第8章 第207話 疑う者たち
六か国の代表がアルテシア王国へ集まった大議事堂は、開始前から重い空気に包まれていた。
中央の長机には、黒い瘴気に汚染された魔石。
邪教徒の儀式具。
精神干渉を受けた者たちの治療記録。
各国から持ち寄られた古代文書の写し。
証拠は揃っている。
だが。
証拠があることと、国が動くことは別だった。
「では、《アカシックレコード》より説明を」
アルテシア王国の代表に促され、ユウトが立つ。
「各地で起きている魔物の異常進化と精神干渉には、同じ系統の神力が関わっている可能性が高いです」
エリシアが術式図を展開した。
「こちらが異常進化した魔物の魔石。こちらが精神干渉を受けた町で観測した神力波形です」
完全に同一ではない。
それでも、通常の魔力には存在しない共通構造がある。
「ルーンベルク側でも再解析しました」
老魔導師が立った。
「神力由来である可能性は高い。だが――」
鋭い目がユウトへ向く。
「邪神ヴォイドと断定するには証拠不足だ」
「はい」
ユウトはあっさり頷いた。
「俺も、そこまで全部を断定してほしいとは思ってません」
会場が少しざわめく。
「現時点で確かなのは、神格由来の異常が複数国で同時に起きていることです。それだけでも、一国ずつ別事件として扱うのは危険だと思います」
「危険だから共同対処する。それは分かる」
今度はアルテシア王国の貴族が口を開いた。
「だが、話はそれほど単純ではない」
男は机を指で叩く。
「精神干渉を受けた者の中には、自ら儀式を望んだ者もいるそうだな?」
「います」
「ならば、それを他国が強制的に解除すればどうなる」
議事堂が静まった。
「宗教弾圧と受け取られる可能性がある。まして邪教徒とはいえ、自国民だ。外国の冒険者や兵が勝手に介入することは許されん」
ユウトは答えようとして、止まった。
それは魔法の問題ではない。
政治の問題だ。
「……そこは、俺には決められません」
何人かが意外そうにユウトを見る。
「俺に分かるのは、干渉の仕組みと、解除した時の危険性です。どこまで国が介入するかは、その国の代表が決めることだと思います」
老魔導師が僅かに目を細めた。
「万能な答えは持っていない、か」
「はい」
「それは結構」
別の席から声が飛ぶ。
「ならばもう一つ聞こう」
商業ギルドの代表だった。
「儀式を受けた本人が同意していた場合、その同意は有効なのか?」
ユウトがフィーナを見る。
フィーナは少し迷い、それから自分で立った。
「最初は自分で決めた人もいるよ」
大勢の大人を前に、耳がわずかに伏せる。
「でも、受けたあとで嫌になっても……嫌って思えなくなるんだよね」
商業ギルド代表の表情が変わる。
「撤回できない?」
「うん」
「なるほど」
男は腕を組んだ。
「それなら、少なくとも我々の契約基準では問題になる」
議事堂へ視線を巡らせる。
「契約とは、結んだ時だけ意思があればよいものではない。継続契約なら、解除する権利が残っていなければならない」
フィーナが目を丸くした。
「……それと同じ?」
「完全に同じではない。だが考える材料にはなる」
ユウトは小さく頷く。
自由意思という言葉だけでは曖昧だったものが、現実の制度へ落ちていく。
次にセレスが治療記録を開いた。
「私からは、被害について一例だけ」
紙面へ記されたのは、ある家族の記録だった。
「自宅の台所から火が出たのに、避難しなかった一家がいました」
「何?」
「怖いという感情が極端に抑えられていたためです。本人たちは『大丈夫です、幸せです』と繰り返していました」
セレスの声が静かになる。
「苦しみを減らすだけなら、治療になる場合もあります。でも、生きるために必要な恐怖まで消えていました」
それでも。
「だからといって、軍を動かせばよいという話ではない!」
ガルディア側の代表が机を叩いた。
「我が国にも儀式を信じている者がいる。武力で止めれば内乱になりかねん!」
「その通りでござる」
アイリスが頷いた。
反論ではなく、同意だった。
「だからこそ、国ごとの事情を無視して一つの方法を押しつけるべきではござらぬ」
「では何のための世界連合だ?」
「情報と対処法を共有するためでござる」
アイリスは真っ直ぐ代表を見る。
「戦い方まで一つにする必要はありませぬ」
