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一度見た魔法とスキルを【鑑定】したら、すべて習得できました  作者: 阿鼻恭介
第7章

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第7章 第205話 それでも自分で選ぶ

『それでも、苦しむかもしれない自由を守る価値があると言うのか?』


 ヴォイドの問いが、古い記録室に響いた。


 誰もすぐには答えなかった。


 最初に前へ出たのはフィーナだった。


「……あるよ」


 声は少し震えていた。


『なぜだ』


「だってフィーナ、前は何も決められなかったから」


 フィーナは首元へ手を触れる。


 そこに隷属印はもうない。


「自由になったばっかりの時も、何食べるって聞かれて困ったし、服も自分で選べなかった」


 ユウトは覚えている。


 肉料理と魚料理。


 赤い服と青い服。


 そんな小さな選択ですら、当時のフィーナには怖いものだった。


『選ばなければ、その恐怖もなかった』


「うん」


 フィーナは否定しなかった。


「今だって怖い時あるよ。間違えるのも嫌だし、失敗したら泣くかもしれない」


 そこで顔を上げる。


「でも……誰かに全部決められる方が、もっと嫌」


『自由が、お前を傷つけてもか』


「それでも」


 フィーナはユウトを見る。


「ここにいるって決めたのは、フィーナだから」


 それ以上は言わなかった。


 けれど、その一言で十分だった。


 次にヴォイドの意識がアイリスへ向く。


 幻が現れる。


 修練も戦いも必要なく、誰からも最強と称えられるアイリスの姿。


『敗北しなければ、悔しさもない』


「確かに」


 アイリスは静かに答えた。


「負ければ悔しいでござる」


 かつて大会で敗れ、夜が明けるまで一人で素振りを続けた日。


 強敵へ剣が届かず、自らの未熟さに歯噛みした日。


「されど、あの日がなければ、今の拙者もござらぬ」


『苦しみに意味があると言うのか』


「すべての苦しみに意味があるとは申さぬ」


 アイリスは首を振る。


「ただ、拙者の歩んだ道を、最初から無かったことにはされたくないのでござる」


 幻の自分へ背を向けた。


 ヴォイドは今度はエリシアへ無数の魔導書を見せる。


『望むなら、すべての答えを与えよう』


「魅力的ですね」


「エリシア?」


 フィーナが目を丸くする。


「全部の魔法が分かるなら、一度くらい見てみたいです」


『ならば受け取れ』


「嫌です」


 即答だった。


『なぜだ』


「答えを知ったら、次は新しい疑問を探しますので」


 エリシアは薄く笑う。


「全部分かったつもりになって考えるのをやめる方が、私には怖いですね」


 ヴォイドの気配が僅かに揺れた。


『知らぬから、人は失敗する』


「そうですね」


『ならば失敗を消せばよい』


「失敗を減らすために知るのと、失敗できないようにされるのは別物ですよ」


 そこでエリシアは話を終えた。


 セレスの前には、誰一人傷つかない町が現れる。


『病も傷もない世界を望まないのか』


「望みます」


 セレスは迷わなかった。


「できるなら、病気も怪我も少ない方がいいです」


『ならば私の世界は、お前の望みと同じだ』


「……いいえ」


『何が違う』


 セレスは、町で治療した女性を思い出すように目を伏せた。


「患者さんの痛みを減らすために薬を使うことはあります」


「でも」


 顔を上げる。


「その人が何を悲しむかまで、私が決めたくはありません」


『悲しみを残すのか』


「消せるなら消してあげたいと思うことだってあります」


 セレスの声は少し苦しかった。


「でも、だからって……その人自身まで変えていいとは思えません」


 ヴォイドは返事をしなかった。


 レティシアの前には、完全無欠の剣が浮かぶ。


『決して失敗しない技を与えよう』


「いらねえ」


『なぜだ』


「気に食わねえからだ」


「理由、それだけ?」


 フィーナが聞く。


「十分だろ」


 レティシアは鼻を鳴らす。


「割れたら原因を探す。曲がったら直す。前よりマシなもんを作る」


 幻の剣を見上げる。


「最初から正解だけ渡されても、それはあたしが打った武器じゃねえ」


『その誇りのために失敗を選ぶのか』


「違うな」


 レティシアは笑った。


「失敗するかどうかまで、あたしが決めるって話だ」


 そこで。


 ヴォイドの意識がユウトへ向いた。


『彼女たちは苦しみを拒まなかった』


「そうだな」


『ならば問おう』


 周囲に映像が浮かぶ。


 争い。


 別れ。


 病。


 敗北。


 後悔。


『自由な選択によって死んだ者もいる』


『誤った判断によって、他者を傷つけた者もいる』


『その者たちにも、自由を与え続けるのか』


 ユウトは答えに詰まった。


 簡単に「そうだ」と言える問いではない。


『お前が選択肢を与えた結果、不幸になった者が現れた時』


『お前は、その責任を負えるのか』


「……全部は無理だ」


 ユウトは答えた。


 仲間たちが彼を見る。


