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聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


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第58話 静かな、結婚式

教会の扉が、開いた。


古い長椅子は、磨き上げられて、飴色に光っていた。


そこに、町中の人が、座っていた。


女将が、パン屋の主人が、蜂蜜屋が、木工の年寄りたちが、子どもらが。


セシリア様とヨナス様が。


母が。


みんな、晴れ着というほどでもない、いちばん上等の普段着で、みんな、同じ顔で笑っていた。


祭壇の前に、ユリウスが立っていた。


仕立ての良い、けれど飾りのない、深い灰色の衣。


私と目が合うと、彼は、一度だけ、大きく息を吸った。



「はなよめさんの、おとおりー!」


ニコが、精一杯の声で叫びながら、私の前を歩いた。


小さな籠から、花びらが撒かれていく。


庭の花と——今朝の、あの木の白い花びらだった。


花の道を、私は、ゆっくりと歩いた。


長椅子の顔が、ひとつずつ、目に入った。


初めての収穫祭で、スープをよそってくれた女将。

言い伝えで道を照らしてくれたマレン。

雪の日に泣きながら来て、今日は晴れやかに笑っているセシリア様。

記録を記録のとおりに積んだ、生真面目なヨナス様。

祝いパンを何十回も試作したリーゼル。

二十年ぶんの答えをくれた、母。


この教会に、私の一年と、私のこれからが、ぜんぶ、座っていた。



祭壇の前で、マレンが、静かに言った。


「長い祈りは、いたしません。この町の式は、昔から、短いのです。……働き者の式ですからね」


小さな笑いが、椅子を渡った。


「誓いの言葉だけ、いただきましょう。……ユリウス」


ユリウスは、私に向き直った。


寡黙な人の、精一杯の言葉を、私はもう、たくさん知っている。


だから、長い言葉は、いらなかった。


「……ユリウスとして、誓う」


彼は、言った。


「領主としてでも、家の当主としてでもなく。……俺として、お前と生きる。この先の、ぜんぶを」


「エルナ」


マレンが、私を見た。


私は、彼を見上げた。


一年あまり前、無言で薪を置いていった人。


見え透いた口実を、積み上げ続けた人。


洗い物をしていただけの私を、見つけてくれた人。


「……承知、いたしました」


私は、言った。


教会に、小さな、あたたかい笑いが満ちた。


みんな、知っているのだ。


その言葉が、私のどんな言葉よりも、深い「はい」であることを。


「では」


マレンが、両手を広げた。


「この町の、祈りの家の名において。……ふたりは、夫婦です」



若枝の環の隣に、細い銀の環が、そっと重ねられた。


町の鍛冶が打った、飾りのない、小さな環。


「若枝は、いつか、朽ちる」


ユリウスが、囁いた。


「だから、朽ちない方も、隣に」


「ふふ……欲張りですね」


「ああ。……初めて、欲張った」


顔を上げると、鐘が鳴った。


教会の古い鐘が、町中に、高く、明るく、鳴り渡った。


「「「おめでとう!!」」」


歓声と、拍手と、ニコの撒いた最後の花びらが、いちどに降ってきた。



扉の外は、収穫祭だった。


祭の輪の真ん中に、私たちは、手を引かれていった。


去年、よそ者だった私が、初めて輪に入れてもらった、あの広場。


今日は、その輪のいちばん真ん中で、スープの椀を掲げる。


「エルナさん! いや——奥方様!」


女将が、豪快に笑った。


「どっちで呼べばいいんだい!」


「エルナで、お願いします」


私は、笑って答えた。


「これからも、ずっと、エルナで」


「よし来た! エルナさんに、乾杯!」


「乾杯!!」


椀と椀のぶつかる音が、秋晴れの空に、いくつも、いくつも、響いた。

本話をお読みいただき、ありがとうございました。


長い祈りのない、働き者の町の、短い式。


「ユリウスとして、誓う」

「承知、いたしました」


若枝の環の隣に、朽ちない銀の環。


そして式のあとは、そのまま収穫祭の輪の真ん中へ。


「どっちで呼べばいいんだい!」

「エルナで、お願いします」


次話「エルナの、まま」——

祭の夕暮れに、この物語がずっと問うてきたことの、答え合わせをします。


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