第2章 第20話 読めなかった依頼書
冒険者ギルドへ戻る頃には、空はすっかり暗くなっていた。
入口脇の魔道灯が淡い光を放ち、昼間より人の減った広間を照らしている。依頼を終えた冒険者たちは受付へ並び、報告書や討伐証明を提出していた。
ユウトも列の最後へ並び、順番が来ると倉庫の責任者から受け取った完了証明書を差し出した。
「倉庫の荷運び依頼を終えました」
「お疲れさまでした。確認しますね」
受付職員は証明書へ目を通し、冒険者カードを登録用魔道具の上へ置いた。淡い光がカードを包み、新しい記録が加わる。
【依頼達成数:1】
【達成依頼:倉庫荷役補助】
【依頼主評価:良好】
「破損品なし、危険な荷物の発見、作業効率の改善に貢献したと記されています。初依頼としては十分な結果です」
「俺だけの力ではありません。責任者が運ぶ順番を決めて、作業員の人たちが協力してくれました」
「それを理解できているなら、今後も無理な単独行動は避けられそうですね」
受付職員は小さく笑い、金盆へ五枚の硬貨を並べた。
「報酬は大鉄貨五枚です。現金で受け取るか、冒険者カードへ預けるか選べます」
初めて自分で受けた仕事の報酬だった。
大きな額ではない。それでも、誰かに与えられた路銀ではなく、自分が働いた対価だと思うと、硬貨の重みが違って感じられる。
「大鉄貨二枚を現金で、三枚を預金にしてください」
「承りました」
受付職員は三枚の硬貨を魔道具の窪みへ置いた。光が硬貨とカードを順番に包み、預金額が記録される。
【預金残高:大鉄貨3枚】
処理を終えた硬貨は、職員が番号付きの保管箱へ移した。
「預けたお金は、この支部だけでなく、ほかの町の冒険者ギルドでも引き出せます。対応している店なら、カードから直接支払うことも可能です」
「残高が足りない場合は?」
「決済そのものが成立しません。借金や後払いにはならない仕組みです」
ユウトは現金の二枚を革袋へしまった。
冒険者カードを得た時、この世界で生き始めたのだと感じた。
今はさらに、自分の力で暮らしを作り始めたのだと実感できる。
「もう一つ、報告があります」
声を落とすと、受付職員の表情が引き締まった。
「倉庫で、北西の廃坑から運ばれた魔石を見ました。【鑑定】では、外部から魔力干渉を受けて変質していると表示されました」
「外部からの魔力干渉ですか」
「村を襲った大牙虎にも、よく似た異常表示が出ました。ただし、どちらも原因の詳細は解析できませんでした」
職員はすぐに新しい記録用紙を取り出した。
「魔石の保管場所と所有者は分かりますか?」
「商業区の倉庫です。明日、商業ギルドの鑑定士が確認する予定だと聞きました。倉庫の責任者には、人を近づけないよう頼んであります」
「分かりました。支部長と魔物情報担当へ回します」
受付職員は内容を書き留め、用紙の端へ仮報告の印を押した。
「現時点では未確認情報として記録します。調査で有用性が認められれば、情報提供実績としてカードへ追加され、内容によっては報奨金も出ます」
「情報にも評価があるんですね」
「冒険者が持ち帰る情報は、多くの人命を救うことがあります。ただし、推測を事実として広める者もいるので、確認は必要です」
職員は近くの職員へ用紙を渡した。受け取った男が、広間奥の階段を上っていく。
「北西の廃坑は、確か採掘再開へ向けた調査が始まった場所です。周辺の魔物が増えたという話も耳にしていますが、詳しい記録は担当部署で確認します」
「俺も調査へ参加できますか?」
「今はできません。ユウトさんはFランクですし、廃坑内の安全も確認されていません。必要になれば、適正ランクの冒険者へ依頼が出されます」
「分かりました」
自分なら戦えるかもしれない。
だが、知らない場所へ一人で入り、何が起きているか分からないまま魔力を使い切れば、村で倒れた時と同じことになる。
「調査結果が出るまでは、内容を不用意に話さないでください」
「はい」
情報を知ることと、それを誰に、いつ伝えるかは別の問題だ。
得た知識を正しく扱うことも、力を持つ者の責任なのだろう。
翌朝、ユウトは日が昇る前に宿を出た。
冒険者ギルド二階の講習室には長机が並び、十人ほどの新人が集まっていた。人族だけでなく、獣人族やドワーフ族の姿もある。
前方に立った年配の職員が、全員を見回した。
「今日は依頼書を読むための基礎文字と数字を教えます。この講習は、依頼条件の読み間違いや契約違反を減らすため、ギルドの負担で行っています」
机の上には、薄い木板と炭筆が置かれていた。
紙は高価なため、練習には表面を削って繰り返し使える木板を使うらしい。
「まずは自分の名前を書きます。書けない者は見本を写してください」
ユウトは炭筆を握った。
話し言葉は村での生活を通して理解できるようになったが、文字は前世の日本語とまったく違う。冒険者カードに刻まれた自分の名前も、文字ではなく形として覚えているだけだった。
一文字目を写す。
線が曲がった。
二文字目は角度を間違えた。
ユウトは見本の一文字へ【鑑定】を使う。
【王国共通文字】
【音:ユ】
【基本筆順:上部・左線・中央線・右下】
一文字ずつなら、音や大まかな意味を確認できる。
しかし、長い文章を一文字ずつ調べても、語順や文法を知らなければ正しい意味にはならない。依頼書には条件、例外、期限などが並ぶため、断片的な情報だけでは読み違える危険がある。
【鑑定】は文字を読む力そのものではなかった。
ユウトは表示された筆順を確かめ、もう一度炭筆を動かす。
【解析上達】によって、線の位置と文字の構造が頭の中で整理される。それでも、指先を思い通りに動かすには、自分で何度も書くしかない。
「最初より良くなったな」
年配の職員が木板を覗き込んだ。
「まだ歪んでいます」
「初日なら十分だ。間違いを放置せず、理由を考えて直す方が大切だ」
ユウトは同じ文字を繰り返した。
名前。
数字。
危険。
討伐。
採取。
期限。
報酬。
講習が終わる頃には、短い単語なら形と意味を結びつけられるようになっていた。文章を読むには遠いが、昨日まで意味のない模様だったものが、少しずつ言葉へ変わっている。
「明日も同じ時間に講習を行います。今日覚えた文字を、町の看板や依頼書から探してみてください」
ユウトは木板を見つめた。
魔法やスキルだけではない。
文字も、見て、理解し、練習を重ねれば、自分の力になる。
一階へ降り、依頼掲示板の前へ立つ。
文章全体はまだ読めない。それでも、覚えた単語がいくつか見つかった。
配達。
清掃。
荷運び。
そして下段に貼られた新しい依頼書には、覚えたばかりの文字で「害獣駆除」と書かれていた。
その隅には、黒い毛が小さな透明袋へ封じられ、紐で留められている。
ユウトが袋へ視線を向けた時、受付職員が声を掛けてきた。
「北西区の下水路で見つかった毛です。普通の大鼠より、かなり大きな個体らしいですよ」
ユウトは袋越しに毛へ【鑑定】を使った。
【大型鼠系魔物の体毛】
【状態:魔力変質】
【異常要因:外部からの魔力干渉】
【詳細:解析不能】
倉庫の魔石と、よく似た表示だった。
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そして本日はここまで。
明日も5話投稿します。
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