第2章 第18話 構築魔法の証明
訓練場の奥には、魔法試験専用の射場が設けられていた。
標的は一枚の石壁ではない。交換可能な耐火石板、その後ろに衝撃を受け止める吸収層、さらに奥には分厚い耐魔法壁が重ねられている。射線の左右には魔石を埋め込んだ柱が立ち、半透明の防護膜が標的までの空間を囲んでいた。
バルガスの許可を得て、ユウトは設備へ【鑑定】を使う。
【魔法試験用複層標的】
【対応階級:中級】
【表層:交換式耐火石板】
【中層:衝撃・熱量吸収材】
【最終層:耐魔法壁】
【状態:正常】
【推奨安全距離:十五歩以上】
「設備に異常はありません。中級魔法までなら安全に受け止められます」
「そこまで分かるのか」
バルガスは驚いたものの、すぐに厳しい表情へ戻った。
「物へ使う場合も、見えた欠陥や価値を勝手に言い触らすな。商人や職人にとっては信用に関わる」
「はい。必要な相手にだけ伝えます」
人だけではない。物から得た知識にも、扱い方を選ぶ責任がある。
「まずは光属性の初級魔法だ。あの台の上へ出せ」
ユウトは掌を上へ向けた。
「【ライト】」
白い光球が生まれ、石台の上へ静止する。大きさも明るさも一定で、揺らぎはほとんどない。
バルガスは周囲を歩き、光の届く範囲と安定性を確かめた。
「詠唱は魔法名だけか?」
「術式と魔力の流れを覚えてから、短くしました」
「二週間も経たずに?」
「はい」
受付職員の筆が止まり、すぐに記録が再開された。
「消せ。次は火属性だ」
ユウトが光球を消す。
「魔法名、消費MP、効果範囲を申告しろ」
「【ファイアボール】。消費MPは六。着弾点から一歩ほど炎が広がります。現在MPは四十二です」
「自分の残存魔力を正確な数値で把握できるだけでも、魔導師にとって大きな利点だな」
バルガスは標的の周囲に人がいないことを確認し、片手を上げた。
「撃て」
ユウトは右手を標的へ向けた。
掌の前に赤い火球が生まれる。今回は外側へ広がる炎を抑え、中心へ熱を寄せるよう術式を調整した。
「【ファイアボール】」
火球が標的中央へ命中し、炎が円形に広がった。防護膜が熱を遮り、交換式石板に黒い焦げ跡だけが残る。
「命中。初級としては威力が高いが、範囲は抑えられている」
「周囲へ広がる部分を減らしました」
「普通の新人は、発動させるだけで精いっぱいだ」
「見えている術式を調整しただけです」
「その『だけ』ができんと言っている」
バルガスは焦げた標的を確認した後、次の試験準備を命じた。
「構築魔法を見せろ。もう一度、詳細を申告しろ」
「仮称【フレイムランス】。消費MPは三十二。炎を槍状に圧縮し、爆発ではなく貫通力へ集中させます」
「試験用に短くするのだろう?」
「はい。ただ、今の術式では長さを縮めても消費MPは変わりません。余った魔力を安定維持と軌道固定へ回しています。消費を減らす最適化までは、まだできていません」
バルガスは短く頷いた。
「筋は通っている。現在MPは四十二。発動後は十残るな」
「はい」
本当は現在MPが一以上なら、消費量が残量を上回る魔法でも使える。
だが、安全な試験で限界を試す理由はない。大牙虎を倒した直後、指一本動かすことさえ苦しかった感覚を、ユウトは忘れていなかった。
「異常を感じたら、発動前に解除しろ」
「分かりました」
ユウトは右腕を前へ伸ばした。
【ファイアボール】の炎を生み出す術式。
【ライト】の光を一定方向へ固定し、移動させる術式。
二つの初級魔法から解析した構造を分解し、必要な部分だけを組み直す。炎を球形に保つ構造を細長く変形させ、拡散を抑え、前方へ進む力を一点へ集中させる。
右腕の前で、炎が白熱した細い槍へ変わった。
【仮称:フレイムランス】
【階級判定:中級相当】
【判定根拠:術式複雑度・消費MP・推定貫通力】
【術式状態:安定】
【消費MP:32】
【着弾予測:標的中央】
「発動します」
「撃て」
「【フレイムランス】」
白熱した炎の線が射場を貫いた。
炎の槍は交換式の耐火石板を貫通し、中層の吸収材へ深く食い込んで停止する。最終層の耐魔法壁には届いていない。防護膜が激しく震えたが、炎も破片も外へ漏れなかった。
