第7章 第203話 残された神殿
白い世界が砕けた。
次の瞬間。
「ユウトお兄ちゃん!」
フィーナの声が耳へ飛び込んできた。
ユウトは大きく息を吸う。
目の前には、先ほどまでいた広場。
中継碑。
倒れた神官たち。
心配そうに覗き込む五人の仲間。
「……戻った」
「急に動かなくなったから、びっくりしたよ!」
フィーナの耳が不安そうに伏せられている。
セレスがすぐにユウトの額へ手を当てた。
「気分は悪くありませんか?」
「大丈夫。多分、数分くらい――」
「二十秒も経っていません」
「そんなに短かったの?」
体感では、ずっと長かった。
ユウトは念のため自分へ【鑑定】を使う。
────────
【状態】
精神接続痕跡:微量
精神汚染:検出されず
意思決定阻害:検出されず
【残留神力】
解析不能
【注意】
神格由来の干渉であるため、完全な解析はできません。
────────
「何があったのでござる?」
アイリスが尋ねる。
「……ヴォイドと話した」
空気が変わった。
「直接ですか?」
エリシアの眠たげな目が鋭くなる。
「精神世界みたいな場所で」
「何を言われた?」
レティシアが腕を組む。
ユウトは、見せられたものを順番に話した。
争わない町。
傷つかない人々。
孤児院を思わせる光景。
そして、自分が広めてきた娯楽。
「俺も、知らなかった楽しみを人に渡しているって言われた」
「それとこれとは違うよ!」
フィーナが即座に反論する。
「ユウトお兄ちゃんは、嫌な人に無理やりやらせてないもん!」
「うん。俺もそう思う」
ユウトは頷いた。
「でも、町の人たちは今、自分で『幸せだ』って言ってる」
フィーナの口が止まった。
笑顔のまま神殿を守ろうとした人々。
幸福を奪うなと訴えた人々。
それを思い出したのだろう。
「……そこが、引っかかってる」
ユウトは正直に言った。
「俺たちが勝手に元へ戻すのも、結局は本人の代わりに決めることになるんじゃないかって」
「でも」
セレスが静かに口を開いた。
「毒で意識が朦朧としている人が、『治療しないで』と言うことがあります」
ユウトは彼女を見る。
「本当に治療を望んでいない場合もあります。でも、熱や毒で何を言っているのか分からなくなっている時まで、その言葉をそのまま受け入れることはできません」
「まず、ちゃんと判断できる状態かを見る?」
「私はそうします」
セレスは頷いた。
「元へ戻ったあとで、それでも拒むなら。その時は、その人の言葉を聞くべきだと思います」
ユウトは少し考えた。
「……なるほど」
「なら、まずは考え直せる状態まで戻すってことだね」
フィーナが言う。
「そこから先は、その人が決める」
「多分、それが一番近い」
まだ完全な答えではない。
けれど。
少なくとも、何をするべきかは少し見えてきた。
「ユウト」
エリシアが呼んだ。
「こちらを見てください」
広場の中継碑。
先ほどレティシアたちが停止させた石碑の足元だった。
黒い神力が薄くなったことで、今まで見えなかった線が露出している。
「新しい術式の下に、もっと古い魔力回路があります」
「邪教徒が作ったものじゃない?」
「少なくとも、この石材の年代とは合いません」
エリシアは指先で溝をなぞった。
「こちらの文字も古代式です。私が遺跡で見たものと近いですね」
「読める?」
「全部は無理ですが……『奉納』『演目』『祭礼』。その辺りだと思います」
「祭礼?」
レティシアが石碑を叩く。
「こいつ、後から別の用途に作り替えられてるってことか?」
「可能性は高いです」
ユウトも【鑑定】を向ける。
────────
【対象】
古代石造基部
【推定年代】
現神殿建造以前
【用途】
一部解析不能
【確認可能情報】
祭祀設備の一部
複数回の改造痕跡あり
【神格情報】
閲覧妨害
────────
「やっぱり詳しいところは見えない」
「なら、見る方法を変えればいい」
フィーナがすぐに広場を歩き始めた。
鼻をひくつかせ。
耳を動かす。
「この下、空洞があるよ」
「本当?」
「うん。風が流れてる」
