第4章 第102話 広場に広がる木札
宿で見つかった問題点を直し、基礎文字用と生活用を合わせて二十枚ほどの試作品がそろった。
レティシアが木札の厚みと角を整え、ユウトとエリシアが文字と絵を見直す。セレスは子どもが触れても危なくないかを確かめ、アイリスは勝負として不公平が出ないかを確認した。
「今日は外で試すの?」
フィーナが布袋を抱えて尋ねる。
「うん。宿の人だけじゃなくて、子どもにも遊んでもらいたい」
「フィーナが教える!」
「教える者が札を取っては勝負にならぬでござるぞ」
アイリスに釘を刺され、フィーナがむっとする。
「分かってるよ!」
「昨日は肉の札を取っていたでござろう」
「体が勝手に動いたの!」
そんなやり取りをしながら、六人は宿の女将に教えてもらった近くの広場へ向かった。
井戸と数本の木があるだけの小さな場所だったが、昼を過ぎると近所の子どもたちが集まり始める。
長机を一つ借り、ユウトは札を二種類に分けた。
基礎文字用は、文字そのものの形と読みを覚えるための札。
生活用は、宿、店、薬といった日常でよく見る短い言葉を覚えるための札だ。
最初に並べたのは、基礎文字用の四枚だけだった。
「それなに?」
七、八歳ほどの少年が真っ先に寄ってくる。
「文字を使った遊びだよ!」
フィーナが得意げに答えた。
「勝ったら何かもらえる?」
「勝ったっていう満足!」
「食べ物じゃないの?」
「そこはフィーナも残念だと思う」
「思うんだ……」
ユウトは苦笑しながら、四枚を並べた。
「俺が読み上げた文字を、一番早く取った人が勝ち。最初は絵も一緒に見ていいよ」
「やる!」
一人が座ると、すぐに別の子も寄ってきた。
あっという間に机の周囲には六人の子どもが集まる。
「じゃあいくよ。火」
ぱん、と三本の手が一枚の札へ重なった。
「俺が先!」
「私!」
「同時だよ!」
子どもたちが一斉に騒ぎ出す。
「指一本分、この子が早かったかな」
「もう一回!」
負けても落ち込む暇はない。
次の札が読み上げられれば、すぐに目を輝かせる。
「水」
「これ!」
「木」
「はい!」
「肉」
「フィーナ殿!」
ぱん、と誰よりも早く札を叩いたフィーナの手首を、アイリスが掴んだ。
「教える者が参加してどうするのでござる!」
「だって肉だったから!」
「理由になっておらぬ!」
子どもたちが大笑いする。
何度か遊んだあと、ユウトは絵を隠した。
「今度は文字だけでやってみよう」
「えー!」
「分かんないよ!」
「間違えても大丈夫。分からなかったら、また絵を見ればいいから」
子どもたちは顔を見合わせた。
それでも勝負が始まると、迷いながら手を伸ばす。
「火」
「……これ?」
「合ってる」
「やった!」
少年が嬉しそうに札を見る。
「これ、火だよね?」
「うん。まだ迷ってもいいから、何度か見て覚えればいいよ」
完全に覚えたわけではない。
それでも、さっきより確実に文字の形を意識している。
「面白いですね」
エリシアが紙へ書き込む。
「大人より、間違えることを気にしていません」
「勝ち負けの方が大事なのでしょうね」
セレスも子どもたちを眺める。
そこへ買い物籠を持った女性が足を止めた。
「文字を教えてるのかい?」
「遊んでる!」
少年が即答する。
「これ、火だよね?」
札を見せる。
「たぶん覚えた!」
「たぶんなんだね」
女性が笑った。
「うちの子なんて、文字を習わせようとすると逃げるのに」
「だってこれ勉強じゃないもん!」
「勝負だから!」
その声を聞いた年配の男性も近づいてきた。
「大人でもできるのか?」
「もちろんです」
ユウトが答える。
「俺は自分の名前くらいしか読めんぞ」
「それでも大丈夫ですよ」
「じいちゃん、一緒にやろうよ!」
少年が椅子を叩いた。
「お前ら相手じゃ負けるだろうが」
「じゃあ教えてあげる!」
「お前が?」
「火はこれ! 水はこっち!」
男性が目を丸くする。
「お前、さっきまで知らなかったんじゃないのか?」
「今ちょっと覚えた!」
「ちょっとか」
男性が吹き出した。
「なら、そのちょっとを教えてもらうか」
それをきっかけに、大人も少しずつ机へ座り始めた。
子どもと大人を分ける必要はなかった。
読める札の数が同じなら、勝負は十分に成立する。
「水!」
少年と年配男性の手が同時に伸びる。
今度は男性が先だった。
「よし!」
「じいちゃん早い!」
「勝負だからな!」
「もう一回!」
隣では、少女が買い物帰りの女性へ文字を教えている。
「ここ、枝みたいだから覚えやすいよ」
「なるほどねえ」
教える側の少女も楽しそうだった。
ユウトはその光景をじっと見た。
一人が覚えれば、その人が次の誰かへ教えられる。
自分たちだけで教え続けなくてもいい。
その方が、ずっと遠くまで広がる。
「ユウト」
レティシアが一枚の札を差し出した。
「見ろ」
何度も叩かれた札の端で、墨が薄くなっている。
「やっぱり消えるか」
「表面を処理した方がいいな。汗にも強い塗り方を考える」
「小さい子が強く叩いても欠けない厚さも必要ですね」
セレスが札の縁を確かめる。
「破片で指を傷つけたら遊びどころではありませんから」
「そこも直そう」
ユウトが耐久性の問題を整理すると、レティシアが具体的な加工方法を考え始める。
「札の大きさは?」
アイリスが尋ねた。
「今のところ取りやすそうでござる。ただし、教える者が混ざると初心者が勝てぬ」
「……フィーナのこと?」
「主にそうでござる」
「もう取らないってば!」
また笑いが起きた。
「ねえ、次は宿やりたい!」
少年が声を上げる。
「私は薬!」
「僕は剣!」
「魔物!」
覚えたい言葉が一斉に飛んでくる。
「全部一度には無理だよ」
ユウトが言うと、子どもたちは少し考えた。
「じゃあ自分で選ぶ!」
「僕は剣!」
「私は薬!」
欲しい札は皆違う。
それでいい。
基礎文字を覚えたい者もいれば、生活で使う言葉を先に知りたい者もいる。
遊び方まで一つに決める必要はない。
その時、広場の端から聞き覚えのある声がした。
「ずいぶん人が集まっていますね」
振り返ると、リバーシの商品化の際に何度か顔を合わせた商業ギルドの職員が立っていた。
「近くの商人から、珍しい木札遊びに人が集まっていると聞きまして」
職員は机へ目を向ける。
そこでは、子どもと大人が同じ札を奪い合い、覚えたばかりの文字を互いに教え合っていた。
職員の表情が、明らかに変わる。
「ユウトさん。その遊びについて、少し詳しくお話を伺えますか?」
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