訓練場が静まり返る。
ユウトはすぐに自分を確認した。
【MP:10/42】
【状態:軽度疲労】
「現在MPは十。少し疲れましたが、行動に支障はありません」
バルガスは貫かれた表層石板を見つめた。
「消費魔力、術式の複雑さ、標的への損傷。どれを見ても中級で間違いない。しかも一般的な中級火魔法より範囲が狭く、単体への貫通力が高い」
「硬い毛皮と筋肉を貫く必要があったので、この形にしました」
「必要があった?」
「村を襲った大牙虎を倒すためです」
バルガスの顔つきが変わった。
「危険度Dの大牙虎か?」
「はい。俺一人ではなく、グレンや村の人たちと戦いました。最後に仕留めたのもグレンです」
「証明は持っているか?」
「ありません」
「なら正式な討伐実績にはできない。東森開拓集落へ照会を出し、村長か狩人から確認が取れれば後日記録する」
「それで構いません」
受付職員が記録用紙へ追記する。
「現時点では、未確認情報として扱います」
「お願いします」
バルガスは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「戦闘能力だけなら、新人の範囲を超えている。だが、弓も近接戦闘も未熟だ。町の規則も、依頼の受け方も、冒険者の常識も知らない」
「はい」
「規定通りFランクから始めろ」
「そのつもりです」
分からないことが多い以上、基礎から学べる方がありがたい。
「構築魔法と【鑑定】の詳細は、登録試験責任者として一時的な閲覧制限を掛ける。正式な制限は支部長へ申請する」
「ありがとうございます」
「許可された職員以外へは開示しない。ただし、お前自身も不用意に話すな」
「はい」
試験を終え、ユウトたちは受付へ戻った。
「新人登録と初回の冒険者カード発行は無料です」
受付職員が説明する。
「ギルドは依頼を仲介し、達成報酬の一部を運営費として受け取ります。再発行の場合のみ手数料が必要です」
机の上には登録用の魔道具と、何も刻まれていない灰色のカードが置かれていた。
ユウトが登録板へ手を置くと、魔力を読み取る淡い光が走る。
灰色のカードへ、名前と冒険者ギルドの紋章が浮かび上がった。
【冒険者カード】
【登録名:ユウト】
【種族:人族】
【年齢:十八歳】
【冒険者ランク:F】
【所属:冒険者ギルド・リベルタ支部】
【預金残高:0】
【依頼達成数:0】
【討伐実績:0】
「これで正式なFランク冒険者です」
差し出されたカードを受け取る。
前世では、ようやく孤児院を出て、自分で選んだ生活を始めたばかりだった。最後の日だけは今も思い出せない。それでも、その短い生活が終わったことだけは変えられない。
この世界では、もう一度、自分で道を選べる。
手の中のカードは、その最初の証だった。
「続いて依頼の受け方を説明します」
受付職員に案内され、依頼掲示板の前へ立つ。
周囲の新人たちは、自分で依頼書を読み、条件を比べ、紙を剥がして受付へ持っていく。
だが、ユウトには見出しの数字以外、ほとんど読めなかった。
強い魔法が使えても、目の前の依頼内容すら一人では選べない。
その事実が、模擬戦で負けた時とは違う悔しさを残した。
「文字を学べる場所はありますか?」
「明日の朝、新人向けの読み書き講習があります。依頼ではありませんが、登録者なら無料で参加できます」
「受けます」
「本日中にできる仕事でしたら、倉庫の荷運びがあります」
受付職員が掲示板の端に残った一枚を示した。
「期限は日没まで。報酬は大鉄貨五枚です。ただ――」
「何か問題が?」
「依頼主から、予定より荷物が増えたと連絡がありました。中には破損しかけた木箱もあるそうです。取り扱いを誤ると、中身まで壊れる可能性があります」
荷運びだけではない。
壊れかけた道具や箱なら、【鑑定】と村で覚えた修理の経験も役立つかもしれない。
「その依頼を受けます」
ユウトは冒険者カードを握り直した。
最初の仕事は、魔物討伐ではない。
日没までに、崩れかけた荷物を運び切ることだった。
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