レティシアも地面へ耳を当て、軽く叩いた。
「……確かに響きが違うな」
「入口を探しましょう」
エリシアが古い石材を調べる。
ユウトが内部構造を【鑑定】する。
フィーナが空気の流れを追う。
レティシアが石組みの接合部分を確認する。
しばらくして。
「ここ!」
フィーナが広場の隅を指差した。
古い祠の土台。
その側面に、長年の汚れで埋もれた溝がある。
「模様……でござるな」
周囲を警戒していたアイリスが近づく。
全員で汚れを落とすと、四つの紋章が現れた。
重なり合う小さな駒。
開かれた巻物。
二つの仮面。
連なった灯火。
「古い祭祀紋章ですね」
エリシアが目を細める。
「文字が残っています」
「何て?」
「完全には……」
彼女は指で一文字ずつ追う。
「『遊びを奉る者』」
駒。
「『物語を紡ぐ者』」
巻物。
「『演じ、歌う者』」
仮面。
「『人々を集め、祝う者』」
灯火。
フィーナが首を傾げる。
「四人の神様?」
「可能性はあります」
その中央には、もう一つ。
本来なら何かが刻まれていたと思われる場所があった。
だが。
そこだけは意図的に削り取られている。
ユウトが触れる。
【鑑定】。
────────
【古代祭祀紋章】
中心神格:解析不能
周辺神格:四柱
詳細情報:欠損
【残留情報】
遊――
物――
芸――
祝――
────────
「……四つ」
ユウトの胸がざわつく。
精神世界。
ヴォイドの周囲に浮かんだ仮面。
駒。
舞台幕。
そして。
【旧権能候補】
遊――
あの表示。
「ユウト殿?」
「ヴォイドを見た時、一瞬だけ同じような情報が出た」
全員が黙る。
「じゃあ、ヴォイドは……」
フィーナが言いかける。
「まだ分からない」
ユウトは首を振った。
「似てるだけかもしれない。だから決めつけない」
「賛成です」
エリシアが頷く。
「記録を探しましょう」
レティシアが祠の横へ手を入れる。
「こっちに仕掛けがあるぞ」
古い留め具。
錆びているが、まだ動く。
「無理に外すと?」
ユウトが【鑑定】する。
────────
【古代開閉機構】
状態:劣化
強制破壊時:
内部通路崩落の可能性あり
────────
「壊すのは禁止」
「言われなくても分かってる」
レティシアが工具を取り出す。
エリシアが残された文字から開閉順序を読む。
ユウトが内部の負荷を確認する。
フィーナが向こう側の音を拾う。
四人の情報を合わせ。
最後の留め具を外した。
ゴゴゴ……。
祠の横の石壁が、僅かに沈む。
そこに。
地下へ続く細い階段が現れた。
冷たい空気が吹き上がる。
フィーナが一歩近づき――止まった。
「……下に何かある」
「人?」
「違う」
白い耳が緊張したように立つ。
「すごく古い匂い。それと……」
フィーナは自分の腕を抱いた。
「なんか、寂しい感じがする」
ユウトには、その意味までは分からない。
【鑑定】にも出ない。
だから。
「行って確かめよう」
そう言った。
階段を下りた先。
小さな石室があった。
壁一面に古代文字。
中央には砕けた石板。
その中で、辛うじて残っている一文をエリシアが読み上げる。
「……『我らが主は、人の涙を憎んだ』」
さらに下。
文字が半分ほど欠けている。
「『ゆえに、悲しみの根を――』」
そこで文章は途切れていた。
「続きは?」
「ありません」
エリシアが首を振る。
だが。
部屋の奥に。
もう一つ、封じられた石扉があった。
その表面に刻まれた文字だけは読める。
「……『封印の記録は、この先に残す』」
静寂。
アイリスがゆっくり刀へ手を置く。
「ならば、この先に」
「うん」
ユウトは石扉を見つめた。
ヴォイドが何者なのか。
なぜ封じられたのか。
そして。
何を見て、何を間違えたのか。
「知らないまま否定するつもりはない」
石扉へ手を伸ばす。
その瞬間。
扉の奥から。
かすかな声が響いた。
『――主を、救えなかった』
六人は同時に動きを止めた。
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