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聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


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第55話 町中の、おせっかい

婚約の報せは、正確には、報せる必要がなかった。


あの夜の宴で、町中が知っていたからだ。


それでも私たちは、順番に、ちゃんと、挨拶をして回った。


まず、マレンに。


「まあ、まあ」


マレンは、全部知っていた顔で、それでも、両手で私の手を包んでくれた。


「おめでとう、エルナ。……ようやくですねえ」


「懺悔の甲斐が、あった」


ユリウスが、生真面目に言うと、マレンは声を上げて笑った。


「ええ、ええ。あんな幸せな懺悔は、初めてでしたよ」



式の話になると、町は、私たちの手を離れて、勝手に走り出した。


「式は、いつだい!?」


女将が、身を乗り出した。


「日取りはね、もう、決まっているようなものなんですよ」


そう言ったのは、マレンだった。


「あら、そうなの?」


「ええ」


マレンは、私を見て、目を細めた。


「秋の、収穫祭の日。……ねえ、エルナ。あなたがこの町に来て、初めて、皆の輪の真ん中に入った日が、収穫祭でしたろう」


忘れるはずが、なかった。


去年の秋。


来たばかりのよそ者だった私を、この町は、収穫祭の輪の中に、入れてくれた。


「ここにいても、いいのですか」と、胸の中で問うていた私に、「いいんだよ」と、スープの椀で答えてくれた日。


「あの日から、ちょうど一年の、収穫祭。……それがいいと、思いませんか」


「マレン……」


「式は、教会で。私が、執り行いますよ。この町の、祈りの家で」


異論のある者は、ひとりもいなかった。


ユリウスは、深く頷いた。


「収穫祭の日に。……町の祭と、一緒でいい。別の日に、皆の手を煩わせることはない」


「何言ってんだい、領主様」


女将が、呆れたように笑った。


「祭と一緒だから、いいんだろう? 町いちばんの祝いの日に、町いちばんの祝いごとだ。倍、めでたいじゃないか!」



それからの町は、見ものだった。


リーゼルは「式のパンは、ぜんぶ私が焼きます!」と宣言し、師匠直伝の祝いパンの試作を、毎日、教会に持ち込んだ。


「エルナさん、今日のはどうです!?」


「おいしいです。……あの、リーゼルさん、昨日のも、一昨日のも、おいしかったですよ」


「妥協はしません! 式のパンですから!」


パン屋の主人は「弟子の晴れ舞台だ」と釜を貸し出し、女将は祝いの料理の献立を毎晩練り直し、木工の得意な年寄りたちは、教会の長椅子を磨き始めた。


ニコは、というと。


「僕、花係になった!」


「花係、ですか」


「うん! 式の日に、花を撒くんだって。マレンが言ってた。いちばん大事な係だって!」


胸を張るニコの頭を、私は、そっと撫でた。


「ええ。いちばん、大事な係です」



夜、私はふたつの手紙を書いた。


一通は、王都の、小さな庭の人へ。


「お母様。


ご報告があります。

私、結婚することになりました。


お相手は、いつかの庭で「必ず」と言ってくださった、あの方です。


式は、秋の収穫祭の日に、町の教会で挙げます。

派手なものでは、ありません。町の皆と、大切な人たちだけの、小さな式です。


お母様。

どうか、いらしてください。


二十年ぶんの親孝行の、最初のひとつを、

花嫁姿で、させてください」


もう一通は、王都の、大神殿の人へ。


「セシリア様。


いつかの約束の、蜂蜜パンのご用意が、できそうです。

とびきりの日に、いらっしゃいませんか」


書き終えて、封をして、私は窓の外を見た。


夏の終わりの夜空に、月が、まあるく浮かんでいた。


指の若枝の環に、そっと、触れる。


秋が、来る。


今年の秋は、いままでのどの秋とも、違う秋になる。



数日後、ふたつの返事は、驚くほど早く、届いた。


母からの封筒は、ふっくらと厚く。


セシリア様からの封筒には、開ける前から分かるほど、勢いのある文字で、こう書かれていた。


「参ります!!」

本話をお読みいただき、ありがとうございました。


式の日取りは、あの収穫祭から、ちょうど一年の、収穫祭の日。


「ここにいても、いいのですか」と問うた日から一年、

同じ祭の日に、答えの続きが待っています。


パン係、料理係、長椅子係、そして花係。


町中のおせっかいが、いちばんしあわせな形で、走り出しました。


次話「ふたつの、返事」から、いよいよ最終章。

「一年目の、収穫祭」が始まります。


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