エリシアも口を開く。
「ルーンベルクでは、まだヴォイド本人との因果関係を断定していません」
老魔導師が頷く。
「そうだ」
「それでも、神力干渉があるという点では一致しています」
「そこまでは認める」
「なら、まずそこだけ共有すればいいんです」
エリシアは淡々としていた。
「全部を同時に信じる必要はありません」
今度はグランバルドの老鍛冶師が立つ。
「うちでも魔石を調べた。こいつらの言ってること全部を信用したわけじゃねえ」
レティシアが口の端を上げる。
「師匠らしいな」
「ただし」
老鍛冶師は黒い魔石を示した。
「少なくとも、こいつの内部回路は自然な瘴気じゃねえ。外からねじ込まれたもんだ」
エルフィナの神官も続く。
「精霊側の観測でも、同様です。ただし発生源までは特定できていません」
ガルディア側は最後まで慎重だった。
「我々はまだ神格由来と断定しない」
「それで構いません」
ユウトが答える。
「同じところまで分かった情報だけ、一緒に持てれば」
「……ふむ」
老魔導師が腕を組む。
「信じろと言わず、疑ったまま参加しろと言うか」
「はい」
「妙な連合を作ろうとしているな」
「たぶん、その方が安全です」
そこで、会場後方から一人の研究者が立った。
ルーンベルクで、かつてエリシアと共同研究した人物だった。
「私は《アカシックレコード》を知っています」
議事堂の空気が変わる。
「だから彼らを信じろ、と言うつもりはありません」
その一言で、懐疑派の視線まで集まった。
「ただ、以前彼らと調査した時も、ユウトは自分の解析結果をこちらへ開示し、再検証させました」
続いてグランバルドの鍛冶師。
「こっちも同じだ。鑑定結果だけ押しつけられた覚えはねえ。実際に打って、壊して、確かめた」
エルフィナの神官。
「治療法も同様です。こちらの薬師と神官が確認してから採用しました」
ガルディアの武闘大会関係者も口を開く。
「信用の話ではない。こいつらは、確かめさせる」
ユウトは何も言えなくなった。
旅の中でしてきたこと。
ただ知っているから従えと言わず。
一緒に確かめたこと。
それが今、証言になっていた。
それでも反対派は残った。
「共同調査には賛成する」
アルテシア王国の貴族が言う。
「だが、連合軍の編成には反対だ」
ガルディア代表も続く。
「指揮権を誰か一国へ預けることも認めん」
「ドラグニアも同様でござる」
別の問題が浮かぶ。
敵が同じでも。
国は一つではない。
ユウトはそこで初めて理解した。
知っていることを伝えるだけでは足りない。
全員が同じ答えを出すとも限らない。
それでも。
話し合える場所があること自体が必要なのだ。
その時。
大神殿の代表が三枚の古文書を机へ置いた。
「議論の前に、一つ共有したい記録があります」
一枚目はアルテシア大神殿。
二枚目はドラグニアの建国記録庫。
三枚目はルーンベルクの古代魔法資料館から持ち寄られたものだった。
「これまで別々に保管され、欠損文書と扱われていました」
エリシアが目を細める。
「同じ文書の断片……?」
「そのようです」
三枚を並べる。
欠けていた文章が、初めてつながった。
『第九主神、娯楽を司る者は――』
そこは、すでに分かっている。
問題は、その先だった。
『人の意思へ過度に干渉し――』
『八柱の主神は、その権能を封ず』
さらに。
ドラグニア側の断片だけに残っていた一行。
『封印地は、地上最深部』
そして最後。
ルーンベルクの断片。
『封印へ至る道は、王国北方――古代大迷宮の最深層へ続く』
議事堂が静まり返った。
ユウトはその一文から目を離せなかった。
これは、ヴォイドがいたという証明だけではない。
場所だ。
今まで断片しかなかった。
地上最深部の封印迷宮へ至る。
具体的な手掛かり。
「……道が」
フィーナが呟く。
「見つかったんだ」
ユウトはゆっくり頷いた。
世界連合が成立するかどうか。
まだ決まっていない。
軍をどう動かすかも。
誰が指揮するかも。
何一つ決まっていない。
それでも。
世界が向き合わなければならない敵の居場所だけは。
初めて、同じ地図の上に示された。
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