第8章 第206話 六か国をつなぐもの
王都へ戻った《アカシックレコード》を待っていたのは、五か国から相次いで届いた緊急報告だった。
冒険者ギルド本部の会議室には、封蝋の違う書簡が机いっぱいに広げられている。
「全部、似た症状ですね」
エリシアが数枚を並べた。
「幸福感の増大。不安や怒りの低下。判断力の鈍化。そして、自発的な行動の減少」
グランバルドでは、工房の職人が失敗を気にしなくなった。
だが同時に、より良い武具を作ろうと工夫する者も減った。
ガルディアでは、勝っても負けても感情を動かさない武闘家が現れている。
エルフィナとドラグニアでも、悲しみや挫折を抱えた者へ「心を軽くする祝福」が広まり始めていた。
「やっぱり、あの町だけじゃなかったんだね」
フィーナの耳が伏せる。
「ああ」
ユウトは資料を見つめた。
場所も文化も違う。
それでも結果は同じだった。
苦しみが薄れる代わりに、自分で選ぶ力まで削られている。
「問題は、これを各国へどう伝えるかだ」
冒険者ギルド本部長――グレイグが腕を組む。
「邪神が動いている、とだけ言って即座に信じる国はない」
「当然だと思います」
ユウトは答えた。
「俺の【鑑定】だけを根拠にはしません」
机の上へ資料を並べる。
黒い瘴気が残る魔石。
邪教徒の拠点から回収した記録。
古代の封印記録の写し。
精神干渉を受けた人々の治療記録。
「向こうにも調べてもらいます。こっちの結論を押しつけるんじゃなくて、同じものを見て判断してもらう」
グレイグが小さく頷く。
「それなら話は通しやすい」
「それに、俺たちは五か国全部に知ってる人がいる」
ユウトが仲間を見る。
エリシアはルーンベルク。
レティシアはグランバルド。
フィーナはガルディア。
セレスはエルフィナ。
アイリスはドラグニア。
旅の中で、それぞれが人と出会い、信頼を積み重ねてきた。
「でも、一国ずつ行ってたら遅いよ」
フィーナの言葉に、全員が黙る。
その時。
会議室の扉が開いた。
「失礼します。商業ギルドから伝言です」
職員が一礼する。
「各国の主要支部を結ぶ大型通信魔道具を開放するそうです」
「そんなものがあるのか?」
グレイグが眉を上げた。
「ありますが、常用できるものではありません。大量の魔石を消費するうえ、接続できるのは各国の主要商業支部のみ。音声も短時間に限られます」
「それでも十分です」
ユウトが立ち上がる。
「どうして今すぐ使わせてもらえるんです?」
セレスが尋ねる。
職員は少し笑った。
「皆さんの娯楽商品の流通です」
「え?」
「カルタや童話集、盤や駒、木片芝居の道具を六か国で安定して扱うため、各支部の連絡頻度が増えたそうです」
ユウトの脳裏に、いくつもの光景が浮かぶ。
カルタの追加発注。
地域ごとの絵柄変更。
リバーシ大会の日程調整。
木片芝居の巡回公演。
そのたびに商業ギルド同士が連絡を取り合っていた。
「まさか、あの流通網が……」
「こんな時に役立つとはな」
レティシアが笑う。
「盤や札を運ぶためにつないだ道が、今度は国をつなぐってわけだ」
ほどなくして、六人は商業ギルド本部の通信室へ移った。
巨大な水晶が五つ。
アルテシア王国を含む六か国を結ぶための魔法陣が床へ刻まれている。
「ルーンベルク、接続」
一つ目が青く光る。
「グランバルド、接続確認」
二つ目。
「ガルディア」
三つ目。
続いてエルフィナ。
ドラグニア。
各国の商業支部を経由し、学院、神殿、王宮関係者へ急ぎ連絡が回される。
『こちらルーンベルク王立魔法学院』
『グランバルド商業支部、聞こえている』
『ガルディア側も接続した』
声が次々と重なる。
ユウトが一歩前へ出る。
「《アカシックレコード》のユウトです」
だが、すぐには本題へ入らなかった。
