスは、俺が解析している間でも強敵を真正面から止められる」


「承知いたした」


「エリシアは古代魔法と結界を、俺とは違う知識から読める」


「記録もしますよ」


「セレスは精神汚染を含めて、その場で治療判断ができる」


「無理は駄目ですよ。全員です」


「レティシアは迷宮の中で装備も古代機構も直せる」


「任せな!」


 そしてユウトは、自分の胸へ手を置いた。


「俺は、みんなが集めた情報をまとめて、解析する」


 一人なら、多くのことができる。


 だが。


 一人で六か所へ同時に立つことはできない。


 一人で敵を倒しながら、罠を探し、結界を解析し、治療し、壊れた装備を直すことはできない。


 だから六人なのだ。


「……理解した」


 将軍が頷いた。


「少数だからではない。六人で一つの部隊というわけか」


「はい」


 グレイグが鼻を鳴らした。


「最初からそう言え」


「すみません」


「謝るくらいなら、生きて帰ってこい」


「それは必ず」


 その直後だった。


 会議室の通信魔道具が淡く光った。


『こちらガルディア西部支部! 避難完了率、八割を超えました!』


 続けて別の声。


『グランバルド南街道、物資輸送隊通過! 薬品、保存食、魔石を予定数確保!』


『エルフィナ東部集落、負傷者受け入れ開始しています!』


 次々と報告が入る。


 世界連合が動き始めていた。


 軍の指揮権は各国に残す。


 だが、情報と救援は国境を越える。


 それが六か国の選んだ形だった。


『追加報告です!』


 通信魔道具から、若い女性の声が響いた。


『避難指示を読めない住民に対して、木片芝居の語り手たちが絵を使って説明しています!』


 ユウトが顔を上げる。


『それと……北区では、生活カルタで文字を覚えた住民が避難札を読んで、高齢者を誘導しています!』


 会議室の隅で、商業ギルドの代表が笑った。


「今まで盤や駒を運んでいた荷車へ、薬を積んでいる」


 別の資料をめくる。


「童話集を運んでいた馬車には保存食。各地の販売支店は避難者名簿と魔物情報の集積所になった」


 ユウトは、しばらく何も言えなかった。


 最初は。


 雨の日の暇つぶしだった。


 子どもを喜ばせたかっただけだった。


 誰かが文字を覚えればいいと思った。


 職人に仕事が増えればいいと思った。


 それが今。


 ユウトの知らない町で。


 ユウトの知らない人たちを助けている。


「……俺がいなくても、ちゃんと動いてるんだな」


 ぽつりと漏れた。


 エリシアが小さく笑う。


「知識は渡した時点で、もうユウトだけのものではありませんから」


 その時。


 ユウトの【鑑定】が、一瞬だけ反応した。


 通信魔道具の向こう。


 遠い土地から届く、四種類の淡い輝き。


【神力反応】


【系統:遊戯/物語/芸能/祝祭】


【詳細閲覧不能】


【効果推定:精神干渉への抵抗補助】


「……四柱も」


「どうしました?」


「いや」


 ユウトは首を振った。


「地上は、思ってたよりずっと強いみたいだ」


 グレイグが笑う。


「ようやく分かったか」


 世界を守るのは、六人だけではない。


 軍も。


 冒険者も。


 神官も。


 商人も。


 職人も。


 文字を覚えた子どもも。


 絵を掲げて避難路を伝える語り手も。


 皆が、自分のできることを選んでいる。


 だから。


 ユウトたちも、自分たちにしかできない場所へ行ける。


「地上は任せます」


「任された」


 グレイグが即答した。


 その時、ドラグニアの神官が古びた文書を差し出した。


「出発前に、一つ確認していただきたい」


 そこには、封印迷宮について新たに解読された一文があった。


 ユウトが目を走らせる。


『封印域において鉄は朽ち、魔力は乱れ、心は主の声に晒される』


「……」


 レティシアが横から覗き込み、口角を上げた。


「なるほどね」


「分かる?」


「ああ」


 拳を鳴らす。


「ただ強い装備を作るだけじゃ駄目ってことさ」


 エリシアも文書を読む。


「魔力撹乱対策も必要ですね」


「精神干渉への耐性も用意しましょう」


 セレスが続ける。


 アイリスは静かに刀へ触れた。


「ならば、最後の仕度でござるな」


「うん」


 ユウトは五人を見た。


 地上を守る力は、もうある。


 背負う必要はない。


 託していい。


 そのことを、ようやく心から信じられた。


「最高の装備で行こう」


 世界に背を向けるのではない。


 世界へ背中を預けて。


 六人は、最深部へ向かう準備を始めた。

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