第2章 第17話 新人登録試験
受付台の奥にある扉を抜けると、乾いた土を固めた広い訓練場へ出た。
周囲は高い石壁に囲まれ、壁際には木剣、槍、盾、弓、革鎧が種類ごとに並んでいる。中央では数人の冒険者が模擬戦を行い、木剣がぶつかるたびに鋭い音が響いていた。
「教官、登録希望者をお連れしました」
受付職員が声を掛けると、訓練を見ていた大柄な男が振り返った。
短く刈った黒髪、日に焼けた肌、左頬を横切る古い傷。胸当ての上からでも、鍛え抜かれた身体だと分かる。
ユウトは無意識に【鑑定】を向けた。
【名前:バルガス】
【種族:人族】
【年齢:四十一歳】
【職業:冒険者ギルド訓練教官】
【レベル:31】
【HP:96/96】
【MP:18/18】
【状態:正常】
【スキル:剣術・盾術・格闘術・身体強化・威圧・指導】
これまで見た人物より、明らかに高い数値だった。
特に【身体強化】へ意識を向ける。
【スキル名:身体強化】
【分類:身体強化系既存スキル】
【詳細解析:発動状態を未確認のため実行できません】
【習得判定:保留】
持っていることは分かっても、使うところを見なければ身体操作までは解析できないらしい。
「ユウトです。よろしくお願いします」
「バルガスだ」
バルガスは受付職員から用紙を受け取った。
「十八歳。東森開拓集落出身。短弓と棒を少々。初級光魔法、初級火魔法、それに中級相当の構築火魔法を使用可能……か」
「はい」
「魔法を初めて見たのはいつだ」
「村で老魔導師が使うのを見たのが最初です。まだ二週間も経っていません」
バルガスの眉間に深い皺が刻まれた。
「二週間も経たずに、中級相当の魔法を構築したと言うのか?」
「初級魔法の術式を組み直したものです。まったく新しい理論を作ったわけではありません」
「それでも普通ではない」
老魔導師と同じ言葉を向けられ、ユウトは返答に困った。
「先に説明しておく。新人登録で見るのは、強さだけではない」
バルガスは用紙を受付職員へ返した。
「指示を守れるか。危険な状況で無茶をしないか。自分にできることと、できないことを理解しているか。それも冒険者には必要だ」
「分かりました」
「特にお前は火魔法を使える。扱いを誤れば、魔物より先に仲間を殺す」
大牙虎との戦いで、魔力を使い切った後の無力さを思い出す。
「残りのMPと、周囲への被害を確認して使います。それから、使った後に動けなくなる魔法は、最後の手段にします」
バルガスはわずかに目を細めた。
「口だけでないことを見せてもらう」
最初に案内されたのは、壁際に設置された黒い石板だった。胸ほどの高さがあり、表面には幾つもの細い線が刻まれている。
【能力測定用魔道具】
【測定項目:筋力・敏捷・反応速度・生命力評価・最大MP・魔力経路】
【生命力評価:段階表示】
【注意:体調および装備により測定結果は変動します】
「両手を置いて力を抜け」
ユウトが触れると、石板の線へ淡い光が走った。
バルガスが横の表示板を確認する。
「筋力は新人平均より少し上。敏捷と反応は高め。生命力は標準」
次の項目で、その声が止まった。
「最大MP、四十二?」
「少ないですか?」
「逆だ。多い」
バルガスは即答した。
「魔法の訓練を受けていない十八歳なら、十から二十程度が一般的だ。四十二もあれば、魔導師として鍛えている者と比べても見劣りしない」
ユウトは初めて、自分の最大MPを他人と比較できた。
「魔力経路は火と光に強い反応がある。ほかの属性は、ほとんど経路が形成されていない」
「適性がないということですか?」
「違う。これは使った経験のある魔力の流れを測っているだけだ。訓練すれば、別の属性の経路が形成される者もいる」
火と光しか反応しないのは、現在使える魔法がその二属性だけだかららしい。
次に短弓を渡され、二十歩ほど先の的を射ることになった。
一射目は中心から大きく外れた。
二射目は的の端へ刺さった。
三射目で、ようやく中央に近い場所へ届く。
【武技上達】によって、グレンから教わった姿勢や呼吸は思い出せる。しかし、理解できることと、実戦経験があることは同じではない。
「基本は知っているが、戦闘で頼れる腕ではないな」
「はい。グレンにも、戦うためではなく合図に使えと言われました」
「正しい判断だ」
バルガスは短弓を戻し、代わりに木の棒を差し出した。
「次は模擬戦だ。俺を相手に三分間。倒す必要はない。魔法は禁止。武器の扱いと判断を見る」
ユウトが棒を構えると、バルガスも木剣と盾を手にした。
