第1章 第10話 初めての魔法
光の境界へ踏み込んだホーンウルフは、柵の前で足を止めた。
五体。
どの個体も痩せ、灰色の毛皮には血と泥がこびりついている。その後方では、長い牙を持つ三頭の森猪が作物を踏み荒らしながら迫っていた。
ユウトは先頭のホーンウルフへ【鑑定】を向けた。
【種族:ホーンウルフ】
【危険度:F】
【状態:疲労・興奮・軽度の裂傷】
【行動傾向:前方の障害を警戒・後方の脅威から逃走】
【弱点:眼球・喉・腹部】
村を襲うために集まった群れではない。
背後から迫る何かに追われ、進行方向を塞ぐ柵と人間を前に立ち止まっている。
「グレンさん。あいつらは村を狙っていません」
「分かっている。だが、後ろから押されれば柵へ突っ込む」
グレンは柵の隙間から弓を構えた。
「全員、勝手に攻撃するな! 逃げ道を失った魔物は、傷つけるほど暴れる!」
槍や斧を握る村人たちが、緊張した顔で頷く。
老人の【ライト】が照らす畑の先で、枝の折れる音がさらに近づいた。
魔物たちが一斉に森を振り返る。
森猪の一頭が甲高い声を上げ、柵へ向かって駆け出した。
「来るぞ!」
グレンの矢が前脚へ突き刺さる。それでも勢いは止まらない。
森猪が向かう先は、補強が間に合わなかった古い柱だった。
「右側です! あの柱は持ちません!」
「荷車を寄せろ!」
村人たちが内側から荷車を押すが、間に合わない。
森猪が柵へ激突した。
鈍い音とともに柱が傾き、横木が大きくたわむ。縄が一本切れ、隙間から土埃が舞い込んだ。
【状態:破損進行】
【注意:次回の強い衝撃により倒壊する可能性があります】
「もう一度受けたら壊れます!」
「槍を出せ! 近づけさせるな!」
村人たちが柵の隙間から槍を突き出す。森猪は傷ついた脚を引きずって後退したが、背後のホーンウルフとぶつかり、再び興奮して鼻息を荒らした。
その横から、別の森猪が前へ出る。
「光を動かせ!」
グレンが老人へ叫んだ。
「左には水路沿いの空き地がある! そこへ誘導する!」
「分かっておる!」
老人が杖を動かすと、光球も左へ移動した。
その瞬間、老人の膝が大きく震えた。
「大丈夫ですか?」
「長く維持しすぎた。もう長くは持たん」
ユウトは老人へ【鑑定】を使う。
【現在MP:3/19】
【使用中の魔法:ライト】
【継続消費:一定時間ごとにMPを消費】
光が消えれば、魔物の動きも、グレンの狙うべき場所も見えなくなる。
「俺が代わります」
老人が鋭く振り返った。
「魔法を使ったこともない者が、何を言っておる」
「さっき、魔力の流れと術式を見ました」
「見ただけで扱えるものではない。失敗すれば魔力だけを失うぞ」
「それでも、何もしなければ光が消えます」
ユウトは胸の奥へ意識を向けた。
呼吸とも鼓動とも違う、ぬるい水のような力が身体の内側を巡っている。前よりも、はっきりと感じられた。
老人が魔法を使った際の流れを思い出す。
魔力を集め、腕へ導き、術式を形作る。
右手を前へ出した。
「闇を退け、我らの道を照らせ――ライト」
胸の奥から魔力を動かす。
しかし、腕へ届く前に流れが散り、何も起こらなかった。
【発動失敗】
【原因:術式形成前に魔力が拡散しました】
【消費MP:1】
【現在MP:41/42】
情報を理解しただけでは、身体は思いどおりに動かない。
「肩に力を入れるな!」
老人が杖を支えながら怒鳴る。
「魔力を押し出そうとするな。水を細い溝へ流すように導け!」
水を流す。
ユウトは森で見た小川を思い浮かべた。
水は力で押さなくても、道さえあれば流れていく。
再び胸の奥へ意識を集中した。
魔力を掴もうとせず、進む道だけを思い描く。
