第6章 第176話 進化するには早すぎる
最初の緊急報告が届いてから、半刻も経っていなかった。
ドラグニア王都の冒険者ギルド。その応接室の机には、各国から届いた通信紙が次々と積み上がっている。
「また来ました」
エリシアが新しい一枚を受け取り、目を細めた。
「今度はガルディアです。複数の群れが、一体の上位個体を中心に行動しているそうです」
「こっちはグランバルドだねぇ」
レティシアが別の報告書を持ち上げる。
「坑道近くの地底種が、短期間で妙に硬くなってるとさ」
アルテシア王国、ルーンベルク、グランバルド、ガルディア、エルフィナ。
離れた国々で、ほぼ同時期に似た異常が起きている。
だからといって、すべてが同じ原因だと決めつけるわけにはいかない。
ただ、偶然で片づけるには数が多すぎた。
「ユウトお兄ちゃん、これ」
フィーナが一枚の報告書を差し出した。
アルテシア王国東部。
確認された魔物は――ゴブリンロードの可能性あり。
「少し前まで、小さな群れしかいなかった場所だよね?」
「ああ」
俺もその地域の記録を確認する。
ゴブリンロードは、突然現れるような魔物じゃない。
群れを従え、戦い、生き残り、魔力を蓄えながら上位種へ至る。
少なくとも、この地域で確認されていた規模からロードへ進化するには、明らかに時間が足りない。
「記録上の空白に強力な個体が入り込んだ可能性はあります」
エリシアが言う。
「あるいは、別の地域から移動してきたか」
「なら、現地で痕跡を見れば分かるかもしれない」
「うん。フィーナ、足跡とか匂いとか見たい」
すでに彼女の耳はぴんと立っていた。
机の中央には、先ほど運び込まれた黒く濁った魔石片が置かれている。
討伐された異常個体から回収されたものらしい。
俺はそれへ【鑑定】を使った。
【対象:魔物由来魔石片】
【状態:著しい魔力変質】
【内部魔力循環:異常活性】
【異物混入:あり】
【異物性質:判定不能】
【進化条件への干渉痕跡:確認】
最後の一行で、背中に冷たいものが走った。
「何か分かったのでござるか?」
アイリスが尋ねる。
「進化に何かが干渉してる痕跡がある」
「つまり、それが進化を起こしたと?」
「そこまでは言えない」
俺は首を振った。
「この魔石だけじゃ、原因までは分からない。ただ、本来の進化過程とは違う影響を受けている可能性は高い」
セレスが魔石を見つめる。
「実際の個体を診たいです。急激な変化なら、筋肉や骨、内臓へ負担が出ているかもしれません」
「それなら私は周囲の魔力を見ます」
エリシアも続ける。
「個体だけの異常なのか、生息地そのものが変質しているのかで話が変わりますから」
「アタシは牙と爪、それに外皮を見たいね」
レティシアが顎へ手を当てた。
「急に強くなったなら、素材の方にも変化が出てるはずだ」
「フィーナは道を見る!」
誰かが細かく指示を出したわけでもない。
それぞれが必要なことを考え、もう次に何を見るべきか決め始めていた。
俺はそれを見てから、最後にアイリスへ視線を向ける。
「拙者は前へ出る」
答えは簡潔だった。
「調べる時間は、拙者が作る」
「頼む」
「承知いたした」
その時、廊下から激しい足音が響いた。
扉が開き、職員が息を切らして飛び込んでくる。
「追加報告です!」
「今度はどこだ」
ギルド責任者が立ち上がる。
「アルテシア王国東部! ゴブリン集団がさらに拡大! 確認数、二百を超えました!」
空気が張り詰めた。
「住民は?」
「近隣の村では避難を開始しています。ただし、街道の一部が使えません!」
「崩落か?」
「違います!」
職員が首を振る。
「ゴブリン側が道を塞いでいます!」
一瞬、意味が分からなかった。
「塞いでる?」
「倒木を並べ、通路を狭めています。さらに斥候の報告では、街道脇に簡単な落とし穴と待ち伏せ跡が確認されました」
アイリスの表情が変わる。
「群れているだけではないのでござるな」
「はい。追い払おうとした冒険者に対しても、正面から戦わず、左右へ分かれて回り込んできたそうです」
それは、ただ数が増えたゴブリンじゃない。
統率されている。
考えて動いている。
「大型個体は?」
「中央付近で確認されています。周囲の個体が、その一体の合図で動きを変えたと」
ゴブリンロード。
少なくとも、その可能性はさらに高くなった。
「出よう」
俺が立ち上がると、五人も同時に動いた。
フィーナは地図を取り、エリシアは通信紙をまとめる。
セレスは治療道具を確認し、レティシアは装備箱へ手を伸ばした。
アイリスは刀の位置だけ確かめる。
「念のため、黒く変質した魔石は直接触れずに保管してください」
俺はギルド職員へ伝える。
「現時点では接触による影響は分かりません。封印容器があるなら、それを使ってください」
「承知しました!」
出発準備を進めながら、俺はもう一度だけ魔石を見る。
黒い濁り。
魔力循環の異常活性。
その流れ方には、覚えがあった。
エルフィナで見た黒い根。
王国内で見た濁った魔石。
グランバルドで確認した黒変。
完全に同じとは言えない。
けれど、【鑑定】で得た情報を頭の中で並べていくと、魔力の乱れ方には確かに共通点があった。
【解析上達】が、ばらばらだった記憶を整理していく。
「ユウト?」
エリシアがこちらを見る。
「今までの黒い異常と、似た部分がある」
「同一ですか?」
「そこまではまだ」
俺は首を振る。
「でも、無関係だと切り離すには似すぎてる」
エリシアは少し考え、それから頷いた。
「なら、現地で比較材料を増やしましょう」
「ああ」
答えは、机の上にはない。
実物を見て、調べて、比べるしかない。
俺たちはその日のうちにドラグニアを発った。
向かうのは、アルテシア王国東部。
ゴブリンロードが現れた可能性のある地域だ。
そして国境へ急ぐ途中、さらに新しい通信が届いた。
確認されたゴブリンは、三百を超えた。
しかも今度は――避難路そのものを狙って、先回りを始めていた。
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