「始め!」
受付職員の声と同時に、バルガスが踏み込んだ。
速い。
横へ避けようとした進路を盾で塞がれ、木剣が肩へ振り下ろされる。棒で受けた瞬間、両腕へ強い衝撃が走った。
力では押し返せない。
ユウトは距離を取り、相手の足元を見る。
前足の向き、腰の沈み、盾を出す直前の肩の動き。
バルガスが再び踏み込んだ瞬間、全身へ魔力が流れた。
【既存スキル【身体強化】の発動を確認】
【詳細解析を開始します】
【魔力経路:胸部から四肢へ分散】
【身体操作:筋肉・骨格・腱へ均等に魔力を循環】
【効果:筋力・敏捷・耐久力の一時的上昇】
【習得判定:人族の肉体で再現可能】
表示へ意識を奪われた一瞬、盾が胸へぶつかった。
「ぐっ!」
ユウトは土の上を転がった。
「戦いの最中に何を見ている!」
「すみません!」
情報を得られても、読んでいる間に攻撃されては意味がない。
すぐに立ち上がり、今度は表示を必要な部分だけ確認する。
バルガスの剣ではなく、足と腰を見る。
木剣が振られる直前、半歩だけ外へずれた。
剣先が肩の横を通り過ぎる。
村でグレンから学んだ歩法と、大牙虎を相手にした経験が身体の中でつながった。
盾の外側へ回り込み、棒を脇腹へ向ける。
だが、届く直前に盾で弾かれ、木剣が首筋で止まった。
「一本だ。続けろ」
ユウトは深く息を吸った。
先ほど見た魔力の流れを慎重になぞる。
胸の奥から四肢へ、細い魔力を流す。筋肉だけへ押し込まず、骨と関節を支えるように広げる。
【既存スキル【身体強化】の再現を試行】
【状態:不完全】
身体が一瞬だけ軽くなった。
しかし右脚へ魔力が偏り、踏み込みが崩れる。
バルガスの盾が迫った。
ユウトは無理に攻撃せず、後ろへ跳んで距離を取る。
「止め!」
バルガスの声が訓練場へ響いた。
受付職員が測時用の魔道具を確認する。
「三分です」
模擬戦はそこで終了した。
ユウトが呼吸を整えていると、表示が現れる。
【身体強化:未習得】
【発動条件の一部を理解しました】
【不足要素:魔力の均等循環・継続維持・実戦時の姿勢制御】
「最後に何をした?」
バルガスが尋ねる。
「教官の身体強化を見て、同じ魔力の流れを試しました。でも右脚へ偏って、うまく使えませんでした」
「誰に教わった?」
「今、教官が使うところを見て……」
訓練場の空気が静まった。
「見ただけで、不完全とはいえ再現したのか?」
「まだ習得はできていません」
「そういう問題ではない」
バルガスは木剣を下ろし、鋭い目を向けた。
「ユウト。お前の【鑑定】は、人のスキルの発動方法まで見えるのか?」
「はい。魔力の流れや身体操作も表示されます」
答えた後で、ユウトは気付いた。
自分はバルガスへ許可を求めず、名前も年齢も能力も見ている。
「もしかして、人物へ勝手に使うのは問題ですか?」
「当然だ」
バルガスの声は厳しかった。
「一般的な【鑑定】は物品へ使うものだ。人へ向けても、職業や能力の詳細など見えない。だが、お前の【鑑定】が本当にそこまで見えるなら、他人の秘密を無断で覗くのと同じだ」
ユウトの背中に冷たいものが走った。
村ではグレンにも、村人にも、何度も無断で使っていた。
「すみません。普通の【鑑定】でも同じ情報が見えると思っていました」
「ギルド付きの熟練鑑定士でも、物の名称、素材、品質、用途を見るのが基本だ。人のHP、MP、スキル、発動条件まで見抜く者など聞いたことがない」
「では、俺の【鑑定】は……」
「普通ではない。それだけは確かだ」
ユウトは自分の手を見つめた。
知識を得られるからといって、見てよいとは限らない。
知る力には、使い方を選ぶ責任がある。
「これからは、人物へ使う前に許可を取ります」
「緊急時を除けば、そうしろ。能力の詳細も、本人の許可なく他人へ話すな」
「はい」
バルガスはしばらくユウトを見つめた後、受付職員へ向き直った。
「登録試験は継続する。次は魔法確認だ」
訓練場の奥にある分厚い石壁を指す。
「あの的は中級魔法まで耐えられる。ただし、まず初級魔法を見せろ」
「分かりました」
「それと、構築魔法を使う前に、消費MPと安全範囲を俺へ申告しろ。勝手に撃つな」
ユウトは力強く頷いた。
自分の力が特別であること。
そして、特別な力ほど慎重に扱わなければならないこと。
冒険者になるための試験で、ユウトは戦い方より先に、知識を持つ者の責任を学び始めていた。
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