胸から肩へ。
肩から腕へ。
掌へ届いた魔力を、【鑑定】で見た術式へ整えていく。
【魔法上達により、魔力操作への理解が補助されます】
集める。
光へ変換する。
球状に保つ。
指定した場所へ送り出す。
「闇を退け、我らの道を照らせ――ライト」
掌の上に、小さな光が生まれた。
一瞬大きく揺らぎ、消えかける。
「明るさを欲張るな! まず形を保て!」
ユウトは光を強めるのをやめ、術式の輪郭だけへ意識を集中した。
漏れ出そうとする魔力を内側へ戻す。
光は拳ほどの大きさで安定した。
【初級光魔法【ライト】を習得しました】
【消費MP:2】
【現在MP:39/42】
自分の魔法が、目の前に浮かんでいる。
胸の奥から喜びが込み上げたが、見入っている場合ではない。
「左の空き地へ動かせますか?」
「術式へ位置の指示を加えろ。急に動かせば崩れるぞ」
ユウトは光球がゆっくり左へ進む姿を思い描いた。
光は頼りなく揺れながらも、柵の外へ移動する。老人の【ライト】が消え、代わりにユウトの光が畑を照らした。
「本当に使った……」
村人の一人が呆然と呟く。
老人も目を見開いていた。
「魔力を感じるだけで何月もかかる者がおる。それを、一度失敗しただけで……」
だが、すぐに険しい表情へ戻った。
「驚くのは後じゃ。森猪を見ろ!」
ユウトは先頭の森猪へ【鑑定】を向けた。
【種族:森猪】
【危険度:F】
【状態:興奮・前脚負傷】
【感覚特性:夜目に優れる】
【弱点:急激な強光により視覚が一時的に低下】
ユウトは光球を低く下げ、森猪の正面へ寄せた。
暗闇に慣れていた森猪が顔を背け、急に足を止める。後ろの個体がぶつかり、二頭とも左へ進路を変えた。
「今だ!」
グレンの矢が先頭のホーンウルフの鼻先をかすめ、右側の地面へ突き刺さる。
右を塞ぎ、左の空き地へ逃げ道を示す一射だった。
ホーンウルフたちは森猪の後を追い、村の横を駆け抜けていく。残った森猪も、村人たちの叫びと突き出された槍を避け、仲間の後を追った。
足音が水路沿いに遠ざかっていく。
それでも、誰も武器を下ろさなかった。
「行ったのか……?」
「まだだ。あいつらを追い出したものが残っている」
グレンは矢をつがえたまま、森を見据えていた。
ユウトも光球を森へ向ける。
光を維持する間も、胸の奥から少しずつ魔力が抜けていく。移動させるたびに術式が揺れ、集中を緩めればすぐに消えてしまいそうだった。
【術式安定性:低下】
【原因:魔力供給の偏り】
【現在MP:38/42】
ユウトは光の形を立て直す。
すると、新たな情報が表示された。
【初級光魔法【ライト】】
【習熟度:初歩】
【改善可能項目:明度・持続時間・移動速度・消費MP】
【進化系統:中級・上級・帝級・伝説級・神級】
光球を大きくするだけではない。
広い範囲を昼のように照らす魔法。
闇や幻影を退ける魔法。
さらに先には、世界の法則へ干渉する神級魔法まで存在している。
自分は、普通なら見ることすらできない領域へ続く道を確認できる。
その事実を、ユウトは初めて実感した。
だが、進化系統を詳しく確かめる余裕はなかった。
森の奥で木々が大きく揺れる。
先ほどの魔物たちよりも重い足音が、一歩ずつ近づいてきた。
ユウトの光が届くぎりぎりの場所で、太い木の幹が音を立てて折れた。
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そして本日はここまで。
明日も5話投稿します。
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