「俺たちだけの話じゃ信用できないと思います。なので、まず資料を送ります」
『資料?』
「黒い瘴気が付着した魔石。精神干渉を受けた人たちの症状。古代記録。そして邪教徒の儀式」
エリシアが横から補足する。
「ルーンベルクには術式構造の写しも送ります。学院側で独自解析してください」
『エリシアか』
「はい。私たちと違う結論が出たなら、それも教えてください」
今度はレティシアが水晶へ近づく。
「グランバルド。師匠連中にも回してくれ」
『レティシア?』
「ああ。黒い瘴気が入った魔石を、鍛冶師の目でも見てほしい。魔力の流れが普通じゃねえ」
『分かった。工房連合にも回す』
フィーナが少し緊張した顔で前へ出る。
「ガルディアのみんなにもお願い」
『白狼族のフィーナか』
「うん。笑ってるから大丈夫って決めないで。本人がちゃんと自分で決められてるか、見てほしい」
一瞬、通信先が静かになる。
『……承知した』
セレスはエルフィナへ向かって話す。
「悲しみを和らげる祝福を受けた方は、無理に解除しないでください。一度に戻すと心が耐えられない場合があります」
『治療手順は?』
「今から送ります。状態を確認しながら少しずつです」
最後にアイリス。
「ドラグニアへ」
『聞こえている』
「拙者の名を用いて構わぬ。王家と神殿へ、最優先でこの件を上げていただきたい」
『それほどか』
「それほどでござる」
五人がそれぞれ、自分の築いた縁へ言葉を届ける。
ユウトはその姿を見て、改めて思う。
自分一人では、ここまで早く世界へ届かなかった。
「それで」
ユウトがもう一度前へ出る。
「各国で調べて、同じ結論になるなら、一度代表を集めたいです」
『何のために?』
「一国ずつ戦わないために」
それだけだった。
大げさな演説はしない。
まだ全部が確定したわけでもない。
「俺たちも間違ってるかもしれない。だから確認してください」
少し息を吸う。
「でも、本当に同じ敵なら、その時は六か国で一緒に考えたい」
しばらく沈黙が続いた。
やがて。
『ルーンベルクは調査を開始する』
『グランバルドもだ』
『ガルディアから王へ上げる』
『エルフィナは神殿と里で照合します』
『ドラグニアも代表派遣を検討する』
まだ同盟ではない。
信じ切ったわけでもない。
それでも。
話し合うための扉は開いた。
その時。
通信水晶の一つが、かすかに黒く揺らいだ。
「……待って」
エリシアが眉を寄せる。
「今、外から神力波が入りました」
「通信に?」
「直接ではありません。どこかで大きな神力反応が起きて、その余波が伝送陣へ乗っています」
次の瞬間。
『こちらルーンベルク! 市外で黒い光を確認!』
別の水晶が震える。
『ガルディアでも同様の反応!』
『エルフィナ東部、神力反応あり!』
同時刻。
複数の国で。
邪教徒の儀式が始まっている。
全面攻勢ではない。
だが、明らかに規模が広がっている。
「ヴォイド側も動いたか」
ユウトが呟いた。
その時。
黒い神力波に乗るように、微かな声が水晶から漏れた。
『苦しんでいる者が、これほどいるのなら』
あまりにも穏やかな声。
『救わずに残す理由はない』
通信が大きく乱れた。
直後、水晶は元の色へ戻る。
沈黙の中。
グレイグが低く言った。
「……もうAランク冒険者だけに任せる話じゃないな」
ユウトは黒い余韻の消えた水晶を見る。
六つの国。
それぞれが別々に歩んできた国。
その全てへ。
同じ脅威が手を伸ばし始めている。
「だからこそ」
ユウトは仲間を見る。
「今度は、こっちもつながろう」
五人が頷いた。
世界連合へ向けた最初の一歩が、静かに踏み出された。
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