第55話 町中の、おせっかい
婚約の報せは、正確には、報せる必要がなかった。
あの夜の宴で、町中が知っていたからだ。
それでも私たちは、順番に、ちゃんと、挨拶をして回った。
まず、マレンに。
「まあ、まあ」
マレンは、全部知っていた顔で、それでも、両手で私の手を包んでくれた。
「おめでとう、エルナ。……ようやくですねえ」
「懺悔の甲斐が、あった」
ユリウスが、生真面目に言うと、マレンは声を上げて笑った。
「ええ、ええ。あんな幸せな懺悔は、初めてでしたよ」
◇
式の話になると、町は、私たちの手を離れて、勝手に走り出した。
「式は、いつだい!?」
女将が、身を乗り出した。
「日取りはね、もう、決まっているようなものなんですよ」
そう言ったのは、マレンだった。
「あら、そうなの?」
「ええ」
マレンは、私を見て、目を細めた。
「秋の、収穫祭の日。……ねえ、エルナ。あなたがこの町に来て、初めて、皆の輪の真ん中に入った日が、収穫祭でしたろう」
忘れるはずが、なかった。
去年の秋。
来たばかりのよそ者だった私を、この町は、収穫祭の輪の中に、入れてくれた。
「ここにいても、いいのですか」と、胸の中で問うていた私に、「いいんだよ」と、スープの椀で答えてくれた日。
「あの日から、ちょうど一年の、収穫祭。……それがいいと、思いませんか」
「マレン……」
「式は、教会で。私が、執り行いますよ。この町の、祈りの家で」
異論のある者は、ひとりもいなかった。
ユリウスは、深く頷いた。
「収穫祭の日に。……町の祭と、一緒でいい。別の日に、皆の手を煩わせることはない」
「何言ってんだい、領主様」
女将が、呆れたように笑った。
「祭と一緒だから、いいんだろう? 町いちばんの祝いの日に、町いちばんの祝いごとだ。倍、めでたいじゃないか!」
◇
それからの町は、見ものだった。
リーゼルは「式のパンは、ぜんぶ私が焼きます!」と宣言し、師匠直伝の祝いパンの試作を、毎日、教会に持ち込んだ。
「エルナさん、今日のはどうです!?」
「おいしいです。……あの、リーゼルさん、昨日のも、一昨日のも、おいしかったですよ」
「妥協はしません! 式のパンですから!」
パン屋の主人は「弟子の晴れ舞台だ」と釜を貸し出し、女将は祝いの料理の献立を毎晩練り直し、木工の得意な年寄りたちは、教会の長椅子を磨き始めた。
ニコは、というと。
「僕、花係になった!」
「花係、ですか」
「うん! 式の日に、花を撒くんだって。マレンが言ってた。いちばん大事な係だって!」
胸を張るニコの頭を、私は、そっと撫でた。
「ええ。いちばん、大事な係です」
◇
夜、私はふたつの手紙を書いた。
一通は、王都の、小さな庭の人へ。
「お母様。
ご報告があります。
私、結婚することになりました。
お相手は、いつかの庭で「必ず」と言ってくださった、あの方です。
式は、秋の収穫祭の日に、町の教会で挙げます。
派手なものでは、ありません。町の皆と、大切な人たちだけの、小さな式です。
お母様。
どうか、いらしてください。
二十年ぶんの親孝行の、最初のひとつを、
花嫁姿で、させてください」
もう一通は、王都の、大神殿の人へ。
「セシリア様。
いつかの約束の、蜂蜜パンのご用意が、できそうです。
とびきりの日に、いらっしゃいませんか」
書き終えて、封をして、私は窓の外を見た。
夏の終わりの夜空に、月が、まあるく浮かんでいた。
指の若枝の環に、そっと、触れる。
秋が、来る。
今年の秋は、いままでのどの秋とも、違う秋になる。
◇
数日後、ふたつの返事は、驚くほど早く、届いた。
母からの封筒は、ふっくらと厚く。
セシリア様からの封筒には、開ける前から分かるほど、勢いのある文字で、こう書かれていた。
「参ります!!」
本話をお読みいただき、ありがとうございました。
式の日取りは、あの収穫祭から、ちょうど一年の、収穫祭の日。
「ここにいても、いいのですか」と問うた日から一年、
同じ祭の日に、答えの続きが待っています。
パン係、料理係、長椅子係、そして花係。
町中のおせっかいが、いちばんしあわせな形で、走り出しました。
次話「ふたつの、返事」から、いよいよ最終章。
「一年目の、収穫祭」が始まります。
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