「俺一人で、全員の選択の結果まで背負えるとは思ってない」


『ならば、私に任せればよい』


「それも違う」


『なぜだ』


「俺が決められないからって、ヴォイドが決めていい理由にはならない」


 ユウトは一度そこで言葉を切った。


「間違えない方がいい。苦しまない方がいい。それは俺もそう思う」


『ならば――』


「でも、今のお前がやってることを見た」


 笑い続ける町。


 悲しむことも。


 怒ることも。


 疑うこともできなくなった人々。


「俺には、あれを正しいとは思えない」


 ヴォイドの声が低くなる。


『お前は答えを持っていない』


「ああ」


 ユウトは認めた。


「たぶん、まだ持ってない」


『それでも私を否定するのか』


「少なくとも」


 ユウトは真っ直ぐ前を見る。


「人が自分で考えられなくなるやり方には賛成できない」


 長い沈黙。


『……そうか』


 怒りではなかった。


 失望に近い。


『ならば、いずれお前も理解する』


『選ばせることが、どれほど多くの悲劇を生むのか』


「その時は、その時に考えるよ」


『愚かだ』


「かもしれない」


 ヴォイドの気配が遠ざかる。


『だが、お前は放置できぬ』


『自由を広げる者ほど、苦しみを増やす』


『ならば――』


 最後の声だけが、異様に優しかった。


『お前こそ、私が救わねばならない』


 神力が消えた。


 記録室に静寂が戻る。


「……怖っ」


 レティシアが最初に呟いた。


「敵認定されるより怖い言い方だね……」


 フィーナの尻尾が下がっている。


 ユウトも同感だった。


 殺すではなく。


 救う。


 だからこそ、ヴォイドは止まらない。


「ユウトさん」


 通信魔道具から声が入った。


『町の主要中継点、すべて停止しました』


 六人の表情が変わる。


『精神干渉はかなり弱まっています。解除済みの方々も増えています』


「混乱は?」


『あります。ただ、治療院と神殿の協力者で対応できる範囲です。一括解除はせず、状態を確認しながら進めています』


「分かった」


 ユウトは息を吐く。


 これなら、この町を置き去りにせず次へ進める。


 その時。


「……私は」


 低い声がした。


 ベルガスだった。


 彼はずっと床を見つめている。


「幸福にしたかった」


 誰に言うでもなく呟く。


「苦しんでいる者が笑えるなら、それで救われると思っていた」


 フィーナは何も言わない。


「だが私は……」


 ベルガスの手が震えた。


「彼らが笑っているかしか、見ていなかった」


 長い沈黙の後。


「……私にも、考える時間をくれ」


 信仰を捨てたわけではない。


 改心したわけでもない。


 ただ。


 初めて、自分が信じてきたものを疑った。


 それで今は十分だった。


 地下から地上へ戻る頃には、日が傾いていた。


 町には泣き声が戻っていた。


 怒っている者もいる。


 家族へ謝る者も。


 何が起きたのか分からず、呆然としている者もいる。


 幸福だけだった町は。


 ひどく騒がしくなっていた。


 フィーナが、その光景を眺める。


「……大変そう」


「だな」


「でも」


 少しだけ笑った。


「さっきより、ちゃんとみんな違う顔してるね」


 その時。


 アイリスがユウトの隣へ並んだ。


「ユウト殿」


「ん?」


「……すべてが終わった折に、少しお時間を頂きたいでござる」


 頬が僅かに赤い。


 ユウトが何かを言う前に、


「今は答えなくてよいでござる!」


「分かった」


 アイリスが明らかに安堵する。


 少し離れた場所で、エリシアがその様子を見ていた。


「……抜け駆けは禁止ですよ」


「ぬ、抜け駆けではござらぬ!」


 セレスが困ったように笑い。


 レティシアは「まあ、その話は全部終わってからだな」と肩をすくめた。


 ユウトも、それ以上は聞かなかった。


 ただ。


「その時はちゃんと聞くよ」


 それだけ答えた。


 直後。


 通信魔道具が強く発光した。


『《アカシックレコード》へ緊急連絡!』


 王都からだ。


『各国で、邪教徒が一斉に動き始めました!』


「一斉に?」


『はい! ほぼ同時刻です!』


 偶然ではない。


 ユウトはすぐに理解した。


『ルーンベルク! グランバルド! ガルディア! エルフィナ! ドラグニア!』


 五か国。


 旅をして。


 人と出会い。


 仲間を作り。


 信頼を築いた国々。


『全ての国から、救援要請が届いています!』


 ユウトたちは顔を見合わせた。


 ヴォイドはもう、一つの町を試しているだけではない。


 世界そのものへ手を伸ばし始めている。


「行こう」


 ユウトの言葉に。


 五人が同時に頷いた。


 第七章の戦いは終わった。


 だが――


 世界を巻き込む戦いは、ここから始まる。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


そして本日はここまで明日も5話投稿します。

よろしくお願いいたします。

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