第7章 第204話 神が間違え始めた日
『――主を、救えなかった』
石扉の向こうから響いた声に、六人は動きを止めた。
アイリスが刀へ手を添える。
「生者の気配はござらぬ」
「記録だと思う」
ユウトが【鑑定】を向ける。
────────
【対象】
古代記録保管室
【生命反応】
なし
【残留魔力】
微弱
【内部情報】
一部解析不能
【警告】
神格情報を含むため閲覧制限あり
────────
「開けるぞ。壊したら洒落にならねえ」
レティシアが古い機構を調べ、エリシアが扉の文字を読み、ユウトが内部の負荷を確認する。
フィーナは耳を澄ませた。
「右の奥。小さい音がしてる。たぶん仕掛け」
三人の情報を合わせ、慎重に封鎖を解除する。
石扉が低い音を立てて開いた。
その時。
ユウトの通信魔道具が震えた。
『ユウトさん』
地上に残った協力者からだった。
『外周区画の中継点二か所、停止できました。ただ、急に全部切るのは危険だとセレスさんが指示していたので、解除は少人数ずつ進めています』
「分かった。そのまま無理しないで」
町の人々は、今も神力の影響下にいる。
真相を調べている間にも、救助は続いている。
それを確認してから、六人は記録室へ入った。
中央に白い結晶板。
壁には、重なる駒、開いた巻物、二つの仮面、連なる灯火の四つの紋章が刻まれていた。
そして部屋の隅には。
拘束されたベルガスが座らされている。
地下へ入る際、隠し区画の所在を知っている可能性があるため同行させていたのだ。
「……こんな場所が」
ベルガスは初めて見るように呟いた。
「知らなかったのか?」
「我らが使っていたのは上層だけです」
その声には、いつもの確信が少しなかった。
結晶板が淡く輝く。
『この記録を聞く者へ』
半透明の老人が現れた。
『私は、娯楽を司る神殿に仕えた記録官』
フィーナの耳が立つ。
ベルガスの顔から表情が消えた。
『我らが主は、人々の笑顔を望まれた』
映像が揺れる。
盤上遊戯に熱中する老人。
歌う女性。
芝居に笑う子ども。
灯火の下で踊る人々。
そして中央に、一柱の神らしき影。
顔は欠けている。
『主のもとには、四柱がおられた』
四つの光が映る。
『遊びを守る者』
『物語を紡ぐ者』
『芸を育む者』
『祝いを見守る者』
「遊戯、物語、芸能、祝祭……」
エリシアが紋章を見比べる。
ユウトの【鑑定】にも、ごく僅かな情報だけが浮かんだ。
────────
【神格断片】
遊――
物語――
芸能――
祝祭――
【状態】
詳細解析不能
────────
記録が乱れる。
次に映ったのは、祭りではなかった。
一人の母親が、小さな墓の前で泣いていた。
『主は、人の涙を嫌われた』
光が母親を包む。
泣き声が止まる。
母親は笑った。
墓の前で。
「……」
セレスの表情が硬くなる。
『初め、主は悲嘆を和らげただけだった』
別の映像。
喧嘩する二人の男。
光を浴びると怒りが薄れる。
『次に、争いを鎮めた』
さらに映像が変わる。
二つの道の前で迷う青年。
光が触れる。
青年は迷いを失い、一方へ歩き出した。
『そして――』
映像が激しく乱れた。
『……悩まなければ……』
『……間違わなければ……』
『……苦しまない……』
断片しか残っていない。
だが、それで十分だった。
「最初から全部奪おうとしたわけじゃない」
ユウトが呟く。
「少しずつ……?」
フィーナが自分の腕を抱く。
記録の中で、四つの光が主神の前へ立った。
音声の大半が欠けている。
『――勝っても負けても、自ら望まねば――』
『――物語は、与えられるだけでは――』
『――心なき歌を、芸とは――』
『――集うことまで定められれば――』
四柱の言葉は最後まで残っていなかった。
それでも。
彼らが主へ反対したことは分かる。
次の映像では、一柱の神と四柱の間に亀裂が走っていた。
『我らは、主へ逆らった』
記録官の声が震える。
『最後まで、主と呼びながら』
ベルガスが初めて顔を伏せた。
「……違う」
小さな声だった。
「御方は、人を救おうとしている」
フィーナが振り返る。
「今の人たちも?」
「……」
「お父さんが亡くなっても笑ってた人も、盗まれても怒れなかった人も?」
ベルガスは答えなかった。
記録はさらに進む。
空が割れた。
大地が震えた。
海が逆巻き、炎と風が空を染め、光と影がぶつかる。
時間そのものが歪み。
その中で、無数の文字と光の帯が世界を包んだ。
ユウトの胸が大きく鳴る。
「……ソフィエル」
姿は見えない。
それでも分かった。
あの光だけは。
自分へ【鑑定】を与えた神のものと似ていた。
『八柱が来た』
記録官の声。
直後、映像はほとんど消えた。
────────
【閲覧不能】
【上位神格情報】
【強制遮断】
────────
断片だけが残る。
巨大な黒い影。
八つの光。
地の底へ沈む何か。
『――封印――』
『――主神――』
『――我らも力を――』
そこで映像が途切れた。
「封印戦争の詳しいところは残ってませんね」
エリシアが悔しそうに言う。
「いや」
ユウトは首を振った。
「分かったことはある」
ヴォイド。
旧娯楽神。
四柱の眷属神。
そして、人を苦しませたくないという願いが、少しずつ人の意思へ踏み込み始めたこと。
「全部を知ったわけじゃない」
ユウトは結晶板を見る。
「でも、最初から世界を壊したかったわけじゃなかった」
「だから正しいのか?」
レティシアが問う。
「それは別」
即答しかけて。
ユウトは少しだけ言葉を選んだ。
「理由が分かったからって、今やってることを見過ごせるわけじゃない」
ベルガスの肩が僅かに揺れた。
その時。
四つの紋章のうち、駒の紋章が淡く光った。
続いて巻物。
仮面。
灯火。
────────
【微弱な神格反応を検知】
【数】
四
【詳細】
解析不能
────────
「生きてる……?」
フィーナが息を呑む。
「少なくとも、何かは残っています」
エリシアが答える。
それ以上は【鑑定】でも分からない。
だが。
四つの光は、消えなかった。
その瞬間。
部屋の空気が変わる。
冷たいのではない。
むしろ、ひどく穏やかだった。
ユウトの頭の奥へ、あの声が響く。
『知ったか』
「ヴォイド」
五人が一斉に反応した。
今回はユウトだけではない。
全員が声を聞いている。
ベルガスも顔を上げた。
『私が、何を願ったのか』
ヴォイドの声には怒りがなかった。
『私は問おう』
まず。
フィーナの前に、鎖のない幼い自分の幻が現れる。
『選べる人生が、お前を苦しめなかったか』
次にアイリス。
『努力し続ける道が、お前を悩ませなかったか』
エリシア。
『知らないからこそ、苦しんだことはないか』
セレス。
『救えない命に、涙したことはないか』
レティシア。
『失敗した武具を前に、自らを責めなかったか』
最後にユウト。
狭い前世の部屋。
ようやく手に入れた、自分だけの居場所。
『自ら選んだ人生を得た直後に、それを失ったお前も』
六人の前に。
町の人々の笑顔が浮かぶ。
『それでも』
ヴォイドが静かに尋ねた。
『苦しむかもしれない自由を』
『守る価値があると言うのか?』
誰も、すぐには答えなかった。
だが。
フィーナが一歩だけ前へ出た。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。




